第99話:終業式。
あと数日で終業式というところで、夕ご飯を食べている最中に声を掛けられる。宿舎から教会のお御堂へとシスターに案内され、中には神父さまの姿。そうして着席を促され、魔物討伐への従軍願いが舞い込んできたと説明を受けることになった。
内容はヴァイセンベルク辺境伯家周辺地域に最近頻発している魔物の出現報告に、自領で対処できる域を超えたとのこと。
軍や騎士団に魔術師団から人員を選定と編成を行い、国も協力して欲しいと嘆願され国王陛下の承認が下りた。
学院で事前にセレスティアさまから聞き及んでいたので、特段の驚きもなく神父さまから話を聞いていたのだが、今回は規模が大きい。予定されている編成部隊がいつもより多く、輜重部隊の数も増強されている。
そして国の要請で教会から派遣される聖女の数も増やされていた。
ソフィーアさまとセレスティアさま、マルクスさまも軍や騎士団に同行するようなので、長期休暇を狙い時期が合うように調整したのだろう。
「何もなければいいけど……」
「だな」
「ね」
神父さまの説明を聞き終えたジークとリン、私は顔を見合わせる。
「いつもどうにかなってきたんだ。今回もどうにかなるさ」
「だね、兄さん」
「ん」
ふっと笑うジークって言葉を紡ぐとリンと私が返事をする。自然と突き出された右腕に拳面を三つ合わさる。とはいえ気を抜くことは出来ない。魔物討伐とはいえ魔獣が出現する可能性だって十分にあるのだし。
「買い出し、行かなきゃね」
「いつ行くんだ?」
「どうしようか。――もう日がないからなるべく早く済ませたほうがいいよね」
「うん」
食事や寝床は用意されるけれど、細々としたものは自前となっている。おそらく拠点を作ってそこから調査範囲や討伐領域を広げていくのだろう。
以前に買った鉈やナイフは使えるけれど、火打石や皮鞄を新調したい。ジークとリンも必要なものがあるだろう。
王都の商業区域に出掛け、ぷらぷらするのも楽しいから。まあ、商品を手軽に取ったり試着をすることは出来ないので、本当に見るだけだけど。
前回の鍛冶屋さんはジークとリンの紹介があったから、ああして手に取ることが出来たのだ。一見ならば手に取った瞬間に、窃盗を疑われて取り押さえられるのがオチである。
「あ、終業式の後にしよう。午前中で帰れるし、王城に行かなくてもいいんだし」
とまあ何時ものように私が勝手に予定を決めたのだった。
静かに頷く二人に笑みを向けて、お風呂に入りベッドの中へと潜り込むのだった。
そうして終業式前日。学院の教室。
「ナイ、お前に会わせたいお方がいる」
「……はい」
ソフィーアさまが敬う言い方をしなければいけない人物はずいぶんと限られる。嫌な予感しかせず、彼女の言葉に答えるまでに少しの間を要したのだった。
教室から彼女に連れられて学院のサロンへと辿り着く。扉の前にはセレスティアさまとマルクスさまの姿。そしてその後ろに控えていたのはジークとリン。
「ジークとリンも?」
「ああ、セレスティアさまとマルクスさまに呼ばれた。お前も来るから、と」
ジークの言葉にセレスティアさまが小さく頷き、マルクスさまはその横にじっと立っている。
夫婦喧嘩が始まらないのが珍しいなと目をぱちくりさせながら、話の内容は聖女として私と面会したいのだろう。
ちなみに、聖女一人で行動させたり一人で行動すると、国や教会から怒られる。聖女自身も教会から厳しく指導されるし、相手側にも苦情の手紙を送るのだから。
平民出身の聖女さまはお貴族さまのルールに慣れていない。昔、聖女さまの無知に付け込んで悪巧みをした輩がいたそうだ。そこから護衛の騎士が必ず就けられるようになり、公の場ではセットで行動するのが常になっている。
「さて、すまないが待たせる訳にはいかない。――心配はしていないが、粗相のないようにな」
「ナイならば、大丈夫ですわ」
「まあ、俺よりはマシだな」
