第59話:お茶会。

 ――怖ぇえ!


 怖いよ、貴族のご令嬢方って。扇で口元を隠し、うふふと奇麗に微笑んで優雅に茶をしばいているけれど内心ではなにを考えているのやら。


 数日前にソフィーアさまとセレスティアさまからのお茶会のお誘いを了承し、派遣されたマナー講師からの教習を受けつつ、超高級店でワンピースを数着購入して挑んだ、ソフィーアさま主催のお茶会。本来なら爵位の低い人から着席するというのに、ゲスト扱いでソフィーアさまと一緒に公爵家の庭へと登場することになった。


 何故かその中にはセレスティアさまも居るので、おそらく二人と協議したうえで参加したのだろう。知らないご令嬢があと三人ほどいるのだけれど、爵位から順に伯爵家の人が二名に侯爵家の人が一名。

 事前に誰が参加するのか教えられていたし、姿絵も見せて貰っていたので知っているといえば知っているのだけれど、顔が怖いし何を考えているのかが読み取れない。三人ともすでに学院を卒業しているそうで、伯爵家のお二人はもう少しで婚姻するそう。侯爵家のお嬢さまは、独り身だと二人が言っていた。


 何か打算があって私との繋がりを持ちたいというのは理解しているので、私と接触するのは構わないのだけれど。にこやかに挨拶を交わし、数度言葉を交わすとタイミングを見計らったように、侯爵令嬢が口を開いた。


 「あら、このようなみすぼらしい聖女さまが居ただなんて知りませんでしたわ。――わたくし、聖女として教会に何度も足を運んでいるというのに知らないだなんて、貴女はきちんと務めを果たしておりますのかしら?」


 ――開始早々コレですか。


 何となく口調がセレスティアさまに似ている、丁度私と対面となる席に座る彼女が声を上げる。まあ似ているだけで、声量や迫力はセレスティアさまのほうが何倍も上であるが。

 伯爵家のご令嬢二人には穏便に挨拶を済ませ一言二言世間話を交わしたというのに、一体なんでこんなことになるのだか。私と縁を繋ぎたいから、二人を頼ってお茶会を開いて貰ったはず。あーあ、ソフィーアさまとセレスティアさまの額に青筋が立っているのを見てしまった。


 彼女たちから侯爵令嬢にはマウントを取られるかもしれないと告げられていたので、まあ驚きはない。ただ本当にこうしてマウントを取って来るとは思わなかっただけである。


 あんた、ソフィーアさまに頼んで私と顔見知りになるつもりだったんだよね、と。あと私はソフィーアさまが連れてきたゲスト扱いなのだけれど。


 というより彼女が聖女という事実を初めて知った。教会、それも王都の教会なので序列の高い聖女が多く所属しているのだが、彼女の顔を一度も見たことがない。

 ただ単純にタイミングが合わなくてずっとすれ違いを起こしていたという可能性もあるから、お互いに顔を知らなかったことは置いといて。


 「孤児院への慰問や騎士団や軍の魔物討伐への同行に城の魔術陣への魔力補填を微力ながら務めさせて頂いております」


 学院の卒業生だから仕方ないのかも知れないが、魔獣騒ぎは知らない模様。結構騒ぎになったので、お貴族さまだというのに噂に鈍いのはどうなのだろう。貴族のお嬢さまなので外に出ることは殆どないだろうし、情報が入らなかったのかもなあ。


 今は学院に通わなければならないので、仕事量は押さえてある。ただ学院へと入る前は、度々魔物討伐に参加していたし、孤児院への慰問も時間があれば顔を出しているのだけれど。


 聖女としてマウントを取るつもりならば、私もマウントを取るだけである。それにソフィーアさまからの許可はお茶会前に出ているので、彼女に対しての不敬は許される。


 「ああ、そうだな。城で初めて見かけた時は驚いたよ」


 相手が侯爵家ということと年齢が上ということでソフィーアさまの口調がいつもより少しだけ丁寧だった。


 「魔獣討伐の時は命を救われましたわ。――騎士や軍、そして学院生の死者が出なかったことは奇跡といっても過言ではありませんもの」


 ふ、と笑うソフィーアさまと、鉄扇を広げて笑うセレスティアさま。援護射撃ありがとうございますと、目で礼を伝える。


 「……なっ!?」


 私の言葉に二人が補足してくれた。伯爵家のお二人はどうやらその話は知っているようで、ゆっくりと紅茶を啜って状況を観察している。この状況で誰に就くかなんて火を見るよりも明らかで。

