第103話:チンピラ。

 服飾店からの帰り道、元来た道を辿り町の出入り口を目指していた。荷物を抱えて少し足元が怪しいけれど、重くはないのでまだマシ。転倒だけしないように、足を確りと上げて前へと歩を進める。


 「早く戻ろう、リン」


 「そうだね。――っ」


 早く戻らないと日が暮れてしまうし、食事にありつけなくなってしまう。規模の大きい編成となっているので、炊き出しが行われ配膳されるのだ。片づけもあるので、暗くなる前に全てを終わらせてしまうだろうし、ジークも待っているだろうから。

 

 「どうしたの?」


 「ナイ、下がって」


 突然立ち止まったリンへと顔を向けると、ある一点に視線が止まっていたものが、少しして動き始める。


 「ヘヘヘ……お嬢ちゃんたち……日暮れ前に女二人で行動するなんざ、襲ってくれと言っているようなものだよなあ?」


 にやにやと笑う肉付きの良い男性と年若い男二人に道を塞がれた。確かに、ただの女性であれば問題行動かもしれない。でもリンは冒険者の格好をしているので、ある程度の腕っぷしは備えていると初見でも分かるはずだ。

 

 ということは目の前の男性三人は私たちよりも強いと判断したのだろう。市中での魔術行使は禁止だし『どうしよう』とリンを見ると『大丈夫』と視線で答えてくれる。なら平気かなと確信している辺り彼女の強さを信頼しているというべきか。

 

 「この町の人間じゃねーだろう。王都の連中なら金を持っている筈だ。有り金全部置いていけ」


 「嫌です」


 男の言葉にピクリと片眉が上がるリン。はっきりと耳に届いた声には、怒りが込められているような。

 あまり感情が外に出るタイプではないので、珍しいとリンの手元をみると青筋が立っているので、随分と力が入っているようだ。


 「舐めた真似してっと、お嬢ちゃんたちがどうなるか知らねーぞ。アンタはある程度力に自信があるようだが、後ろの妹がどうなってもいいのか?」


 「は? ああ、うん、そうか……そう。兄さんが居なくて良かった」


 あ、リンの地雷を踏み抜いた。ターゲットが私に向けられた為に、完全に切れている。ぶっちゃけこういう手合いに掛ける慈悲はないので合掌したい所だけれど、そんなことをしている場合じゃないし、こういう時に頼りになるジークが不在である。物理で彼女を止められる人間が居ないと頭を抱えて、リンの服の袖を掴む。


 「待って、リン!」


 「でもっ!」


 「良いから。戻ってご飯食べよう、ね?」


 頭に上った血が少しマシになったのか、私に意識を向ける為にリンの手を握ると憤怒していた顔から、へらりといつものリンに戻るのだから現金だとは思うけど。まあ、チンピラの人たちが助かったのならば、それでいいかと納得して二人で戻ろうとした時だった。


 「手前ら!! 勝手に話終わらせてんじゃねーよっ!!」


 逆上したチンピラ三人組が一斉に襲ってくる。魔術の使用は街中だと禁止。


 「ちょっとごめんね、ナイ。――ふっ!」


 「ぐべぇ」


 「ごぉほ」


 「ぶへっ」

 

 繋いだ手を離して男三人を瞬殺……地面にひれ伏しているのだけれど、大丈夫だろうか。世紀末列伝みたいな声を出しながら、倒れ込んでいたのでちょっと心配である。

 一瞬治療を施そうかと思ったけれど、この町って治癒魔術の使用って、許可制なのだろうか。王都だと聖女の資格を得ていれば個々人の判断で使用可だけれど、この町のルールはどうなっているのだろう。それぞれの土地や治める領主の考えで微妙に違うことがあるから、迂闊なことはしない方がいい。


 街の人に聞きたくても、危険を察知したのか周囲には誰も居なくて困り果てる。


 攻撃系の魔術は王国全体で街中では使用禁止と発布されているから、基本的に使えない。例外は魔術学院や王立学院等の教育機関や専門の訓練場となっており、冒険者の人も勝手に使うと資格剥奪とかあり得たりする。

 確認が取れなきゃ治癒魔法は使えないなあと地面へ視線を落としていると、騒ぎを聞きつけた町の警備兵が数名こちらへと駆けつけ、事態を飲み込めないのか唖然としてる。


 「だ、大丈夫ですか、聖女さまっ!」


 「騎士の方に守って頂いたので怪我もなく平気です」


 町へと入る際に許可証を確認した人がこちらまで来ていた。私の声を聞いて大きく胸を撫でおろす警備兵の方々。身分がバレているので、私の身に何かあると怒られるのは彼らである。騒ぎを起こすつもりなんて毛頭なかったけれど、こうして絡まれたら対処するしかないもの。


 「申し訳ありません、こいつらこの町のゴロツキでして……最近、行動が酷くなっていたので正直助かりました」


 警備兵の人たちは、聖女を襲ったという理由で捕まえて罪を問うようだ。三人に手際よく捕縛用の縄をかけていく。チンピラより酷いゴロツキと表現されるなんて、彼らは手に職付けぬまま無頼漢として生きてきたのだろう。


 「そうでしたか。――ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 町の警備兵とはいえお貴族さまが何処にいるかは分からないので、なるべく丁寧な言葉で対応する。聖女とバレているので粗相が出来ないというのもあるけど。


 「答えられることであれば、なんでも!」


 私の方が聖女なので身分が高くなるようだ。大人の男性が子供にこうした態度を取るのは、位が高いという証拠。

 あまり畏まられるのも妙な気分になってしまうので止めて欲しいけれど、仕方ないと諦めている。目の前の彼らとこれから仲良くなるというならば、敬語は止めて欲しいと願い出るけれど、おそらく今後会うことはないから。


 「この領都での治癒魔術の使用は許可制でしょうか?」


 「いえっ! 聖女さまであれば個人の裁量で可能となっております!」


 「なるほど。お答えいただき、感謝いたします」


 そう言って頭を下げると、なんだか凄く驚いた顔をしている警備兵の皆さま。とりあえず町のゴロツキの治療をしようと、チンピラ改めゴロツキ三名の側へとしゃがみ込む。

 捕縛されているので警戒する必要はない。適当な治癒魔術を発動させ怪我の治療を施すと、疑問符を浮かべているような顔になる。


 一瞬、答えてしまおうかと考えたけれど、結局答えは伝えないまま立ち上がり、警備兵さんたちの下へ。


 「お騒がせをして申し訳ありませんでした」


 「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けし誠に申し訳ありませんでした」


 それでは失礼いたしますと警備兵の人たちに声を掛け、領都の門をリンと二人で潜るのだった。


 「よかったの、ナイ?」


 門を抜けてしばらくすると、困ったような何とも言えない顔でリンが問いかける。


 「よかったって、私が魔術を使ったこと?」


 私が町のゴロツキに治癒を施したのには理由がある。リンが今回守ってくれたけれど、何かあれば過剰防衛だと騒がれると迷惑極まりない。

 大した罪にはならないだろうけれど、リンの教会騎士としての道が閉じてしまうのは避けたい所である。まだまだ先の長い人生だ。こんなところで、そしてつまらない理由で駄目にするのは馬鹿馬鹿しすぎる。


 「うん」


 「あの人たちが怪我して何かあったら困るのは私たちになるからね。念の為だよ」


 リンが誰かに責められる所なんて見たくはないし、と付け加えると嬉しそうに彼女は笑うのだった。

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