第41話:治療の順番。

 指揮官の人が前を行き、案内をしてくれる。どうやら魔術師団副団長さまとソフィーアさまにセレスティアさまと喋っている間に、いろいろと整えていたようだ。


 「貴女さまが居てくれて本当に助かりました」


 「ただの偶然ですよ。――きっと神の導きがあったのでしょう」


 全く信じていないというのに尤もなこと口にしながら、指揮官の人と一緒に歩いて怪我人の下へと向かう。この言葉を聞いて私の後ろを付いてきているジークとリンが、吹き出す寸前だったけれど我慢したようだった。

 

 『黒髪の聖女』とバレた時点で、孤児出身であることも理解しているはずだ。そうなると露骨に態度に出る人もいるので、指揮官の人は紳士的である。

 ならこうして嘘でももっともらしいことを言っておけば、納得してくれるのだから使い方次第であろう。


 歩くこと少し、怪我人の様子が見えてきた。どうやら軽傷者ばかりのようで、人数は多いけれど手古摺ることはなさそう。


 「じっとしていて下さいね。直ぐに治りますから」


 怪我を負い蹲っている騎士や軍の人たちに声を掛けながら、一人ずつ治癒を施していく。ジークとリンは簡単な手当てならば習得しているので、治癒をかけるほどの怪我を負っていないひとの手当をしていた。

 どうやら輜重部隊も小規模ではあるがついてきてたようで、そこから薬や包帯を受け取って各々手当をしている。


 何人かの施術を終える。見る限り重傷者はいないし、これで急ぐ必要はなくなった。あとは怪我をしている人たちに出来るだけ治癒を施すだけ。


 しかしまあ、これから訓練を続けるわけにもいかないし、王都へと戻るのだろうなあと空を見上げる。張り出した雲は空を覆っているし陽が沈む方へと視線を向けると、黒い雲が張っていた。そろそろ雨だろうなと視線を戻す。


 「みんな聞け、脅威は去ったが学院から直ぐに戻るようにとの指示だ。急いで拠点に戻って準備をしたのち、森を抜けるぞ」


 護衛の人たちを連れ慌てた様子で特進科の担任教諭がやってきた。殿下たちの様子に驚いたものの、直ぐに鳴りを潜めさせて彼らの下へと向かい説明をしていた。

 そして側にいた騎士の人たちから今回の経緯を聞いたようで、ヒロインちゃんを見て溜息を大きく吐く。


 「よし、行きましょう」


 説明を終え現場指揮官へと声を掛ける先生。面倒事は嫌いだというのに、やるべきときはやるのだなあとギリギリまで治癒を掛けながらその様子を見ていた。


 「ええ。――歩けない奴には肩を貸せ!」


 「最悪、背負ってでも行くぞ!」


 負傷者が居るので足早とはいかないが、それでも早いペースで進み森の広場へと戻る。


 「これは……」


 「……何故、こんなことに」


 フェンリルの脅威から逃れようとしたゴブリンと眷属である狼の襲撃にあったのだろう。フェンリルと闘った騎士や軍の人たちよりも、怪我の状況が酷い。

 学院の生徒も怪我をしているようで、治癒の魔術を使える人が苦悶の表情を浮かべながら診て回っている。


 「――っ、精鋭をこちらに割いてしまったのが裏目に出たのか!」


 くそっと悪態をつく指揮官の人。フェンリルが出現するなど誰も考え付かなかっただろうし、殿下の警備を怠る訳にはいかない。

 この人を責める訳にはいかないし、私もさっさと行動しなければと取り敢えず一番側にいた中で傷の酷い軍の人に声を掛けた。


 「――今から治癒を施します。もう少しだけ我慢をお願いします」


 「す、みません、お願いします」


 痛みに耐えているのだろう。声にしずらそうに私に視線を向けた。


 「"君よ陽の唄を聴け""光よ彼の者に注ぎ給え"」


 「あ……痛みが消えた」


 「違和感はありませんか?」


 「はい、全くありませんっ!」


 「しばらく、無茶はしないでくださいね」


 奇麗に治るには時間が掛かるので、無茶をすると皮下で傷が悪化して膿んでしまう可能性もある。その時はもう一度術を施せばいいけれど、治癒代が掛かってしまう。だが軍や騎士団に同行している聖女が治療を行えば、実質は無料である。個人レベルの話だけれど。


 軍や騎士団は同行費としてお金を払っているので、その中に治癒代も含まれている。だから治癒魔術を行使すればするほど聖女は損をすることになるので、聖女さまたちからの魔物討伐が不人気な理由がそこにある。


