第44話:目覚め。

 ――目が覚める。


 たしか鼻血を出してジークに手ぬぐいをあてられ、リンに抱きかかえられそのまま幌馬車の中へと放り込まれたのは覚えてる。馬車の中ではなく、自室のベッドの上だった。木目の天井に石造りの壁、少々硬いベッドに部屋唯一の小さな窓。


 「あ、ナイ。目が覚めたんだね」


 「……リン」


 いつもよりゆっくりと起き上がり、ベッドサイドで椅子に座っていた彼女へと顔を向けた。

 どうやら一日眠りこけていたようで、昨日降っていた雨は止んでおり、外は晴れている。


 「馬車の中で、気絶するみたいに寝ちゃったよ」


 無理をするから、と一度ため息を吐き小さなテーブルから水差しをおもむろに手に取って、水を入れたコップを手渡してくれる。


 「ありがとう。――いつものことだよ。ジークは?」


 本当にいつものことだ。どうにも術の行使と魔力量の分配を間違えると、鼻血を出したり気絶したりと忙しい。一度にそうなってしまったのは初めてだが、魔道具の指輪も壊れていたので体が追い付かなかったのだろう。


 「兄さんは神父さまの所に報告してくるって」


 いつも三人で私の部屋に居る時は片隅で壁に寄りかかっているのだけれど、今日は居なかった。


 「……どう説明するつもりかな……」


 「さあ?」

 

 一日目は順調だったものの、二日目で魔獣の襲来。聖女としての務めを果たしていたのは問題ないとして。


 あそこで第二王子殿下とその側近くんたちが平民の少女を囲いながら、森を探索したあげく騎士や軍の人たちを危険に晒すし、窘めた騎士に対して暴言を吐く。

 あれ、これは不味いのではと頭によぎる。学院内だからヒロインちゃんを囲っても見逃されていた節はある。王族として成人すれば遊ぶ暇なんてないだろうし、政略婚で公爵令嬢であるソフィーアさまとの婚姻を結ばなければならないのだし。学生といえども王族という立場を忘れてはいけないよね、と苦笑いしながらコップの水を一口、二口と嚥下していく。


 割と殿下の立場が危ないのでは?


 騎士団や軍から報告という名の苦情が入るだろうし、婚約者であるソフィーアさまを蔑ろにしていたこと。演技でもいいからソフィーアさまと仲良くして、周囲に良好アピールした方が将来の為にも良かっただろうに。

 あと少しでもいいから軍や騎士の人たちに労いの言葉でもかけていれば、ヒロインちゃんといちゃこらしていても印象は違っただろうに。


 立ち回り方次第で、良くも悪くも印象が決まってしまう。今回の件は、第二王子殿下や彼の側近の人たちの資質を疑われる事件になったような気がしてならない。

 でもまあ、関係ない……というよりも手を出せない案件だ。手を出せばとばっちりを受けて巻き込まれるだけなのだから、碌な目に合わないだろう。


 私は孤児仲間の五人と共に確りと地に足着けて生きていければそれでいい。大変なこともあるけれど、その為に聖女の肩書を背負っているし、ジークとリンが一緒に居てくれるのだから。


 「お腹空いたよね?」


 「空いてるけれど、先にお風呂に入りたいかも」


 孤児生活だとお風呂になんて入れなかったのに、慣れると一日入らないだけで不快に思える。贅沢だよなあと。


 「じゃあ、用意してくるよ。一緒に入ろう」


 椅子から立ち上がってリンは部屋を出ていった。なんとなくベッドサイドに座ってぼーっとリンを待っていると、直ぐに戻ってきた。手には自分の部屋から持ち出したであろう服とお風呂セットが。私も簡素な衣装箪笥から下着や着替えを出して、その上に置いているお風呂セットに手を伸ばす。


 「持つよ」


 「ありがと。――でも過保護過ぎじゃないかなあ」


 「いいんだよ、ナイはそのくらいでも。行こう」


 そう言いながら一緒に風呂場を目指して身綺麗にすると随分とさっぱりした。隊長さんに借りた外套も洗って返さなければと、部屋に戻ってハンガーに掛けられたソレを見て思う。

 次の魔物討伐遠征はいつになるのだろうか。学院生活が始まっているし一学期が終了するまではなさそうだ。あるとすれば長期休暇の時分だろう。


 「――聖女さま」


 「はい、どうされました?」


 「公爵さまからのお手紙が届いております」


 食堂でリンと一緒にご飯を食べている最中に教会関係者の人が、申し訳なさそうな顔を浮かべながら声を掛けてきた。手渡された手紙には封蝋が施されており、家紋を見るとハイゼンベルグ公爵家のもの。

 なんだろうと首を傾げるけれど、思い当たる節はない。手紙を持ってきてくれた人が『この場で開封なされますか?』と問うてきたのでお願いしますと返せば、どこかしらからペーパーナイフを取り出して丁寧に開封してくれた。


 「どうぞ」


 「ありがとうございます」


 少しお行儀は悪いけれど公爵さまからの手紙なので、さっさと内容を確認した方が吉だ。緊急性があるものなら、何故早く対応しなかったと言われるだろうし。


 ――公爵邸に来なさい。


 要約すれば、この一言で収まるものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る