第107話:夜講義。
日も沈み辺りは随分と暗くなっていた。ちょっと遅くなったね、とリンと会話をしながら自分の天幕へと辿り着く。資材で散らかっていた周囲も整理されており、様子がガラッと変わっていた。すごいな工作兵や輜重部隊の人と感心しつつ、目的の人物を見つける。
「ジークただいま。遅くなったけれど、ご飯貰ってきたからみんなで一緒に食べよう」
私の声に振り向いたジークはどうやら火を熾してくれたようで、赤々と薪が燃えていた。水もいつの間にか確保していて、小さな鍋でお湯を沸かしている。
「ああ、すまない。――……リン、どうした」
「……ナイが祝福施してた」
ジークを見て先ほどの事を思い出してしまったのか、普段よりもテンションの低いリンに気付いていた。双子故のシンパシーなのか、小さな変化によく気付いたものだ。
「は?」
リンから視線をバッと外して厳しい顔で私を見るジーク。いやあ、ねえ。
「だってあの状況じゃあ仕方ないよ。騎士の人の心意気を無碍にする訳にはいかないし」
とりあえず、視線を外してくれないジークに状況を説明する。難しい顔をしながら、腕を組んで静かに話を聞いてくれるのだけれど威圧感が凄いんですが。
「何節唱えた?」
「一節だけだよ」
流石に二節が限度で、三節四節となると過剰に掛け過ぎだ。日常生活に支障が出るレベルになってしまう。
「そうか、分かった。リン、不貞腐れるな。ナイも聖女として逃げ場がなかったんだ、その状況じゃあ仕方ない」
リンの肩に手を置いて納得させようとしているジークにまだ不満げな視線を寄せているので、まだ納得は出来ていないようだ。時折、戦闘時以外に知らない人に祝福を掛けるとリンが拗ねる。子供じゃないんだからと笑いながら彼女を諭すけれど、まだ慣れないらしい。
「リン」
「むう……」
「なんでそんなに嫌がるかなあ」
「だって、ナイが取られたような気がして嫌だ」
リンの言葉にジークと私はぱちくりと目を閉じたり開いたり。
「私は誰のものでもないよ。それに私が一番に優先しているのはジークとリン、あと残りの二人だし」
これ以上は仲間を失いたくはないから、聖女として救い上げられた時、優先すべきは彼らだと決めている。それがブレちゃいけないし、ブレさせる気もない。
「それにリンとジークには二節唱えたでしょう。叙任式の時に」
あからさまな優遇だったので、後で神父さまやシスターたちにしこたま怒られたんですが、私。身内だとしても、ああいう場で決まり事から外れたことをすべきじゃないって。神聖な教会の祭壇には、王国からも陛下の名代が寄こされており、その人は苦笑していた。ちなみに公爵さまである。
「……そうだけど」
「お年頃だねえ。リン~そろそろ機嫌直して、ご飯食べよう」
「うー……食べる」
少し悩んだ素振りをみせて数瞬のちに、お腹が空いていたのか先ほどのことは忘れて、ご飯を食べる準備を始めるリンだった。
「いただきます」
ジークもリンも私のこの台詞にはなんの違和感や疑問も抱かないようになっている。むしろ一緒に唱えているのだから、慣れている。偶々、この言葉を聞いた人は不思議そうな顔をしているけれど、突っ込んでくる人までは居ない。
「明日も早い。食べたら直ぐ寝ろよ」
ジークの言葉は尤もだ。体は疲れていないけれど、一日中馬車に揺られていた精神的な疲労はあるだろう。
「あ、副団長さまがこっちに顔出すって言ってたから、まだ寝られないかも」
食べ終えた食器を手に持ったままジークの言葉に答えると、深いため息を吐く彼。
「あの人は何を考えているんだ……?」
「申し訳ございません、ジークフリードくん。聖女さまは魔力制御が甘々なので、少しでもこの状況を改善したく、お話の時間を頂きたかったのですよ」
ぬっと突然姿を現した副団長さまに、一同驚きの視線を投げる。ただ先ほど苦言を述べたジークが一番慌てていたけれど。
「っ! 失礼いたしました、副団長殿っ!!」
椅子代わりにしていた丸太から立ち上がって、騎士の礼を執るジーク。その姿を苦笑いをしながら彼の行動を制す副団長さま。
「ああ、そう硬くならないで。そもそも自由時間にお邪魔したのは僕の方ですから、お気遣いは必要ありませんよ」
副団長さまは爵位持ちなので、立場には雲泥の差があるのだけれど、気にしては居ない様子。おそらくは先ほど述べた通りプライベートな時間なので、立場は取り払いたいのだろうか。
「ご足労申し訳ありません、副団長さま」
「いえいえ。聖女さまが男所帯の場をウロウロするのも問題がありますし、お気になさらず。それに僕には目的がありますから、問題はないのです」
まあ、副団長さまの目的は私を使った実験だろうなあ。一応聖女の立場があるので無茶はしないはずである。
「こちらをどうぞ。眠りに就く前に少量でも良いので飲まれるとよく眠れますよ。女性に野営はキツイでしょうから」
下げていた鞄の中から袋を取り出して手渡してくれる。どうやら町で言っていたよく眠れる茶葉のようだ。いつの間にか立ち上がっていたリンに茶葉の入った袋を預ける。頂いたものを地面に置くのは流石に気が引けた。
「お心遣い感謝いたします、就寝前に頂きますね。――副団長さまのお口に合うかは分かりませんが、お茶を淹れますので少々お待ちを」
「おや、もしや貴女が手ずから淹れて下さるのですか?」
ジークやリンは騎士として仕込まれているけれど、こういうことには慣れていない。お客さまをもてなす為、教会から教えられたのは私だけである。もちろん、教会職員がこの場に居れば彼ら彼女らが用意してくれるけれど。
「ええ。誰も淹れてくれる方が居ないので必然的にそうなりますね。あまり上手くはないので期待はなさらないで下さい」
「それは楽しみです。筆頭聖女さまともなると、動作のひとつにも魔力を纏わせているそうで、彼女が淹れたお茶を飲むと若干魔力が上がると噂されています」
「そんなことが起こるのですか?」
真に信じがたいけれども。噂に尾ひれ背びれがくっ付いていないかな、ソレ。
「まあ噂なので……魔力制御が甘い聖女さまならば、同じ現象が起きないかと期待しています」
「あり得ませんよ。そこまで器用ではないですし」
「いいえ、魔力量の多い貴女ならば可能性は十分ありますねえ……ふふ」
なんだかマッドな視線を受けているようなと、背中に汗が流れる私だった。
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