ソフィーアさまの再度の言葉で、やはり高位貴族の誰かと面会するようだ。とはいえ、この学院にはソフィーアさまと同格の人はいない筈だけれどと首を傾げる。
目的がなければこうして紹介はされないだろうし、一体誰なのだろうと開く扉を見つめ、部屋の中がはっきりと視界に捉える。
――第一王子殿下と婚約者の隣国の王女さま。
金のサラサラの髪を窓から入る光に反射させ、奇麗に天使の輪が浮かんでる。切れ長の目に青い瞳。鼻筋も通っているし、口元も完璧。
そして第一王子殿下の隣に静かに座っている女性は、隣国の王女さまで殿下の婚約者。王子妃教育と王国の文化に馴染む為に学院へ留学中だそうで。入学式や建国祭のパーティーで遠目に見たことがあるだけで、お二人とも三年生なので関わることはなかったのだが。
「ソフィーア、手間をかけたね」
元第二王子殿下の元婚約者なのだから、顔は知っていて当然だし交流もあるのだろう。セレスティアさまとマルクスさまも知っているようだ。軽く礼を執っている。
「いえ、殿下の頼みです。遠慮なく申し付け下さい」
椅子から立ち上がって私たちを迎える第一王子殿下は人好きのする笑みを浮かべ、こちらを見た。将来の王太子殿下である。万人に受けるように笑い方まで習っているのだろうか。それにしたってすごいイケメン。
「ようこそ聖女殿。この度はいきなり呼びつけて申し訳ない」
「お気になさらないでください、殿下」
「さあ、座って。――是非とも味わって頂きたい旨い茶を用意した。口に合うと良いのだが……」
着席を促されたので席へと座る。当然、ジークとリンは私の後ろに。正面に第一王子殿下、その横に王女さま。私の右側にソフィーアさま左側にはセレスティアさま、更にその横にマルクスさまである。妙な状況だなあと、目を細めるとこの部屋で一番位の高い第一王子殿下が口火を切るのだった。
「此度は急な魔物討伐の命に従ったことに感謝すると、陛下からの言伝を頼まれてね。時間もなく使者も出さずこうして学院で伝える羽目になってしまったよ」
嫌なら断る選択肢もあるが、断ると聖女としての評価が悪くなるので今回も受けた次第。殿下は簡単に謝ることが出来ないからか、遠回しに『すまない』と伝えているようだった。
「殿下、お心遣い感謝いたします。国王陛下にも聖女としての務めを果たして参りますとお伝え頂けますか?」
「ああ、それは勿論。――今回の件は普段よりも規模の大きいものになるし、期間も長い。城の魔術陣へ魔力補填を行う人材を長期間留守にさせるのは手痛いが、辺境伯殿からの依頼もあるのでね」
そう言って殿下はセレスティアさまに視線を向ける。
「はい、殿下。ヴァイセンベルク辺境伯家は此度の事態を重く受け止めております。魔物の出現が頻発していること、被害報告も増えていること。そして報告範囲が広いことも頭を抱える原因です」
いつもの口調は鳴りを潜め、きちんと殿下と対話していた。セレスティアさまの独特なお嬢言葉に慣れているから、妙な感じだけれど。どうやら魔物の出現が多発している上に広範囲で報告が上がるので、手を焼いているようだ。辺境伯家周辺の領地も事態は同じで困っているとのことだ。
「辺境伯殿でも持て余して、王家に助けを求めてきた。尋常ではない事態だよ」
はえーそうなのか、と他人事のように話を聞いていると、殿下の顔が私へと向けられる。
「聖女殿は魔獣出現の際に死者を出さなかったと聞いている。期待しているよ」
「はい、殿下のご期待に添えられるよう尽力してまいります」
そう言われるとこう返すしかないよなあと、遠い目になりながら味の分からないお茶を啜り、ほどなく解散となる。呼び出された意味を感じられなかったなあと帰路へ就き、翌日は終業式を終え。
長期休暇は遊び倒すと決めていた予定を初っ端から砕かれ、長期休暇二日目までは旅支度を。三日目に王都から出発する為に、王城へと足を向けるのだった。
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