第58話:足場固め。

 学院のサロンの一室で話は続いていた。いい天気だなあと呑気に窓の外を見ている私に、二人の視線が降り注ぐ。


 「私が主催する茶会に参加してくれないか?」


 「立て続けになりますが、わたくし主催のお茶会にも参加して下さりませんこと?」

 

 「…………何故です?」


 嫌ですという言葉を寸での所で飲み込んで、理由を聞いてみた。というか最近は二人や副団長さまに質問してばかりのような。


 お茶会は女性貴族同士での社交の場だと聞いている。流行りのドレスや品物の情報を集めたり、貴族の情報を交換しあったり噂であったり。家同士で対立していればマウント合戦に発展したりするらしい。


 そんなものに縁はないと高を括っていたのだけれど、どうしてこうなってしまうのか。


 「魔獣討伐からナイの評判が学院の一年だけに留まらず、上級生たちの間でも噂になっていてな」


 「ええ。それで魔獣討伐から後はわたくしとソフィーアさんが貴女の周りを固めていたことで、近寄れないご令嬢方が沢山おりまして――」


 そういえば魔獣討伐からは学院内に限らず城でも彼女たちとよく過ごしていた。そりゃかなり高い位の公爵家と辺境伯家のお嬢さまが側にいれば、他の人たちは声をかけ辛い。

 時折視線を感じていたのはこの所為かと理解するけれど、でもそれがどうしてお茶会に繋がるのか。

 

 「お茶会に私が参加することに意味があるんですか?」


 「あるぞ」


 「ありますわよ」


 二人の声が同時に響く。私がお茶会に参加することに意味を見出せていないことが不思議なのか、微妙な顔をしているのだけれど。

 いや一聖女でしかない私が彼女たちが主催するお茶会に参加しても置物にしかならないし、他のご令嬢方と会話をしなきゃならないだなんて面倒なのだけれどなあ。仕事の依頼であれば払える金額をぶんど……ふんだく……いやいや、寄付して頂くのだが。


 「魔獣討伐の件もあるにはあるが、お前は筆頭聖女候補の一人だろうが」


 「ええ。教会の関係者から聞き出しましたわ。引退間近の筆頭聖女さまの後を継ぐ最有力候補だと聞き及んでいますわよ」


 「ありえませんよ。私は平民で孤児出身ですので。通例だと貴族のご令嬢ですよ、筆頭聖女さまは」


 政で外交の為に各国のお偉いさんの相手を務めることもあるし、他国に行って王国のイメージアップの為に慰問の旅にでることもあるらしい。

 外国へ出ることはお貴族さまでも滅多に出来ないそうなので、ステータスとして人気なのだそうだ。最近は筆頭聖女さまの年齢を考慮されて、実施されていないそうだけれど。これ次の筆頭が決まったら絶対に忙しいパターンだし。


 お貴族さま出身だと教養レベルが高いので外国語を習っていたり、社交も十二分に通用するから、そういう人が重宝される。


 「通例、だろう?」


 「ええ、例外もありえますものね」


 にやにやという擬音が似合いそうな表情を浮かべる二人にため息を吐く。最近はもう二人の前では取り繕っていない気がする。

 むしろ嫌がられて距離を置いてくれないかなあとさえ、思うこともあるのだけれど利益があると彼女たちは言っているので無理かもしれない。


 「そもそもチビで見栄えのしない顔なので、選ばれませんよ」


 外見って結構重要視されるから、地味な黒髪黒目で平凡顔でチビですとーんな私は絶対に筆頭聖女に選ばれないと確信している。

 

 「……」


 「…………本気で扇で殴っても?」


 「防がれるのがオチだ。――誰も見てはおらんが、止めておけ。というか聖女を殴るな」


 痛いのは嫌だから防ぐけど。というか彼女が持っているのは鉄扇なので、受けたら死んじゃうから簡単に殴るとか言わないで欲しい。


 「ですが彼女、筆頭聖女の椅子の価値も理解しておりませんし、周囲の評価も分かっておりませんわよ。――殴りたくなる気持ちを理解させませんと、正直この後が不安ですわ」


 筆頭聖女の座には興味がないのです。今のままで十分満たされています。学院に通って勉強ができることと、図書棟で本が読み放題という環境は凄く有難い。

 て、公爵さま、まさか私に教養を身につける為に、学院に通わせたのだろうか。あれ、公爵さまの好意だって思ってたけれど、まさか裏があったっていうの。……マジか。


 「それは言えてるな」


 ふうとため息を吐いて片目を瞑るソフィーアさまと、むすっとした顔をしたままのセレスティアさま。なんだか二人で好き勝手言ってくれているけれど、お茶会の話はいいのだろうか。いや、まあこの状況を作り出したのは私だけれど。


 「とにかく、だ。――お前さんは筆頭聖女候補の一角で魔獣討伐の件でさらに名を上げた。――縁を繋げたい貴族はごまんと居るということだ。申し訳ないが、それを利用させてもらう」


 「ええ。――ですが、それでは筋が通りません。貴女にもきちんと益を齎すと確約しましょう。父に約束を取り付けましたわ、貴女の後ろ盾となることを。もちろんハイゼンベルグ公爵家の了解も得ております」


 「え?」


 なんでそうなるのかなあ……。どんどん大事になっていっているんだけれど。まあ後ろ盾があることは有難いことである。厄介ごとに巻き込まれた時に頼れるのは正直有難い。

 二人が私を利用したいのは、殿下たちのやらかしで不安定になってしまった足場固めだろう。


 「茶会で必要なものはこちらで用意するし、マナー講師も寄越そう。講師はあまり必要ない気もするが、念のためだ」


 一応作法は習ってる。その時は、なんでこんなことを教会が教えるのか理解できなかったけれど、こうしてお貴族さまとの縁を繋いで自分の立場を確保する為だったのか。

 

 「そのような情けない顔をしないでくださいまし。――そもそも聖女となった時点で貴族と関わる覚悟は出来ていたのでしょう? それならば利用してやるくらいの気概でいませんと」


 治癒魔術の報酬額が良いのはもちろんお貴族さまで、私もお貴族さまからは寄付という形で割と法外な値段をふんだくっている。――一応、教会が設けた参考の値段表があるのでそれに則ってはいるけれど。

 それ以上にふんだくっている聖女さまもいるそうだけれど、文句が出たことはない。治癒魔術を使える者が貴重だからである。病気や怪我の治療法が科学的に立証されていないので、魔術で治せるというのは奇跡に近いものらしい。だからお貴族さまも法外な値段を要求されても、命には代えられぬといって支払うのだ。


 「そうだな。持ちつ持たれつなんて甘いことは言わん。私もコイツもお前を利用している。だからお前も私たちを利用すればいい。その地位はもう手に入れているのだからな」


 いや、無理だと思うけれど。公爵家や辺境伯家の皆さまが黙っていない筈である。家の大事なご令嬢をアゴで使うとか出来ないでしょうに。


 「はあ、分かりました。お茶会に出席させて頂きます」


 「すまないな」


 「ええ、申し訳ありませんが、よろしくお願いいたしますわ」


 仕方ない。そもそも言われたら断れない立場である。せめてお茶会で残ったお菓子を持って帰る許可を取り付けようと、口を開くのだった。

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