第63話:祝辞。

 お偉いさんたちの挨拶が終わり、学院の生徒会会長が長い長い建国を祝う言葉を述べるとようやくパーティが始まった。


 ファーストダンスは第一王子殿下が務めるようで、婚約者である隣国の王女さまがこの日の為に数日前から王都に滞在していたそうだ。

 第一王子殿下は学院を卒業と同時に、立太子し王女さまと婚姻することになっている。有能で、王女さまも大切になさっているそう。隣国なので頻繁には会えないけれど手紙のやり取りや、こうしたイベント事で仲を深めているとのこと。


 「奇麗だねえ」


 第一王子殿下が王女さまをエスコートしながら、ホールのど真ん中へと立つ。しんと静まり返る会場内の視線を釘付けにさせているのは流石である。

 そうしてポーズを取りお互いに手を添えながらホールドを組むと、楽団の生演奏が始まりワルツのステップを踏み始める。基本のステップをいくつかこなすと上級者用のものへと変わり、足運びや体のしなり具合、緩急の付け方に頭の振り方、どれをとっても一流。


 「踊りたいのか?」


 ぼーっとホールの真ん中で踊る第一王子殿下たちを見ていると、小声でジークが話しかけてくる。迷惑にならない程度ならば、話しても咎められることはない。


 「似合わないし、踊れないから止めとく」


 「前に先生が付いたけれど、すぐに止めたよね」


 社交界にも出ることがあるからと、教会から教師が付けられたこともある。覚えても無駄な気がしたし身長差の所為でパートナーを務めてくれた人がやり辛そうだったので、すぐに止めたのだ。

 魔物討伐や治癒院での施術や孤児院への慰問とかで忙しかったこともあるし。一度にたくさんのことをこなせる能力を持ってなかったし、まあ妥当な判断だ。


 「うん。見てるだけで十分」


 リンの言葉に返事をして肩を竦める。早く軽食に手を付けたいところだけれど、まだ動くわけにはいかない。ファーストダンスが終わってないし、他の人たちが一曲も踊ってないのでこの場でじっとしておくしかないのである。

 パートナーを探している壁の花の人たちは、壁の染みを物色している。学院ならば婚約者のいない人ならば手を出し放題。いや、最後までイっちゃ駄目だけれど。玉の輿を狙っている人もいれば、逆を狙っている人もいる。家の事情で仕方なくという人もいれば、個人的な理由で探す人もいる。


 こうして観察している分には楽しいけれどね、貴族社会は。


 関係した途端に面倒事に発展するのは、これ如何に。治癒の依頼があり屋敷へと訪れ、治したらいちゃもんを付けられて寄付を踏み倒そうとする人がいたり。お金は払ったものの聖女にしては貧相だと、嫌味を言われたり。本当、面倒な人たちである。


 「あ」


 「どうしたの、リン」


 「ナイ、あそこ」


 目の良いリンが誰かを見つけたのか、視線で場所を促した。その先にはソフィーアさまが居て、隣にはセレスティアさまとパートナーの赤髪くんの姿。

 赤色のドレスを纏っているので、一応相手のことを思いやっているらしい。婚約者の色を纏うということは相手を慕っているということなので。そういう事実が浸透しているので、上辺だけの人もいるかもしれないが。

 

 音楽が一度鳴り止むと一礼する第一王子と王女さま。そうしてまた次の曲が鳴り始める少し前、ホールの真ん中へと足を運ぶ貴族の人たち。

 セレスティアさまは赤髪くんと一緒に手を取って進んでいたので、一曲は踊るのだろう。ちなみに二曲以上連続で踊るのは、婚約者だけの特権である。


 ヒロインちゃんが居れば殿下たちとルール破りを平気で行っていたのだろうなと、遠い目になる。


 婚約者を差し置いて、来賓が居る……しかも相手の家の当主が居る場でそんなことをすれば、喧嘩を売っているようなもので。王家と公爵家の仲が悪ければ、すぐさま開戦しそうなくらいの問題だものなあ。


 爵位が低ければ――それでも問題ではある――笑って済ませられる事態かもしれないが、第二王子殿下はこの国の王族なのだから、身分は弁えておかないと。

 

 第一王子殿下のファーストダンスが終わり、二曲目も終わりを告げたので、そろそろいいかと周囲に居たの平民の学院生たちもぞろぞろと動き始める。

 恋仲にある人たちは、ここぞとばかりに甘い空気を醸しながらホールの片隅の邪魔にならない場所でワルツを踊ってる。お貴族さまのお家の事情が絡んでいない姿は、見ていて初々しくて微笑ましい光景だった。


 「そろそろ行くか」


 ジークが周りの様子を見ながら声を掛けてきた。食べ盛りの男子生徒は軽食の方へ群がっているから分かりやすい。その光景をあからさまに侮蔑の視線を向けているお貴族さまも居るけれど、しったこちゃあないのである。お腹空いてたら何も出来ないのだし。


 「うん」


 「だね」


 とまあ三人で軽食を漁りに出陣したのだった。

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