第62話:宴の開始。

 建国祭とあってみんな浮かれている様子で、建物の物陰で一悶着が起こっていることに気付いていないようだった。ホールへと移動途中に風に乗って届いた声がふと気になり、視線を風上へと向けたことを後悔するのは直後のことである。


 「殿下、アリスをどうするつもりなのですか?」


 「俺はソフィーアとの婚約を破棄し、アリスを助けてどこか遠くへ逃げる」


 物陰で密談をしている殿下と緑髪くんと紫髪くん。隠れてはいるものの、お貴族さまオーラとパーティー参加の為に着飾っているので見つけやすい。

 幽閉塔に隔離されているヒロインちゃんは、おそらく一生ソコから出られることはないだろう。貴重な魔眼持ち故に、研究対象として生かされる。仮に殿下が一騎当千の働きをして、塔からヒロインちゃんを救いだしても、伝手やバックアップする人が居なければマトモな生活を送れない筈である。


 「しかしっ!」


 「俺は真実の愛を見つけた。俺を俺として見てくれたのは彼女しか居ない」


 「……覚悟を決められたのですね?」


 「ああ」


 「わかりました」


 わかりました、じゃねーよ。ぶん殴って気絶させて婚約破棄なんて手段を取らせるな、と心の中で盛大な突っ込みを入れる。ああ、もうこの国……いや、第二王子がダメダメだと髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。


 「……」


 「馬鹿だな」


 「ん」

 

 聞こえなければ良かったと心底思いつつ、二人も彼らの声が聞こえていたのか呆れているようだった。


 国の第二王子殿下という立場にある人だ、その生活基準は高い。


 第二王子殿下の顔を知らない人が居る田舎に逃げる外ないのだけれど、土いじりや家事に狩り。果ては水汲みなんかも全て自分たちでやらなければならないだろう。

 今まで侍女や下男に世話を焼いてもらっているのだ。急にそのような生活になれば、体調を崩すだろう。

 

 国外に逃げるとしても、旅券がなければ密入国者として扱われて、下手すればスパイ容疑とか掛けられそう。身に着けた教養や品は隠し通せないものがあるだろうし、身分を隠しても直ぐにバレる。


 嫌でも我慢して王家が用意した婚姻と義務を果たし王族の一人として結果を出せば、幽閉塔からヒロインちゃんを救い出し離宮で隔離処置とかも望めただろうに。殿下の逃げるという選択肢にデカい溜息を吐きながら、私たちは止めていた足を進めるのだった。


 建国を祝うパーティーが始まる随分と前に私たちは入場を済ませた後、次はお独りさまの貴族の人たちが入り、最後に婚約者持ちの人たちが家格順に入場を済ませる。

 会場の雰囲気も相まって着飾っているお貴族さまたちは凄く奇麗に見え、その姿を羨ましそうに平民出身の女子生徒が眺めているので、やはり憧れなのだろう。

 楽団の人たちが椅子へ着座しているので、そのうち生演奏も始まるだろうし、ホールの一角には美味しそうな軽食が用意されていた。


 早く食べたいなあと横目で見つつ、他の平民の男子たちも同じ気持ちなのだろう。女子はお貴族さまのカッコいい男子生徒に目を奪われているけれど、男子は美味しいものにありつけるチャンスと考えているようだった。


 「まだ食うなよ」


 「食べないよ、流石に」


 「時間になったら、いっぱい食べようね」

 

 とまあ三人でいつものように食い気全開の会話を交わしつつ、パーティ開始までの時間を潰していれば、ようやく学院が招待している来賓の入場が始まった。

 招待客もどうやら低い序列から入るようで、次々に入り着席している。どんどん爵位が上がっていくなと眺めていれば、公爵さままで現れた。

 

 「……」


 そうして視線を合わせてくれたのだけれど、実の孫娘はどうでもよいのだろうか。いや、あの人たちならおそらくはもう知っているだろうし、対策もあるのだろう。貴族として公爵家として無様を晒す訳がないという、確信のようなものがどこかにあるのだから。


 少し時間が空いて、にこやかに会話をしながら学院長と国王陛下に陛下と同じ年齢くらいの見たことのない男性。護衛が沢山ついているので、隣国のお偉いさんなのだろう。

 学院の行事だというのに大変だと眺めていれば建国パーティーが始まり、お偉いさんたちの挨拶が始まる。


 件の第二王子殿下はどこにいるのだろうかと視線を動かしてみるものの、大袈裟に視線を振りまくわけにはいかないので、見つけることが出来なかった。

 パーティー、大丈夫かなと壇上に立つお偉いさんを眺めながら、時間だけが静かに過ぎていくのだった。

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