第101話:子爵領領都。

 陛下からの激励を受け、ようやく動き始めた討伐部隊。一旦、王都の城壁で待機している人たちと合流する為に、少し時間が空く。

 途中で隊列を抜け、教会の宿舎に戻り動きやすい平民服へと替え、教会が用意してくれた馬車で城壁手前まで送ってもらった。もちろん教会騎士服を纏っていたジークとリンも着替えて、軽装ではあるものの革鎧を身に着けて冒険者のような格好になっていた。


 「手を」

 

 日がようやく昇り始め、朝日を浴びながら手を伸ばす。

 

 「ありがとう」


 馬車から降りるときは必ずと言ってジークが手を差し伸べる。一応、聖女と護衛騎士という立場なので問題はないのだけれど、男の人にエスコートされるのって少々気恥ずかしい気持ちがある。

 幼馴染で付き合いも長いけれど、相手はイケメン、顔が良い。背も高く手足も長い、騎士として鍛えているから腹筋が割れてるのも知っている。

 そういう理由がある所為か、今回同行している聖女さまご一行の視線が痛い。この世界の顔面偏差値は高めだけれど、ジークは平均を軽く超えているので視線を浴びるのは仕方ない。

 けど、その視線を私にも向けるのは間違っているのではないだろうか。あからさまに嫉妬の眼差しである。欲しけりゃ、自分でアピールしてジークを射止めてみなよと言いたくなるのだが、ジークが好む異性ってどんな人なのだか。


 「兄さん」


 「どうした?」


 馬車から荷物を下ろしていたジークにリンが声を掛けた。


 「次は私がその役やる」


 「……そりゃ、構わんが」


 どうやらリンはエスコート役を自分もやりたかったようだ。時折、こうしたやり取りをしている双子を微笑ましく見ていると、二人してため息を吐かれる。

 エスコート役は基本男性だから、ジークが渋るのは無理はない。とはいえリンも騎士なので、そういう役回りをしてもいいのだが、周りは良く思わないかも。

 ジークが横にいるのに突っ立ってるだけならば、男の癖になにをぼーっとしているのだと言われるのだから。世知辛い世の中……というかお貴族さまの慣例というべきか。面倒だと思うこともあれば、良く考えられているなと思うこともあるので、一長一短である。


 「なんで二人ともため息吐くかな……」


 「ナイが笑うからだろう」


 「うん。――エスコートの回数は兄さんの方が多いから……偶には私がやってもいいと思う」


 むぅとリンが小さく唸って私の側へと来る。ジークが私をエスコートしていると彼女はいつも羨ましそうな視線を寄越していたから、憧れているのだろう。騎士の人が主人を敬っている姿はカッコいいものね。


 「無駄話はもういいぞ。そろそろ出発みたいだからな」


 遅れて来たからか、どうやら部隊は移動を開始するようだ。先頭を行く騎士団は馬に騎乗し整備された辺境伯領への道をゆっくりと進み始める。沿道には騎士団や軍の人たちの家族が見送りに来ていた。手を振り合っている人もいれば、照れくさそうにしている人もいる。

 

 長閑で平和な光景。


 その一言に尽きるなと、幌馬車に乗り込んだ私たちは隊列の真ん中ほどの位置で、長き旅路が開始されたのだった。


 「流石に今回は時間が掛かるな」


 辺境伯領まで十日間。道中、街に寄ったりできるけれど、この規模の人数を泊めることができる施設なんて存在していないし、野宿がデフォだ。野宿は野営するからいいとして、お風呂に入れないのが最大の問題か。


 「仕方ないよ辺境伯領までは遠いから。それに転移魔術を使える人は限られているし、この物量を転送できる人も限られるもんね」


 転移魔術なるものが存在するので人や物の移動は一瞬で済むのだけれど、人数や物の制限があるので、こうして大量になってしまうと地道に移動するしかなくなる。おそらくソフィーアさまにセレスティアさま、侯爵令嬢さま当たりは転移魔術を使用しての移動だろう。

 家お抱えの魔術師が居るはずだし、転移を使える魔術師を確保していてもおかしくはない。費用は掛かるが効果が高いから。国を超える程の距離を確保するとなればかなり数が限られてくるけれど、王家や公爵家レベルならば絶対に居るはず。


 高位のお貴族さまたちは転移を使用しているだろう。もちろん軍や騎士ならば、立場があるので行軍に参加しているだろうが。

 

 「まあな」


 「お尻痛くなりそうだね。敷物、もう少し用意しておけば良かった」


 「だね……。途中で他の領都に寄るみたいだから、そこで買い足せばなんとかなるよ、リン」


 クッションもないからなあ。木の板に直に――ある程度の布は敷いてあるけれど――座っているだけだし、馬車の衝撃緩和装置もお粗末だ。

 お尻に衝撃を加えすぎて痔になるのは頂けない。水洗トイレはあるもののウォシュレットまでは存在していないから、お尻は大事にしないと大変な目に合うことになる。他の聖女さまに治癒を依頼できるけれど、ねえ? 無理すぎる案件だ。よし、やはり途中で寄り道してお尻の安全を確保しようと、リンと確り頷きあうのだった。

 

 転移用の魔術陣を気軽に使えれば嬉しいけれど、あれは秘法中の秘法らしいので秘匿しておきたいのだろうし、まだ状況は切羽詰まってはいないということだ。本当に不味い事態だと転移陣を使用していたはず。


 「んー! 背伸びできるのがありがたい」


 何度か休憩を挟みながら今日の最終目標地点である、とある子爵さまが治める領都へたどり着き馬車から降りる。

 片手を腰に片手を天へと突きあげて、思いっきり背を伸ばすとぼきぼきと背骨が伸びる感覚が頭に伝わって、少し気分が良くなった。休憩を挟んではいるものの、ゆっくり休んでいる暇はないし、人間が休むというより馬の水分補給や餌をやる時間という側面の方が強い。


 しばらくこの場に待機していると最後尾の部隊がたどり着く。ほどなく輜重部隊や工作兵の人たちが野営用のテントをテキパキと張っていく。この人数を領都の中へと全員入れるのは無理があるので、本日は野営となっていた。


 買い出しなどは町の人たちから歓迎されているので、許可を得て領兵へ伝えれば入領賃を払わずに町へ入ることができる。野営を嫌う聖女さまだと、買い出しを兼ねてそのまま町の宿屋で過ごすこともあるが、私たちは野宿で十分。


 「さすがに持ってきた敷物だけじゃきついから買いに行こうか」

 

 「だね。移動はまだまだ掛かるし、無駄になるものじゃないから」


 また次の討伐で使えるとリンは言いたいらしい。さて、目的の物があればいいのだけれど。持っていた荷物を下ろしつつ、リンからジークへ視線を移す。


 「ジークはどうする?」


 「俺は野営の準備を手伝ってくる。二人で町へ行ってこい」


 男手は多い方が良いのだろうし訓練も受けている。軍や騎士の人たちの足手まといにはならないだろうと、考え一度頷き。


 「わかった。欲しいものはある?」


 「特には。――ナイ、無駄なものを買ってくるなよ」


 「か、買わないよ……多分……」


 ジークは私の行動を見越していようだ。美味しそうなものがあったら買い食いしようと考えていたのに、見破られていた。なんだか悔しいと感じつつ、町へ入れない人もいるのだしジークにお土産を買ってくるのは諦めて、聖女組を管轄している指揮官の人に町への入場許可をリンと二人で取りに行くのだった。

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