第104話:料理番。
町の門を出て、野営場所へと戻ると数多くの天幕が張られていた。工作兵の人たち凄いなと目を細め周りを見ると、まだ細々としたところは終わっていないようで、忙しそうに軍や騎士の人たちが動いている。
作業をしている人たちの中からジークを見つけて、そちらへとリンと二人で歩いて行く。
「ジーク、ただいま」
「ただいま、兄さん」
「ああ」
声を掛けると、振り返って短く言葉を返してくれたジーク。私たちが持ってきた荷物は天幕の中へと既に移されている。聖女用の天幕は教会のマークが描かれているので分かりやすい。
そして自分用の天幕を見つけ、先ほど町で買ってきた商品を中へと運び入れ、また外へと出る。
「何か手伝う?」
取りあえず聞いた方が早いと判断して、まだ作業を続けているジークに問いかけた。
「こっちは足りてる。給仕の連中が人手が欲しいと言っていたぞ」
「じゃあ、そっちに行ってくる。リン、一緒に行こう」
「うん」
力仕事は苦手だけれど、給仕ならば手伝うことが出来るだろう。その前に教会のお偉いさんに許可を取ってからだなと、その辺りで暇そうにしていた責任者へ一声かけると、やる気なさげに許可を出してくれた。
軍や騎士の人しか居ないとはいえ、聖女が一人で行動すると白い目で見られる。なのでリンと一緒に給仕部隊の人たちが集まっている場所を目指しつつ、きょろきょろと周囲を見渡しつつ、何処になにがあるのかを記憶していく。
たった一晩しか滞在しないけれど、いざという時になにが何処にあるのかの把握は重要だ。誰かが火の不始末で火事になれば直ぐに燃え移るだろうし、指揮官や重要人物が滞在している天幕の把握は最優先となる。
「ナイ、あれって」
「ああ、ハイゼンベルグ公爵家の家紋と……隣はヴァイセンベルク辺境伯の家紋だね」
家名が似ている所為なのか家紋も似ているのだけれど、なにか関連性でもあるのだろうか。軍の総帥を務める家と辺境の守りを担う家なので『盾』をモチーフにした家紋である。
爵位の違いからか公爵家の方がデザインが細かい。これを考えた人のセンスが良いのか、悪いのか。美的センスは乏しいので、よく分からない。
二家の天幕の前には騎士の人たちが数名、立ち番をしている。どうやら家から派遣されている騎士のようで、騎士団の人たちの装備よりも確りとしたものを纏っていた。
びしっと微動だにしていないあたり流石だなあと横目で見つつ天幕を通り過ぎ、給仕部隊が作業をしている場所にたどり着いた。
ほぼ作業は終わらせているのか、良い匂いがあたりに立ち込めている。ちょっと来るのが遅かったのかなと苦笑いをしつつ、片腕にだけ腕章をつけている料理番の偉い人を見つけ声を掛けた。
「すみません。――お手伝いできることはありますか?」
「おや、聖女さまではありませんか。ありがたいお言葉ですが、よろしいのですか?」
味見のし過ぎで肉襦袢を纏っているその人とは、以前に参加した遠征時に自己紹介を済ませてあった。私の姿を見て笑みを浮かべる料理番長は、どうしたものかと考えているようだ。
教会の聖女さまたちは天幕の中へ籠っていることが多く、力作業や細かい作業を手伝うことを嫌っていて、こういう食事も兵士や騎士の人たちと一緒に食べることはない。
私のように外に出てウロウロしている聖女さまの方が珍しいので、最初の頃は兵士や騎士の人たちからの視線が凄かった。知り合いが増えるとずいぶんと減ったし、隊長さんのように気さくに喋りかけてくれる人もいる。
「大したことは出来ませんが……教会からの許可は得ていますので」
「では、配膳作業をお願いできますか? 今回は何分人数が多く我々の人手が足りていないもので」
「わかりました。作業内容は係の方にお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。私が言っていたと伝えて頂ければ、話は通じますから。それでは聖女さま、お手を煩わせて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
あとで食事にはイロをつけておきますね、と周囲に聞こえない程度に料理番長さんは囁いて、さらに笑みを深めるのだった。気を使わせてしまったなと苦笑しつつ、リンと二人で移動する。ほどなくして作業場に着いて適当な人を捕まえる。
「すみません、人手が足りていないと聞いてお手伝いに参ったのですが」
「せ、聖女さまっ!!」
私の姿を見てびしっと直立不動になった青年は、どうしたことか緊張している様子。
「ああ、聖女さま、お久しぶりです。ソイツ、前に怪我して貴女の治癒を受けたんですよ。本来なら高い施術料を取られますが行軍中だったので……」
そういうことかと男性の言葉に頷く。
個別で怪我の治癒を依頼すると教会から寄付をふんだくられるものね。魔物討伐での行軍の際は請求管理が大変なので、施術回数は数えず軍や騎士団から一括払いになっているもの。
世知辛い世の中だけれど、そういう仕組みになっているのだから仕方ない。知り合いの料理番の人が私に礼をしてから、理由を話してくれた。そういえば、青年の顔はなんとなくであるけれど見覚えがある。
「お久しぶりです。――怪我の具合は如何ですか? まだ痛みや違和感があるならば、もう一度治癒魔術を掛けますよ」
今なら業務中となるので追加の寄付料は取られないもの。やるなら今である。
「い、いえ! 聖女さまの魔術は完璧でした! 痛みや違和感もありません!! あの時は碌にお礼も言えず申し訳ありませんでした!!」
またしてもびしっと九十度に腰を折って礼をする青年に『お礼は不要です、顔を上げてください』と言って、この妙な状況から抜け出す。周囲は微笑ましそうに見ているだけで、青年の行動を止めてくれないのだけれど。
「ようやく礼を言えたな。よかったじゃねぇかっ!」
べしっと青年の腰に太い手が思いっきり振られて当たる。
「痛いですよ、何をするんですか!」
「まあいいじゃねえか。聖女さま、仕事内容はコイツに聞いて下さい」
「はい。――お手を煩わせて申し訳ありませんが、ご指導よろしくお願いいたします」
軽く頭を下げると、物凄い勢いでテンパり始める青年を周囲の料理番仲間が茶化していた。
「へ? お、俺が聖女さまに手ほどきするんですかっ!?」
「ああ。何も問題はないだろう?」
男性の言うように問題はないけれど、どうして青年はこうも慌てているのだろうか。
「ほれ、ぐだぐだ理由を付ける前に行ってこい! 聖女さま、ちょいと頼りない奴ですが根は真面目なので、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそお仕事の手を止めさせ、申し訳ありませんでした」
「気にせんで下さい。――ほれほれ、さっさと行け! 仕事はまだまだあるんだぞっ!」
「痛いっ!」
そんな料理番の人たちの愉快なやり取りを見ながら、配膳作業に取り掛かるのだった。
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