第82話:試合後。

 打たれた横腹を擦りながら、ゆっくりと立ち上がるマルクスさま。試合が終わったので、野次馬の人たちから拍手が起こってた。


 「痛え……アンタ、容赦ねえな」


 「ご不快に思われたのならば申し訳ありません」


 「いや、試合を申し込んだのは俺の方だ。謝る必要はねえ。――それに魔獣討伐の時、俺は全く動けなかったのに、アンタは騎士として役目を果たす為に動いてた」


 俺とは大違いだよ、と自分に対して皮肉を言うようにマルクスさまは言葉を続けていた。


 「仕方ありません。俺は何度か魔物討伐へ駆り出されたことがありますから」


 実戦経験の有無で差は生まれるよねえ、実際。実力があっても恐怖におびえて動けなくなればそれでお仕舞で、命を失ってしまう。

 

 「けど、なあ。――ああ、上手くまとまらねえ! 取りあえず、親父が何を考えているのかは知らんし、俺は関知してねえ」


 いや、そこはお貴族さまの嫡子として関知して、状況把握しましょうよという盛大な突っ込みを心の中で入れていると、私の横で頭を抱えているセレスティアさまが居た。あ、うん。婚約者がこの調子じゃあ先が思いやられるよね、と少しだけ彼女に同情する。


 「面倒なことは嫌いだからこの際はっきり言っておく。俺の嫡男としての地位が危ぶまれないなら、お前たちは好きにすればいい」


 ようするに養子にはいろうが、そのままでいようが知ったことではないと言いたいのだろう。けれど伯爵家の頂点を務めなきゃならない次代が投げやりな発言をしてもいいのか謎である。


 「……こんな調子で大丈夫なのかな、クルーガー伯爵家って」


 「わたくしが家の中は掌握しますから心配ご無用ですわ。――クルーガー家は代々奥方が支えていますもの」


 ぼそりと呟いた私にセレスティアさまが答えた。しまった、思っていたより声が大きかったらしい。ふふんと私を見下ろしながら笑っている。

 不味い発言ならば怒っているだろうし、私の発言はセーフだったようだ。しかし、婚約者に過ぎない彼女が牛耳るなんて言っていいものなのだろうか。


 「何故かその方が上手くいくのがあの家だからな」


 不思議なものだ、と付け加えるソフィーアさまに、セレスティアさまが頷く。そのうちクルーガー家乗っ取られないかなあと、遠い目になりつつ男系の血統さえ維持できればいいのか。

