第45話:呼び出し。

 手紙を受けて取って内容を確認したあと、教会の人に先触れを頼んで公爵邸へと赴く準備をする。公爵邸ともなると通常の平民服という訳にはいかず、学院の制服をチョイスしておいた。聖女の格好は恥ずかしいことこの上ないので却下。こういうときは制服というものは便利である。


 「ナイ、いいか?」


 「ジーク、ごめん……ちょっとだけ待って」


 ドア越しのノックの音が響くと直ぐにジークの声が聞こえてきた。着替えている途中だったので、流石にジークを部屋に招き入れる訳にはいかない。


 「お待たせ」


 ドアノブの音と蝶番の音が響くと、目の前にはジークとリンの姿が。既に二人とも着替えていたようで、同じタイミングで部屋に戻り着替え始めたというのに早いものだと感心する。


 「いや、大丈夫だ」


 「どうしたの?」


 いつもなら教会が用意してくれる馬車の近くで待機しているというのに。


 「公爵さまの所へ行く前に話がしたかった。直ぐに終わる、大丈夫か?」

 

 「了解、入って」


 先触れの人に伝えた時間までには余裕があるので、二人を自室に招き入れる。三人で居るといってもジークは男性なので、部屋の扉は開けたまま。聖女なので異性関係にはかなり敏感で、貴族の女性相当の扱いをされているんだよね。だからジークと二人きりという状況は皆無で、三人セットで行動するのが基本。

 ジークは孤児仲間なので男女の関係になるだなんて、おかしな話である。ただ周りはそう見てくれなくて、教会に保護された初期のころは距離が近いとか、いろいろと苦言やアドバイスを他の人から頂いたものだ。


 「公爵さまには手紙で、教会には口頭で今回のことは伝えておいた。俺の判断で、だ」


 ジークは教会や公爵さまに報告に行くときは、私に事前に話す内容を伝えてくれるのだけれど、珍しいこともあるものだ。


 「善し悪しの判断はジークに任せるけれど、何かあったの?」


 判断が出来ない彼ではないのでソレについては任せても大丈夫だ。私の言葉にジークの肩眉がピクリと動いて、目を細めて私をみる。


 「少し前の話にはなるが、あの女……俺たちにまで接触してきた。言うに事欠いてリンに『どうして貴女は生きているの?』……だ」


 何故リンが死んでいることを望んでいるような台詞を言ったのだ、ヒロインちゃんは。ふと思い浮かんだことに、まさかと頭を振る。

 しかしまあ、殿下たちだけでは物足りず、ジークとも接触を図ったのか。いつの間にと思うけれど、彼女の行動を逐一監視している訳でもないし、学院だと学科が違うからずっと一緒という訳でもない。だから私が居ない隙に二人と話がしたければ、学院が一番好都合な場所である。


 「私は気にしてないよ、兄さん」


 「お前が気にしなくても、あの女は今後お前やナイにどんな悪影響を及ぼすか分からん。しかも、ナイのことについてはあの女は俺にとっての何? と聞いてきた……愛称呼びなんざ許していないのにな」


 二人の言葉に私の肩眉がぴくりと動き口端が伸びるのを感じ取り、それを隠すために片手をあてる。


 何と問われても、無難に答えるなら小さい頃からの幼馴染であるし、もう少し踏み込むならば貧民街でボロボロの子供なりに知恵を働かせて共に生き抜いた仲間であり家族である。

 ジークが彼女に興味があるのならば、それは彼の自由だし好きにすればいい。引き留める権利は私にはないのだから。ただ、愛称で呼ぶことは王国の習慣では『親愛』を示すもので、家族や当人が許可しなければ呼ぶことはないのだけれど。


 「あ、そういえば兄さんのことジークって呼んでた……」


 リン、言われて今気づいたのか。あまり他人の感情の機微については鈍いのでしかたないけれど、私は心配になるよ。もうすこし周囲に目を配ろうとリンに視線を向けると、へにゃりと笑う。

 どうやらヒロインちゃんのことは彼女にとってどうでも良いらしい。言われたことも気にしていないようだし、本当にもう少し周りに興味を持とうと心配になる。


 「お前なあ……」


 「……リン」


 「?」


 こてんと首を傾げるリンを見てから、ジークと目を合わせて『育て方、間違ったかな?』とアイコンタクトを取ると、ゆるゆると首を振る彼。どうやら育児放棄を宣言したようだ。


 「リン、もう少し周りを見ようね」


 「見てるよ。――兄さんやナイに危険があるなら私は全力を持ってそれを排除する」


 その言葉にもう一度ジークを見て『やっぱり育て方……』と再度視線を送ると『諦めろ』と顔に出ていた。拳を握ってふふん、とドヤ顔をしているリン。可愛いけれど言ってることが物騒だし思考が脳筋だよ……と意識が遠くなりかける。

 小さい頃に貧民街で育ったことも影響しているのだろうけれど、ジークと私でいろいろと生き残る術を教え込んだのが裏目に出てしまったか。


 「……まあリンには俺たちがついている。――それより、あの女には気を付けろよ。騎士団に拘束されたらしいが、今後の展開次第でどう転ぶか分からんしな」


 リンに付いては既にジークは諦めているようだった。目下はヒロインちゃんの方を注視するようだけれど。殿下たちがその範疇に入っていないのは、彼らが王族とお貴族さまだからだろうか。お貴族さまと平民では枠組みが違う。ようするに住む世界が違うので、本来ならば関わることなんてない人たちだものね。


 「大丈夫、だと思うけれど……ここで考えてても仕方ないし、公爵さまの所に行こうか」


 魔獣との戦いで力もないのに前に出ちゃった前科があるので、大丈夫だと言いきれない所があるよなあ。でも騎士団に拘束されたなら、取り合えず解放されるまではこちらに影響はないけれど。


 「ああ」


 「うん」


 話をほどほどに公爵邸へと向かう私たちであった。

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