第83話:再会。
武闘派同士で意気投合したのか、セレスティアさまとマルクスさまにジークとリン、四人で剣技についての会話に華を咲かせていた。
武芸についてはからっきしな私は完全に蚊帳の外で、それを見兼ねたソフィーアさまが何故か私の話し相手を務めてくれている。
彼らはやはり幼い頃からの付き合いがあるそうで、王城でお茶会やらを開いて交流を深めていたそうだ。友人関係ですら、お貴族さまは親の決めた枠や道筋にハメられていて大変である。
「なにやら楽しそうですねえ、僕も混ぜてくださいませんか?」
にっこりと笑い、長い銀髪の髪を揺らし魔術師団の証である外套を纏って、こちらへと副団長さまがやってきた。相も変わらずイケメンだけれど、表情から感情が読み取り辛いのは如何なものか。
「先生」
「お師匠さま、何故こちらに?」
魔術師団副団長さまが唐突に現れた。本当にこの人は神出鬼没だけれど、顔を合わせたのは十回にも満たないし、知り合い程度。
話の主導は彼の弟子であるソフィーアさまとセレスティアさまが適任だろう。マルクスさまたちとの会話が止まったので、ジークとリンは静かに私の側にやってくるのだった。
「今日は特別講師として魔術科の授業へ参加させて頂いておりまして。偶々通りかかったのですが、見知った姿の方々が見えましたので声を掛けた次第なんですよ」
年下相手だし弟子なのだから、もう少し砕けた喋り方をしてもよさそうなものだけれど、彼の癖なのだろうか。
「そうでしたか」
「魔術科の一年生にお師匠さまのお眼鏡に適う方はいらっしゃいましたか?」
「そうですねえ、小粒揃いというところでしょうか。やはり特出した方は聖女さま、貴女お一人です」
ぐるんと顔を回してこちらへと視線を寄越す副団長さまは、私への興味を維持したままのようだ。諦めてくれればよかったのだけれど、変人が多いと言われる魔術師の最高レベルに位置する人である。
魔術に対する追求心や興味は尽きないらしい。が、彼が思うままに行動していれば、私はいずれ戦略兵器級の人間に仕立て上げられそうで怖い。
「副団長さまに見初められるほどの実力は持ち合わせておりませんし、聖女としての務めがあります。お忙しい立場である副団長さまの手を煩わせることにもなりましょう」
「ええ、ですので、学院の魔術科の特別教諭に名乗り出ました」
それとこれに何処に関係があるのか……私は特進科所属なので関係はないのだけれど。にんまりとしている副団長さまには悪いけれど、関わることはないだろうと安堵する。
「特進科にも出張授業へ参りますので、その時はどうぞよろしくお願いいたしますね、聖女さま」
お貴族さまが殆どの特進科は家庭教師から魔術を習得している人だらけだし、卒業してから使う機会なんて殆どないから、時折特別授業が開催されるだけだったのだけど、どうやらそこに目を付けたらしい。魔術師団の副団長さまが学院側に申し出れば、そりゃ二つ返事で了承するわな。学院は。
「私だけ特別扱いという訳にはいきません。確りと生徒に公平に授業を行うべきかと」
「それはもちろんですよ。ですが機会はどこかで訪れるでしょうから。――こうして偶然に再会できているのですから、この先も偶然が起こる可能性は十分にあります」
僕はそこに活路を見出しているのです、と副団長さま。嗚呼、完全に目を付けられているから、諦めるしかないのだろうか。私の魔力操作の制御が甘いのは、重々承知している。
甘い操作でもなんとかなっているのは、人並外れた魔力量のお陰だ。魔獣討伐の時もなんとかなったし困ったことがないから、そんなに気にしていなかった。
「ですので、その時はどうぞよろしくお願いしますね」
「――……はい」
身長差で腰を折って顔を近づけてくる副団長さまの迫力に気圧されて、返事をするしかない訳で。どうしてこうなってしまうかなあと頭を抱えながら、上機嫌でこの場を去っていく副団長さまの背中を見送る。