 この辺りはお貴族さまらしい問題といえようし、家に特色があるのならばそれを維持するのも役目なのだろう。


 「取りあえず、マルクスさまの治療をしてきます」


 後遺症が残ったと難癖を付けられると教会も私も困るし、何よりジークが困るのだ。どうせ私が聖女だということは、合同訓練の時にバレているし。


 「お願いいたしますわ。わたくしの婚約者がお手間をかけて申し訳ありません」


 「お気になさらず。――リン、中に入っても大丈夫かな?」


 セレスティアさまに黙礼して、リンの方へと向き直る。騎士科のことならばリンの方が詳しいはずだし、試合は終わっているので邪魔にはならないだろう。


 「ん、ちょっと待ってね。――兄さん!」


 「どうした?」


 「中に入ってもいい?」


 「構わんが……」


 言いよどむジークに何か感じることがあるのか、何かを補足するつもりなのかリンが口を開いた。


 「ナイが手当てしてくれるって」


 「わかった。リン、そこから入ってナイを抱えてやれ」


 こういう行動は特進科や普通科だと教師陣から咎められるのだけれど、どうやらこちらは緩いらしい。


 「うん」


 柵をひょいと乗り越えるリンが両腕を差し出して、私にこっちへ来いと誘う。確かに手っ取り早いけれど……衆目に晒されているというのに彼女は恥ずかしくはないのだろうか。

 子ども扱いだよなあと心の中でボヤきながら、柵に足を掛けてどうにか這い上がると、即座にリンの腕が伸びてきて私を抱きかかえてくれたので、仕方なく首に腕を回した。


 「微笑ましいな」


 「ぶっ」


 目を細めて私たちを見るソフィーアさまに、この光景に吹き出したセレスティアさまは鉄扇で必死に表情を隠している。はあとため息をだして、リンの腕を軽くタップする。


 「降ろして、リン」


 「兄さんの所まで連れて行ってあげるよ?」


 「有難いけれど恥ずかしいから、降ろして……」


 「むう」


 唸りつつも私の言葉に従ってくれ、ゆっくりと体を腕から解放してくれた。そうしてマルクスさまとジークの下へと自分の足で歩いて行く。


 「すまないな、ナイ」


 「ううん、見ているだけじゃあ何だしね。――マルクスさま傷を治します」


 面倒なことになったら困るしね、という言葉は飲み込んでマルクスさまに向き直る。


 「ああ、すまん。――しかし、いいのか?」


 本当なら治療代としてお金を取っているのだけれど、今回は例外である。こちらにも打算があるし、そもそも勝手に私が言い出したことだ。


 「構いません、後で私の質問に答えて頂けると嬉しいのですが」


 「あ? ああ、答えられることなら答えるが……」

 

 最後まで彼の言葉を聞かずに治癒魔術をかける。かけ終わった後不思議そうに、横腹を擦っていたので多分治癒魔術は初めて受けたのだろう。

 そうしているとセレスティアさまとソフィーアさまがやって来た。なんだかんだ言って婚約者であるマルクスさまを大事にしているようだ。


 「負けましたわね、マルクスさま」


 「うっ……。すまん!」


 マルクスさまとセレスティアさまが相対して、剣呑な空気が流れ始める。


 「負けた後のことを散々申して参りましたのに、ご理解をなさっていない様子」


 「騎士として強い奴と刃を交えるのは悪いことではないだろう、セレスティア!」


 「確かに。ですが、負けてしまった時のリスクを考えないのは如何なものでしょう。今回は黒髪聖女の双璧と称される方に負けたので影響は少ないでしょうが、次からはきちんと考えてから行動してくださいませ」


 ということでわたくしとも手合わせですわね、と言うと凄く嫌そうな顔をするマルクスさま。セレスティアさまはヴァイセンベルク辺境伯家の令嬢として武芸を嗜んでいるようだけれど、マルクスさまに勝てるほどの腕があるのだろうか。


 「強いぞ、彼女は。――実家は武闘派で名を馳せているし、血筋的にも強者を生み出しやすい家系だからな」

 

 私の心を読んだのかソフィーアさまが解説しつつ、私も負けていられんなと笑ってる。上級魔術を使えるだけでも十分に強者に分類されるというのに、まだ高みを目指しているようだ。


 ――あ、そうだ。


 ふと思い出したことがあったのでマルクスさまの方へと顔を向ける。これは治療代である、無報酬だと他の人たちに示しがつかないし。


 「ジータスさまとリーフェンシュタールさま……お二人の処分はどうなったのですか?」


 第二王子殿下の側近であった緑髪くんと枢機卿子息の紫髪くんのことである。殿下の側近候補で出世街道まっしぐらだったのに、ヒロインちゃんの魔眼に囚われた可哀そうな人たちであるが、赤髪くんであるマルクスさまと青髪くんのルディさまは学院に登校しているというのに二人の姿は見ない。


 「ああ、実家で再教育だとよ。俺たち二人よりも殿下に肩入れしていたからな……仕方ねえ……」


 苦虫を噛み潰したような顔で答えてくれたマルクスさまが、感情を切り替えるように頭を後ろ手で掻き始め再度口を開く。


 「つか、アンタ聖女さまだろう情報くらい掴めたんじゃねーか?」


 「確かに知ることは出来ましたが、誰彼に聞いていいことではありませんので」


 公爵さまや教会の人に聞くことは出来たけれど、あまり頼りすぎると後が怖い。だから自力で成し遂げて情報を得る方が安全である。まあ情報の確度というものは下がるかもしれないが、マルクスさまの友人だから合っているはずだ。


 「……面倒くせえ。――痛っ!」


 不用意なことを口走るマルクスさまに鉄扇が飛んでくるのは当然だった。


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