第81話:試合開始。
どうやらマルクスさまの申請は無事に通ったようだ。
落胤問題が教師陣の耳にも届いていたのか、いろいろと根回しをしていたようで、教会にもマルクスさまとジークの手合わせの報告が学院から通達があったそうなので、クルーガー伯爵家にも通知はしているだろう。
不味ければ『止めろ』と苦情が入るから、後で試合をしたことがバレて怒られるよりも傷が浅く済む。学院も大変だなと、騎士科の訓練場の外側の柵に手を掛けて、二人の試合時間になるまで待っていた。
「そういえば、入試試験の時みたいに無手になるのかな?」
「ううん、今回は木剣を使うかな」
他愛のないことをリンと話しつつ、周囲に目をやると結構なギャラリーが集まっていた。ほぼ騎士科の面子だと思われる人が殆どなんだけれど……。
「野次馬が多いですこと」
ぱんと鉄扇を開いて口元を隠すセレスティアさま。目を細めているので、野次馬が多いことを快く思っていなさそうだ。
野次馬が多い理由は騎士科所属で平民出身の人たちが賭けをやっているから。賭け事は駄目だけれど、教師陣は見て見ぬ振りをしてくれている。
掛け金は昼食におかずが一品増える程度だし、換金率もそう高くないそうだ。食べ盛りの若い人たちが多いから、おかずが一品増えたり減ったりするだけでも楽しいのだろう。
「娯楽が少ないからな」
ソフィーアさまが言ったように娯楽が少ないのだから、自分たちで工夫して楽しく生活できるように努力している訳だ。
不快そうにしている彼女を横目にため息を一つ吐いたソフィーアさまも、擁護はすれど良いことだとは思っていない様子。何故か彼女たちは私の横に立って、試合を見届けるようだった。
こうして騎士以外の人たちもいる訳で。セレスティアさまとソフィーアさまは、勝負の結果を家に報告する為だと推測している。
学院内のことだし決闘ではなく試合なので、マルクスさまの進退が決まることはないと思うけれど、念の為にだろう。学生とはいえ既に家の為にと動いているのだから、本当お貴族さまって大変だ。
「両者入場!」
演出が随分とこっている。お互いの対角線上にある入り口の扉から入場しているし、自分で扉を開ける訳でもなく、騎士科の生徒が大仰に開けていた。ローマのコロシアムで行われていた剣闘士や拳闘士の試合みたいだと感じながら、声高に叫んだ教師を見る。
「二人とも開始線へ。――お互いに礼!」
互いに礼をとるマルクスさまとジークの左手には訓練用の木剣が握られており、無手で試合は行われないようだ。刃引きされていない実剣を使用することもあるそうだが、まだ一年生だし木剣が選択されたのだろう。
マルクスさまより少し背の高いジーク。ジークよりも筋肉が付いているマルクスさま。上背で勝っているということは、リーチでも勝っているということだろう。距離の優位は如実に表れるときくけれど、力押しされたらマルクスさまの方が勝ちそうだし、勝敗が読めない。
「始まるな」
「ええ、そうですわね」
ソフィーアさまとセレスティアさまの声に周囲の人たちの声が混じる中、審判役の教師の右腕が空へと突き上げられた。
「――勝負っ!!」
これまで一番に張った声と同時に掲げられていた右腕が、勢いよく下へと落とされると同時にマルクスさまが一直線にジークへと距離を詰めて飛び掛かる。
大上段で振り上げられた木剣を、ジークが立ち位置を半歩ずらし斜め掛けに受け止めて、真下を目指す剣の軌道を反らして半円を描きながら立ち位置をずらして、そのまま横薙ぎに剣を振るジーク。
「っ!」
展開を読んでいたのか、バックステップで大股に二、三歩下がったマルクスさまが、にやりと口角を上げた。
「ははっ! 届かなかったなっ!」
嬉しそうに声を出す彼に『子供ですわね』『幼いな』と容赦ない言葉を呟く、女性陣二人。試合中の彼らにその言葉は届く訳もなく、上体を低くしたジークが足をバネのごとく使い木剣を下げたまま、一足飛びにマルクスさまに飛び掛かると下段から上段へと木剣を振り上げた。
「っと! あぶねっ!」
入試の試合の時とは違いジークが攻めあぐねているような。といっても開始から三手しか交わしてないし、決着がつくにはもう少し時間が掛かりそうだけれど。
「兄さん、様子見してるみたい」
「そうなの?」
「うん」
リンがそう言うのならば、そうなのだろう。双子で、どこか通じるものがあるのだろうし。私は剣技については素人だから、本気を出しているのか加減をしているのかは分からない。こうして二人で呑気に喋っている間も、一撃、二撃、三撃と木剣同士がぶつかり合っていた。
「マルクスさまっ! あまり遊ばれていますと、あとでわたくしとも試合をして頂きますわよっ!!」
「げぇ……!」
セレスティアさまの言葉にゲンナリとした顔をありありと見せるマルクスさま。辺境伯家出身だから、彼女は令嬢教育や魔術の心得だけではなく武術も嗜んでいるようだ。
「悪いな、最後だ。――決めるぞっ!」
叫んだ彼女の言葉が効いているのか、試合場の土を摩擦で何度も滑らせてマルクスさまは後ろへ下がり、ジークと一旦距離を取る。ぐっと走り出したマルクスさまは、またしても大上段の構えを取ってジークへと突っ込んでいく。
「そう同じ手にっ、乗るかっ!」
大上段を受け流そうとしているジークにマルクスさまは口を開きながら木剣を振り下ろすと、受け流すのかと思われたジークの木剣の柄がマルクスさまの横腹に打ち込まれたのだった。
「ぐふっ」
え、えげつないなあジークは……痛そうに横腹を抱えて蹲っているマルクスさまに憐みを込めた視線を送ってしまう。
「――そこまで!」
流石に倒れ込んでしまったので、試合を続行するのは不可能と判断されたのだろう。審判が止めに入っていた。
「はあ。――考えなしに打ち込むのは相変わらずですわねえ」
「幼い頃から変わらんな」
やはり彼女たちは小さい頃から交流があったのねと、私の横でぼやいた二人の言葉で理解するのだった。
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