第100話:出陣式。

 ――日が昇る少し前。


 王城の広場には軍人や騎士団の高官の人たちや現場指揮官が集まっている。王都外の城壁側にも階級の低い平場の兵士たちが、待っているそうな。討伐遠征に同行する聖女も王城の広場に召喚されていた。教会の関係者も見送り役として、位の高い人たちが参加している。

 

 「凄い人数だね」


 周りを見渡すと、人、人、人。一堂にこんなに集まるのは本当に珍しい。学院でも全生徒が集まって終業式を行ったが、ここまで人数は多くなかった。


 「ああ。この規模に参加するのは初めてだな」


 「うん。――ん?」


 顔見知りの多い部隊だと嬉しいのだけれど。騎士団の方だと平民上がりだと言われ、蔑ろにされることが時折あるので、平民出身の人たちが多く所属する軍の方が気楽だったりする。


 「どうしたの、リン」


 「あの人、前に見た人だね」


 背が高いから私よりも周囲が良く見えるのだろう。顔を大きく左右に揺らしてようやく、前にソフィーアさまとのお茶会に同席していた侯爵令嬢さまが見えたのだった。確か聖女さまだと言っていたので、今回の討伐遠征に参加するようだ。


 「本当だ。凄い格好だけれど、大丈夫かな……」


 恐らく今後、どこかで築くであろう拠点も良い場所に設置させるとは限らないし、道なき道を進む場合もあるのだけれど。白を基調とした遠目でも上質なものを纏っていると分かる服装は、すぐ駄目になりそうだった。

 今の私は王城の中ということで聖女の格好だけれど、途中で隊列を一度離れて教会で平民服へと着替える予定である。割とサバイバルな環境なので、生半可な気持ちで参加すると痛い目をみる。


 「良い所のお嬢さまだからな。汚れても侍従たちにやらせるはずだ」

 

 「……彼女の周りに居る人たちも同行するのか」


 彼女の後ろにはクラシカルなメイド服を着ている女性や執事っぽい人も控えているので、世話役として一緒に向かうのだろう。

 一度だけ低位のお貴族さま出身の聖女さまと討伐に一緒したことがあるが、彼女は一人だけだったが侍女を同行させていた。着替えや身の回りのことはある程度出来るけれど、洗濯や食事の用意は無理だからと苦笑いをしていたのをよく覚えてる。


 「だろうな。一人で身の回りの世話を出来んだろうし」


 なんの為に討伐に同行するのやらと呆れた言葉は口には出さず。侯爵令嬢さまなので、自分の着替えすら出来ないのではないだろうか。学院だと着替えが必要になった際は、用意された部屋で学院が雇っている侍女に着付け作業を頼むらしいから。


 三人で少し呆れつつ、侯爵令嬢さまご一行を見つめるのを止め、次へと視線を移す。


 これまた若い聖女さまが同行するようだ。侯爵令嬢さまが二十歳前後らしいから、それより少し下だろう。

 身なりも良いのでお貴族さまっぽいのだけれど、学院では見たことがないので卒業生だろうか。こちらのご令嬢も人数は少ないが、彼女の周りに侍女たちを控えさせており、残り数名もお貴族さまの聖女のようだった。

 

 「聖女さま、お久しぶりでございます」


 「お久しぶりです、副団長さま」


 久しぶりと言ってもそう時間は経っていない気がするけれど、声を掛ける切っ掛けにしたかったのだろう。

 小さく礼を執って頭を下げる副団長さま。日が昇る前なのでまだ少し暗い広場で、彼の銀髪は目立つなあと目を細め言葉の続きを待つ。


 「ええ、本当に。――今回は貴女が参加なさると聞いて僕も志願したのですが、楽しい行軍になりそうですねえ」


 副団長さまは楽しいのかもしれないが、私は彼の餌食になってしまうのだろうか。いや、魔術で障壁を張るくらいならば問題ないけど、他の事となると困るのだ。

 魔力の扱いが下手糞らしいから、その部分が改善するのは正直嬉しいが、攻撃系の魔術を覚えるとなると嫌な予感しかしない。きょろきょろと周囲を見渡す副団長さまの視線は、私以外の聖女さまが居る場所で数瞬とまっていた。彼が他の聖女さまに興味を持ってくれるならば、僥倖だけれど。


 「先生」


 「お師匠さま」


 「おや。貴女たちも参加なさるので?」


 私たちが確認できたのか、聖女や教会関係者が集まっている場所へとソフィーアさまとセレスティアさまがやって来た。最近、一緒に行動していたマルクスさまが居ないので、違和感を少し感じつつ三人の会話に耳を傾ける。


 「はい。今回は見識を広めるために陛下や辺境伯閣下にご許可を頂きました」


 「ええ、当然ですわ。今回の依頼主は父であるヴァイセンベルク辺境伯ですもの。その名に連なる者としての義務を果たします」


 セレスティアさまは今回の討伐依頼主である辺境伯家の娘としての義務を果たす為に参加するようで、気合が入っている模様。


 彼女の特徴的なドリル髪が、いつもより巻いてある。


 これ、朝とか自分でセットするのか、それとも放置するのか。いやでも辺境伯のご令嬢さまだし、身の回りのことは侍女の人たちの仕事である。

 侍女の仕事を奪うことはご法度みたいなものだから、行軍から日数が経つと一体彼女はどうなってしまうのか。みっともない所は見せないだろうから、トレードマークとなっているドリルから緩いウェーブくらいになっていたら見物だなあ、なんて考えている。


 「そうでしたか。しかしまあこうして特進科の、しかも高位の子女の方々が参加なさるとは。聖女さまも彼女以外に参加なさっていますし、楽しみですねえ」


 いやいや。前回の魔獣討伐のようにはならないで、平穏に討伐を終えて欲しいけれど、無理だろうなあ。長丁場だから怪我人は出るだろうし、途中でリタイアする人も出てくるだろう。


 ――陛下御成り!


 高らかに声が上がると、この場にいる人たちが一斉に平伏する。しばらくすると『顔を上げろ』の声が響く。

 陛下の御前に立つのは二度目だけれど、討伐依頼でこうして顔を出すこともあるのか。おもむろに口を開いた陛下は今回の経緯について話し始めた。


 魔物の出現報告が多くなり困った辺境伯さまやその周辺の領主たちの嘆願で今回の遠征が決定したとは聞いていたけれど。原因究明も含まれていたとは驚きだ。てっきり間引きをして安全を確保するだけだと考えていたのだが。

 もしかして副団長さまが参加した理由は、それも含まれるのではないだろうか。魔術には愚直な人間だし、魔物の発生が多発している原因に魔術が関係しているとあれば嬉々として参加しそうだものな、副団長さま。

 

 「皆の者、王国を支える身として全霊を尽くせ!」


 その言葉に短く『はっ!』と答えると、一段高い場所にいた陛下が片手を挙げてこの場から去るのだった。

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