 侯爵令嬢さまは、知らなかったようだ。情報収集を怠るだなんて、お貴族さまとしてどうなのだろうと首を傾げながら、ティーカップを持ち上げ、一口紅茶を啜る。


 というか私に向けられていないというのに、ソフィーアさまとセレスティアさまの圧が怖い。


 「し、城の魔力補填といっても半年か一年に一度程度でしょう! たまたま偶然ソフィーアさまが見かけただけのことっ! それをさも当然のように言うだなんて……わたくし、城の魔術陣へは二ヶ月に一度赴いておりますものっ!」


 「…………???」


 ワタシ、シュウニイチドハオモムイテイマスヨ……。アレ、ナニカガオカシイヨ。


 「どうした、ナイ?」


 「どういたしましたの?」


 「い、いえ。なんでもありません……」


 ま、まあ個人の持つ魔力量や回復量で城の魔術陣へ行く回数は異なると聞いていたので、これは仕方ないのだろう。私の回数多くないかなと疑問に思うけれど、眠くなるのと少々疲れるくらいで大したことはないし、お給金が支給されているから文句はない。


 「体調が悪いのなら直ぐに言え、途中退席しても何の問題にはならんぞ。無理はするなよ」


 「ええ、無理はよくありませんわ。――そういえばナイ、貴女はどのくらいの頻度で城へ?」


 セレスティアさま、よりにもよって流したと思ったことをなんで掘り返すのでしょうかね。いや、これワザとなのか。天然なら、それはそれで凄いけれど。


 「週に一度、ですね」


 「なっ!! 嘘でしょうっ! 魔力補填を週に一度のペースで貴女は行っているというのっ!?」


 「はい」


 「どうして、そうして余裕そうにしていられるの!!」


 「え?」


 「魔力の補填後は二、三日寝込んでしまうのが普通ですっ! それを一週間に一度のペースだなんて異常でしょうっ!!」


 ガタリと音を立てて椅子から立ち上がる侯爵令嬢さま。その時テーブルに手を思いっきり机に叩きつけたので、ティーカップの中身が零れてる。お貴族さま的にはこの行動はどうなのだろうか。


 「私は魔力量が多いと聞き及んでおります。ですから他の聖女さまよりも補填の回数が多いのは仕方のないことですし、魔力の回復も早いと聞いておりますから」


 この辺りが彼女とは違う所だろうなあ。


 「自慢のつもりなのっ!?」


 「そういうつもりはありませんが……」


 出来ることをそれぞれがやればいいだけの話である。こういうものは、命令する人や組織が無能でなければ、適材適所に配置されているだろうし。回数のマウントを取った所で何もならないから。


 「その辺りで止めておきましょう。――これ以上口論したところで事実は変わりません」


 いつもより丁寧な口調のソフィーアさまに違和感を覚えつつ、侯爵令嬢さまに視線を向けると顔を真っ赤にしていた。


 「……っ!!! 今日の所はこれでお暇いたしますわっ! 申し訳ありませんが気分が優れないのでお先に失礼します!!」


 そう言い放って踵を返し侯爵令嬢さまは庭を後にしたのだった。いいのかなあ。普通は主催者が解散を宣言してからお開きになるのが通例なのだけれど。まあ体調不良と言って帰ったし、大丈夫かなと主催者さまの顔を見る。


 「…………ふ」


 怖ぇえええ! 怖いよソフィーアさまの顔。先に退席したことに腹を立てているのか、尋常でないオーラを放出している。


 「愉快な方ですわねえ。お二人も、あのような軽率な行動を取らないようにお気を付け下さいませ」


 伯爵家のご令嬢二人に釘を刺すセレスティアさま。彼女も何故か凄いオーラを発しているけれど、私数日後にはまた彼女主催のお茶会に参加しなければならないんだよなあと、気が遠くなるのだった。


 あ、余ったお菓子はきちんと頂きました。甘味は貴重なので、いくらでも持って帰っていいという主催者さまの言葉に遠慮なく袋に詰め込んだ私だった。

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