 私からすれば十分なお給金なので魅力的なのだけれど、お貴族さま出身の聖女さまは金銭感覚が狂っているので、安いと感じるようだった。まあ仕方ないよねと苦笑いを浮かべつつ、次の人へ移ろうとしたときだった。


 「おいっ、貴様っ! 何故怪我人である俺を無視するのだっ! さっさと治せっ、この糞女っ!」


 騎士服に身を包んだ青年が私に文句を付けてくる。時折、お貴族さま出身の人が我先にと、軽い怪我だというのに声を掛けてくる時がある。大抵は同僚である騎士の方にぶん殴られて止められるのがオチなのだけれど、今回はソレがない。


 ああ、そういえば今日は平民服だから私が聖女であることに単純に気が付いていないだけか、彼が高位貴族出身で暴言を止められる身分の人が居ないのだろう。

 私の背後に控えているジークとリンが殺気を漏らすけれど、動かない。動いたら私が不利益を被ると理解しているからだ。


 面倒ならばさっさと彼に治癒を施して、次へと移るのが一番簡単ではあるけれど。


 彼よりも重傷を負っている人はまだ沢山いるので、そちらを優先させたいのが本心だけれど、世の中不条理なことなんて一杯ある訳で。仕方ないと息を大きく吐いて、件の彼の方へと歩みを向けようとしたその時。


 「お待ちなさいな。――怪我もさほど酷くないようですし聖女さまにそのような暴言……貴族として見過ごせませんわね」


 「珍しく意見が合うな。――あまり失礼な態度をとるなよ、彼女は聖女であり国を守る障壁を維持することが出来る数少ない人物だぞ」


 いつの間に側にいたのだろうかソフィーアさまとセレスティアさまは。間に割って入ってくれたことは有難いけれど、恥ずかしいので止めてください。周りに居る人たちがぎょっとした顔をする。


 軍や騎士団の仲の良い人たちには私が聖女であることを話してはいるけれど、王国の障壁を維持しているなんて伝えていないんだものっ!


 緘口令という訳ではないが、王城で働く人たちはむやみやたらと城の内情を話せないので、必然的に情報遮断されている。

 もう一つ、筆頭聖女さまがいらっしゃるので、同格の聖女を生み出したくないという思惑もあるのだろう。お貴族さまたちが勝手に後ろ盾になって、いろいろ画策して面倒になった過去があるのだとか。

 

 私の後ろに控えているジークとリンはしてやったりという顔をしていた。割とよくあるこの状況を良く思っていなかったらしく、貴族の子弟よりも国の障壁を維持することのできる一人だと周囲に認知されたことを良しとしているようだった。


 ああ、もう余計なことを言わないで下さいと心底願いながら、彼の相手をするのは面倒なので状況を見守る。


 「こんな子供が国の障壁を維持できるものかっ!」


 「ならば彼女が聖女の衣を纏い王城に居るはずなどあるまい。聖女といえども城に入れるのは筆頭聖女さまと彼女に連なる者たちだけだ」


 彼女に連なる者とは、ようするに障壁を維持する為に魔術陣に魔力提供している聖女のことである。


 「んなっ! 嘘だろ……こんな餓鬼が」


 「それ以上の発言は私に対する不敬にもなるが?」


 「そうですわね。わたくしの言葉も否定していらっしゃるようですが、まだ続ける覚悟がおありですの?」


 彼女たちの言葉を嘘だと言って否定しているから、すなわち彼女たちの家の言葉を否定することになるそうだ。


 「……っく!」


 流石に公爵家と辺境伯家を敵に回す気概はなかったようで、青年は押し黙った。


 「ありがとうございます、助かりました」


 「いや、くだらぬことをすまないな。――それに手伝うことができんしな」


 「ええ。確か彼は伯爵家の四男坊でしたか。爵位を継ぐこともできず騎士として燻っているのでしょうねえ」


 可哀そうだこと、と零すセレスティアさまだけれど顔は真顔だから微塵も思っちゃいないのかも。貴族として振舞えないのならば、腹を切って死ねと言い出しかねない、この人ならば。


 「それに、治癒の魔術の使い手は少ないですから。貴女がわたしくたちに頭を下げる必要などありませんことよ」


 「それでも助かったことは事実です。本当にありがとうございました――では、失礼いたします」


 お貴族さま相手に少々失礼ではあるが、ここで無駄話をしている暇などないのでさっさと切り上げた。もちろん二人が私を咎めることなどなかったのである。

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