第42話:帰り支度。
そろそろ雨が降りそうな感じだった。リンの勘が当たったなあと空を見上げる。魔術の使い過ぎで少々眠気が襲っているけれど耐えられないことはないし、戻る準備もしなければならないのだから眠っている暇などない。
「持ちそうにないね」
王都へと辿り着くまでに。まあ馬車に乗れば幌がついているので問題はないけれど、道が整備されていない所はぬかるみで車輪が嵌まって抜け出せなくなったりするから避けたい所だ。
「だな」
「だね」
怪我をしていて治癒が必要な人たちは粗方治したので、そろそろ移動が始まるはず。帰る準備をしようと陣取っていた場所へと荷物を取りに来ていた。
沢から汲んでいた水を念のために火を熾していた場所にかけ、寝床として利用した木材やらは邪魔にならない場所へと移動させ。出したゴミは持ち帰って、教会の宿舎で処分しなければ――といってもそんなに量はないけれど。
「嬢ちゃんたち、すまんな。気軽に楽しめと言ったのにこのザマだ」
片づけに追われていた私たちの下にやって来たのは隊長さんだった。どうやら怪我もなく無事に切り抜けたようでほっとする。
「隊長さんの所為ではないですよ」
本当に。魔獣が襲来するなんて誰も予想していなかっただろうし、本来ならばお貴族さまたちに野宿や野営を経験させるというのが、一番の目的だったはずだ。ジークやリンも彼とはやり取りする仲なので、私の言葉に頷いている。
「まあ、魔獣なんてもんが出現したってーのに、死んだヤツがいないことだけは有難い。新兵共も初陣を生き残ったんだ、これからの糧になるだろうよ」
そんなことを言いながら私の足元から胸にかけて視線を動かす隊長さん。
「羽織っておけ。その格好よりはマシだろう。また今度会った時にでも、返してくれればそれでいい」
施術をしていた為に服が血で染まっている。おそらく洗っても落ちないだろうなあと苦笑いしつつ、頭から被せてくれた隊長さんが使用している官給品になる黒色の外套の裾を掴んで、キチンと羽織る。
「――ありがとうございます……ちょっと臭いますが」
冗談ではなく、少々中年臭がしたのだった。性別が違うので余計に感じ取りやすいのだろうし、一日中着ていたらそりゃ匂いも移る訳だから、仕方ないし許容範囲だけれど。とはいえ、以前に言われたことを私はしっかりと覚えていた。
「おい、まさかお前さん、最初のあの言葉をいまだに根に持ってたのか!?」
「さて、どうでしょうか」
くすくすと笑いながらそう返すと、後ろ手で頭をボリボリ掻きながら困った顔をする隊長さん。『臭い』と連呼されたあの時の意趣返しがようやくできたとほくそ笑んでいると、魔術師団副団長さまがこちらへとやって来た。
「先ほどは話を遮られましたから、きちんと貴女とお話をと思いまして」
細い目を更に細めこちらへぐっと顔を近づけてくる副団長さまの勢いに気圧されて、少しだけ背が反ってしまう。一体なんの話だろうか。隊長さんは自分よりも偉い人が来たと悟ったのか、礼をしてこの場を後にした。
「……はあ」
「僕の下で魔術を――いえ、違いますね。貴女のその下手糞な魔力の扱い方から学びましょうか。魔術はその後からでも十分に間に合うでしょうし、むしろ先にそちらを習得しなければ貴女の本領が発揮されない」
私の言葉を待たず口を開くので、答えを返す暇がない。この手の人って自分が満足するまで喋り続けるだろうから我慢するしかない。
「魔術を愛する全ての者に対する冒とくですよ、本当に。何故教会は貴女に優秀な教師を付けなかったのか甚だ疑問です。いえ、その魔力量であれば城の魔術陣に魔力を補填することは余裕でしょうから、そちらの方に重点を置いていたのかも知れませんね」
ジークとリンは話が長くなると早々に判断したのか、近くで帰る準備をいそいそ続けていた。いや、一緒に聞いて欲しいんだけれど、この副団長さまの長口上。
「嗚呼、やはりなんたる失態。教会より先に貴女を知っていれば聖女になどならず、私の下でその有り余る魔力を十全に問題なく……いえ、魔術を超えた前人未踏の魔法の域へと到達していたかも知れないというのにっ!」
それ、教会より先云々は問題発言ではと首を傾げつつまだまだ副団長さまの言葉は続く。誰か止めてくれないかなあと願うけれど、助けてくれる人は居らず。
頭を抱えたり両腕を広げたりと忙しなく動いている。やはり魔術師は変態なのだなあと強く実感し、どうしたものかと考える。
魔術をきちんと使えるようになるのは有難いけれど、正直、学院と聖女の仕事を両方こなすので手一杯である。
「副団長さま。有難い申し出ではありますが、公爵さまからのご厚意によって学院へと通いながら、聖女としての務めも果たしております。非才な身故、三つも掛け持ちをする器用さを持ち合わせておりません。――ですので……」
「なるほど……残念ですねえ……僕の見立てが正しければ、貴女はこの大陸を一人で落とせる力をも手に入れられるというのに……」
「流石にそれは」
「冗談ではありませんよ。魔術に関しての嘘は僕は吐きません。そのくらい貴女が有する魔力は多いのです。――仕方ありませんね、諦めるとしましょう」
お邪魔をして申し訳ありませんでした、と礼をして私の下を去っていった。彼は、魔術以外のことに関してならば嘘をついてしまうのだろうか……。
雨が降る前に嵐がやってきたような気分になるのだった。
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