第43話:一悶着。
――ついに雨が落ちてきた。
日暮れに近い時間、暗くなるのはいつもより早く。隊長さんから借り受けた外套は、軍の官給品だからか防水仕様だった。おそらく雨が降ることも想定していたのだろう。顔に似合わず気遣いのできる人である。
「大丈夫か?」
心配そうにジークが私の顔を覗く。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
リンが横に並んだまま、手に持っていた私の荷物を一つやんわりと奪われてしまった。
「疑い深いなあ……」
「そう言って倒れたことが何度ある」
はあと溜息を零すジーク。魔力の使い方が下手糞で治癒を施したあとに倒れたことが何度もある。どうやら多すぎる魔力量が体に負担をかけているらしい。
だから魔力を制限する魔術具を公爵さまより賜っていた。今回、壊れてしまったので制御が甘々なまま、魔術を何度も使ったので心配なのだろう。
そんなやり取りをしつつ荷物を背負い歩くこと暫く、森から抜け入り口で待機していた帰りの馬車へ乗り込もうとしたその時だった。
「おい、何故アリスが拘束されているっ!!」
「殿下、彼女は無謀な行動で我々騎士や軍の人間を危険に晒しました。その為の処置であり当然のことかと」
すごい剣幕の第二王子殿下と、森の中にいた指揮官さんよりもさらに上の階級のお偉いさんだった。お偉いさんはずっとこの場で待機をしていたようである。
野営の為に天幕がいくつかあるので、有事の際には動くつもりだったのだろう。――魔獣襲撃の報を受ける前に魔術師団副団長さまが倒してしまったので、出番はなかったようだけれど。
「なんだと……! 守るのが貴様らの仕事だろう、その職務を怠慢した貴様らの方が余程罪深いではないかっ!!」
「部下から報告を受けましたが、確かにあの場でその女を止められなかったことは痛恨の極みでしょう。彼女が余計な行動を取らなければ、殿下方は安全に後方へと避難できていた」
「貴様ぁ……!」
殿下が騎士団のお偉いさんに噛みつくけれど、あまり相手にされていない様子だった。雨に濡れている所為なのか、美男子度が上がっているけれど、その台詞は如何なものか。本来ならば、彼女を諫める立場であるはずなのだけれども。
「ヘルベルトさまっ……! この人たち怖いっ!」
騎士に囲まれ槍で抑え込まれているヒロインちゃんが必死に助けを求めているけれど、あの突然の飛び出しを知っている人たちは冷めた目で見ている。可哀そうと呟いている学院生もいるけれど、それは平民出身者と家格が低い出の人たちだった。
どうにもヒロインちゃんが殿下たち五人にチヤホヤされているのを見て、一部の人たちは羨ましそうな視線を飛ばしてた。
外側だけみるなら玉の輿だし逆ハーレム状態だから、夢見る女の子たちの間では持て囃されていた。『私もあの女の子みたいに、カッコいい男の子たちから可愛がられたい』と。貴族の男性に可愛がられても女性側に確りとした地位がなければ、将来の立ち位置は愛人まっしぐらだし下手すれば、婚約者や奥方からのやっかみで最悪処分されそうなんだけれども。
夢をみれて羨ましいなあと目を細めつつ、助ける術も理由もないなと首を左右に振る。
「待っていろアリスっ! 必ず助けるっ、父上に話を通せば悪くなるのはこいつらだっ!」
職務を忠実に全うしている人に自身が持つ権力を使って追い落としを掛けないで欲しい。
「殿下、これ以上は……――貴様ら、彼女には絶対に手を出さぬな?」
事態を見かねたのかソフィーアさまが殿下の助け舟に入る。理由は分からないが、取り敢えずこの場を収めたいらしい。ヒロインちゃんに手を出さないことを騎士の人たちに確約を求め、この場では殿下に納得してもらおうという腹積もりらしい。
彼女にしては珍しい行動だなと、視線を横に少しずらすとセレスティアさまが鉄扇を広げて忌々しげな顔をしていた。真意は分からないけれど、この事態はあまり好ましいものではないようだ。
王族の無様を晒しているだけだものねえ。
「はっ! この剣に懸けまして」
騎士が持つ剣は国王陛下から貸与されているものと聞く。正規の騎士団へ入ると国王陛下から直接授与されるそうだ。そして騎士を辞める時は国へ返還する。
王国に忠誠を誓っている騎士が、ああいう言い回しの時は絶対に嘘はなく、己の命を賭けての言葉である。
「わかった。――殿下、この場はお納めください。後ほど、彼女には弁明の機会を与えられることでしょう」
「………………っ!」
ソフィーアさまはヒロインちゃんが助かるとは言っていないし、弁明の場が与えられると言っただけで、どういう処遇になるのか決まっていないようなのだけれども。
大丈夫かと若干心配になりつつ私ではどうしようもない。心配そうにヒロインちゃんを見つめている、五人衆から視線を反らして二人へと移すと私と視線が合う。
「すまないな、私がもっとしっかりしていれば良かったのだが……」
「ええ、そうですわね。手綱はきちんと握っておかねばなりませんもの。もちろん、あの女もですわ」
ゆっくりと私に近づき、何故か二人でまた罵り合っている。恒例行事と化してるな、これ。苦笑いをしながら、余計なことを言いそうなのでだんまりを決め込んでおいた。
「……それは貴様にも言えることだろうに、全く」
はあと盛大に溜息を吐きたい所だろうけれど、周囲に人がいる為にそんなことは出来ない二人。気ままに生きている私からすれば、彼女たちは家に縛られた囚われの身である。
そんな囚われの身であるはずの彼女たちと今日はいやに絡む日だった。接点なんて無かった……いや、彼女たちに名前呼びを許された時点で、縁は出来てしまっていたのか。
公爵家や辺境伯家の当主ではないのだし、同じ学院生なのだからこうして話すことも不思議ではないかと一人納得して、空を見る。
「酷くなってきたな」
私は借りた外套で雨を凌げているけれど、二人は雨ざらしだった。
「自慢の髪が台無しですわ……」
おそらく朝に侍女の人が丁寧にセットしてくれているであろうセレスティアさまのドリル髪がしな垂れていた。この雨では仕方ないのだけれど、今日は誰があの形状に仕立て上げたのだろうか。
まさか自分でやったというのならば、辺境伯家のご令嬢だというのに器用なものである。辺境伯家の立地的には、有事の際に自分自身のことは自分で出来るようにと、仕込まれているかもしれない。
「――"雨よ止め"」
防御系魔術の応用だ。詠唱が凄い雑というか最初に術を組んだ人の適当さが思い知らされるというか、そのままの詠唱で最初に習った時には笑った記憶がある。
こういうのってセンスが問われるし、ダサい詠唱だと笑われてたりする。でも最初に術を組んだ人なので、魔術師として尊敬はされているそう。
そこからアレンジを加え威力を強化したり、攻撃速度を上げたり、連撃するようにしたりと、術師の技量が問われるらしい。私はセンスや技量なんてないので、豊富な魔力量で誤魔化しているだけだ。
「雨が」
「止みましたわね」
本当に雨が止む訳ではなく、頭上に防御魔法が展開しているので止んだように錯覚するだけである。傘がないし、これで少しはマシになる、だろう。
――あ、まずい。
そう感じると、鼻から生温かいなにかが垂れるのを感じて手をあて、拭う。どうやら魔力を使い過ぎたのと、術を行使しすぎたようだ。
「なっ、おい!」
「血が!」
単純に鼻血が出ただけなので、慌てる二人に空いている方の手を上げて『大丈夫』と伝えた。
「――んぶっ」
ジークの手が顔に伸びてきたと同時、手ぬぐいがあてられた。割と雑にあてられ、鼻に痛みが走ると同時に抱きかかえられる。
「貴族のご令嬢方には刺激が強いでしょう、この場を辞することをお許しください、では。――行くぞ、リン」
「うん、兄さん」
私の耳元で声が響いたのはリンの声。どうやらリンが私を抱えたらしい。
「あ、おいっ!」
ぽいっと幌馬車に乗せられて、顔を見合わせて困惑している二人が見えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます