第46話:庭園にて。

 教会の馬車に乗り込んで街の整備された道を軽快な蹄の音を鳴らしながら、徒歩より少し早い速度で進んでいく。窓のカーテンを開け街並みを眺めていると、新しい店が出来ていたり見たことのない屋台があったりと王都には活気がある。


 そうして商業地区を抜けると貴族街となって景色は一変する。まだ家格の低い人たちが住むエリアだけれど、それでも漂う空気はお金持ちの匂いをまき散らしている、とでもいうべきか。

 外観が白色で統一されているの為なのか、街並みに違和感が少ない統一されている景色だ。まるで景観条例でも発布されているのかと思えるくらいには。


 外を眺めること暫く、更に高級感が増すエリアを突き進み城にもほど近い場所で、どえらくでかい門扉が見えてきた。

 先触れをだしていた為に、御者の人と門兵との簡単なやり取りで屋敷内へと入ることを許され、ただ広い庭園を抜けるとようやく屋敷が見えてきた。相変わらずでかいよなあと、馬車から出た私は公爵邸を見上げる。玄関の扉の前で待ち構えていた執事さんに挨拶をし、公爵さまの下へと案内され。


 「よく来たな、ナイ。昨日とは打って変わっていい天気だからな、こちらでよかろう」


 案内されたのは前の部屋ではなく庭園内の東屋だった。腕の良い庭師によって整備されている庭にある、小洒落た東屋にロマンスグレーの髪を後ろに撫で付けた偉丈夫な男の人が一人座り、こちらに顔を向けている。

 周囲には護衛の騎士や侍従の人たちが控えて、こちらを見ている。顔見知りなので敵としては見られていないだろうけれど、職務に忠実な人たちなので手抜きはしていないだろう。私が不審な行動を取れば、直ぐに取り押さえられそうである。


 しかしまあこの絵面はあまりに合わないなあと、公爵さまと東屋のアンバランス感に吹き出しそうになるのを堪えながら、着席を促された為に足を進めた。

 

 「お気遣い、ありがとうございます」


 「倒れたと聞いているが、調子はどうなのだね?」


 そういって私の手元へ視線を動かす公爵さまの視線は厳しい。ジークから報告されているだろうし、公爵家の関係者からも情報は手に入れているのだろう。


 「いつものことで、調子は問題ありません。――しかし頂いた魔術具を壊してしまいました、申し訳ございません」

 

 テーブルにおでこをぶつける勢いで頭を下げる。公爵さまが怒るとかなり怖いし、空気が緊張するのだけれど今はそれがない。おやと思い頭を上げると、目を閉じて口元を伸ばしながら紅茶を口元へと運ぶ彼の姿が私の目に映り込む。


 「構わんよ。魔獣が出現したと報告を受けている。犠牲者が一人もいなかったことは奇跡に近いだろう。――だが、あの魔術馬鹿がフェンリルを消し炭にしてくれたお陰で、貴重な討伐事例が一緒に霧散してしまったがな」


 魔術馬鹿……誰のことか、この言葉を聞けば分かってしまうのは、どうなのだろう。公爵さまは犠牲者を出してでも討伐事例を作って、魔獣に対抗する術を編み出したかったのだろう。魔術師団副団長さまのように、戦闘技能に特出した人間がいつも居るという訳ではないのだから。


 「あれのトップにも困ったものだ。子供が心配だからと魔術馬鹿を護衛部隊に組み込んだからな」


 「しかし助かったのは事実です。魔術師団副団長さまが居なければ、あの場は膠着状態から抜け出せなかった可能性が高いですから」


 「わかっておるさ、ただの愚痴だよ。――さて、今日は二つほど話がある」


 軽い調子から、少し重たい声色になった公爵さま。こっちが本題なのは明らかなので、伸ばしていた背をさらにぴしりと伸ばした。暖かな陽気で優しい風が頬を撫でているというのに、一体何の話をするのやら。


 「第二王子殿下たちに子鼠が粉をかけておると聞いてな、それの事実確認をしたいのだが、本当かね?」


 「愚問では? 閣下であれば調べはついているでしょう」


 子飼いの草やら影やら密偵やらが居るはずだし、公爵さまならば軍の関係者に命令すればその人たちの子供から情報を聞き出すことくらい、赤子の手をひねるより簡単だろうに。


 「確かにな。だが情報の出処が一つだけでは確証が足らん。だからお前さんに聞いておる」


 「私の証言が、証言足りうるのでしょうか……」


 「十分になる。お前さんは、聖女としての価値を低く見積もりすぎだ。――あと、国の障壁を維持している一人という事を自覚しろ」

 

 はあとデカい溜息を吐かれる。確かに聖女の仕事を務めているし、ある程度の信頼はあるかもしれないけれど、お貴族さま基準だとまだ未成年である。成人するにはあと三年弱時間が必要だし、いいのかなと思う部分もあるのだけれど。


 公爵さまに学院へ入学からの出来事を粗方話す。手紙でもやり取りをしていたので、ほぼ被っているけれど黙って聞いてくれているので問題はないのだろうし、ジークや他の人たちからの報告との差異を比べているのかも知れないし侮れない。

 どうにかしたいけれど手を出したら火傷するのは私だし、何も出来ないというのが現実である。こうして公爵さまに話した時点で、ヒロインちゃんの行く末が決まっているような気がする。


 「――こんなもの、でしょうか」


 「ふむ、酷いな」


 ぽつりと一言漏らした。普段から厳つい顔をしているけれど、余計に顔が怖い。が、口に出すと余計に酷くなりそうだ。沈黙は金とはよく言ったものである。


 「ソフィーア、こちらへ」


 そう声を出すと、どこかに控えていたのかソフィーアさまが時間を置かずに現れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る