「魔術には正直な人だからな。その、なんだ……諦めてくれ」
「まあ、悪気はありませんから、あまりお気になさらないように。貴女にとって損にはなりませんでしょうし」
「アレな人だからな。仕方ねえ」
お貴族さま組からの評価が、褒めているのか貶しているのかよく分からないものになっているし、ジークとリンも私に同情の視線を向けている気がする。
なんでこう妙な人に絡まれることが多いのかと考えてみるけれど、思い当たる節がない。真っ当に生きているはずなのに、ツイていないのは何故だろう。
「ナイ、魔力の制御を教えてくれるというならいい機会だ。真面目に講義を受けておけよ」
「うん。持て余して暴走させてる時があるから、丁度良いんじゃないかな」
「分かってはいるんだけれどね……」
あの魔獣を消し炭どころか霧散させた魔術を教えられるのかと思うと、嫌な予感しかしない。現在の国王陛下は穏健派である。
諸外国との調和を標榜している方だし、隣国のヴァンディリア王も陛下と同様の政治方針。ただそれ以外の国の動向を知らないので何とも言えないが、代替わりや急変した事情で好戦論に走る国が出てもおかしくない。
攻撃と防御に特化――しかも治癒も使える。魔力も膨大――した人間として戦争に駆り出されることになれば、私は確実に精神を病んでしまうだろう。戦時下で軍人同士の争いは合法だけれど、間接的な人殺しだ。
そういう部分は前世の価値観を大いに引き摺っているので、狂う可能性の方が高い。それに私が戦場に出ればジークやリンも巻き込むことになる。それだけは絶対に避けなければならない事態だ。
「どうした?」
「ん、なんでもないよ。さて、終わったんだし帰ろう」
もう済んだことだし、あまり深く考えても仕方ない。時間も時間だし教会の宿舎に戻ろうと、二人に声を掛けた。
「――お待ちなさいな!」
「え」
ばさりと広げた鉄扇を口元にあてて仁王立ちになっているセレスティアさまが、帰ろうとした私たちを急に引き止めた。ソフィーアさまとマルクスさまが呆れた顔をしているけれど、一体なんだろう。
「黒髪聖女の双璧と呼ばれているお二人にお願いがありますわっ! わたくしとも勝負してくださいましっ!!」
「おい……お前、自分がさっき言ったこと反故にしてんじゃねーか……負けた時のことを考えろつっただろうが!」
「勝てば問題ありませんわね」
「……はあ」
マルクスさまが大きな息を一度吐く。どうやら説得を諦めたようで両手を広げて肩を竦めたので、もう好きにしろということらしい。
「セレスティア、流石に教師の方々の時間もあるし、騎士科の連中の自主訓練もあるんだ。試合の申請もしていないのだから、今日はもう諦めろ」
諦めた彼の意思を継いだのはソフィーアさまだった。その言葉を聞いて、開いていた鉄扇がぱしんと閉じられた。
「――……仕方ありませんわね。久方ぶりに実力のある方にお会いして血が騒いでしまいましたわ。――みっともない所をお見せいたしました。ですが、いずれお二人とは手合わせ願いたいものです」
「未だ騎士としては未熟な身ではありますが、申請が通った際にはよろしくお願いいたします」
セレスティアさまの言葉に礼儀的に返すジークとその言葉に頷いて、騎士の礼を執るリン。まんざらでもないような顔をしているので、強い人と手合わせをすることは嫌ではない様子だ。
騎士科で揉まれているだろうし、木剣や素手での対戦だろうけれど実力を試すにはいい機会なのだろう。
ジークの言葉に微笑みを持って返事とし、優雅に去っていくセレスティアさまの後をマルクスさまが追いかけ、少し遅れて『ではな』と私たちに告げてから二人の後をついて行くソフィーアさま。
「なんだか嵐が去ったみたい」
「だな」
「ね」
訓練場に残った三人で、おかしくなって笑いあうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます