第40話:魔術師団副団長さま。
討伐が困難とされる魔獣のフェンリルをいとも簡単に塵芥に葬った、魔術師団副団長さま。周囲の人は絶賛放心中で、状況を落ち着いて把握しているのは彼と師弟関係にあった二人とジークとリン、そして私だけ。
副団長さまの顔は騎士団や軍には知れ渡っているだろうし、実力を……というよりも本気の実力を見たことがない人が多数のようだった。
「本当に申し訳ありませんでした。再度になりますが、滅多に高威力の魔術を行使する機会がごく限られているので、今回は本気を出せることが嬉しくて、嬉しくて、もう」
いやあスッキリしましたし楽しいですねえ、と声を出していた。ただでさえ細い目をさらに細くし、口元には笑みを浮かべながら礼を取る副団長さま。
火力が足りなかったので有難い申し出だったし、どうにか周囲に被害は及ばなかったから良いものの。もう少し術の発動時間と燃費等も考えて、なにか方法をみつけなければ。彼のような人物だったり魔獣だったりがまた現れるかもしれないし。研鑽を怠らないようにしないと。
「いえ、お気になさらず」
魔術師には変態が多いとどこかで耳にしていた。それをこの人は体現している気がする。取り敢えず礼を取ると、こちらへとやって来たソフィーアさまとセレスティアさまに今の魔術の術式と詠唱を教えているけれど、彼女たちも彼と同レベルの魔力量なのだろうか。
え、副団長さまレベルの使い手が増える未来が……と、三人を眺めているとぐるりと彼の首がまわり私の方へと向く。
「時に聖女さま。貴女さまの魔力量は素晴らしいのですが、十全に使いこなせていないように見受けました」
「――唐突だな、相変わらずとも言うが……」
「あら、そこがお師匠さまの魅力ではないですか」
呆れた様子と鉄扇を広げて口元に当て愉快そうに笑っているので、急に話を終わらせてこちらに来たことは不問のようだ。とばっちりが来そうだからやめて欲しいなあと目を細めて、背の高い彼を見上げて口を開いた。
「副団長さまの仰るとおり、わたくしは魔術に関して十全に使いこなせているとは言い難いでしょう」
何より優先されたのは城の魔術陣への魔力の補填。次いで聖女としての治癒に関連する魔術。そして魔術討伐時に行う後方支援だった。
基礎を教わってはいるものの、それ以上のものを扱える人が教会には居なかったということもあり、教えを乞う人が居なかったとでもいうべきか。
多すぎる魔力量は体に負担がかかるし、多すぎるが故に行使した魔術に過剰に魔力が乗っかってしまうので、威力調整が難しい部分もあった。過剰に魔力を込めすぎだと怒られることがあったし、体に負担が掛かりぶっ倒れたこともある。
それを危惧した公爵さまが魔術師に依頼した魔道具を壊してしまったのだけれど、不味いよなあと溜息が出そうになる。
「ええ。ですから、僕の下で魔術を――」
「――ご歓談中、失礼いたします」
騎士と軍の指揮官二人が私の下へと来て膝をつく。
「どういたしました?」
おや、と軽い口調で彼らの言葉に返事をする副団長さま。
「申し訳ありませんが、負傷者の治療をお願いしたく……」
軽い怪我人ならば問題はないだろうし、今この場にいる人たちに大きな負傷はないのでそう時間もかからないだろう。
殿下たちは騎士団の人たちががっちりとガードしているし、ヒロインちゃんにも余計なことをさせないようにと見張りがついていた。さっさと終わらせて戻る準備をしますかと、返事をする為に口を開いた。
「わかりました。申し訳ないのですが、怪我を負った方たちを一所に集めて頂けると有難いのですが。もちろん、動けない方はそのままで」
「僕は生憎と治癒魔術を使えません。――火力に特化しすぎてしまいまして。彼女たちもてんで駄目ですし、申し訳ありませんが協力できそうにありませんねえ」
治癒魔術というものは苦手な人にはとことん苦手で、基礎の魔術でさえ使えない人が居ると聞く。目の前の副団長さまが当てはまるみたいで困ったような顔をしているけれど、深刻には捉えていない雰囲気が醸し出されている。
「得手不得手がありますから、仕方ありません」
そして副団長さまの口ぶりだとソフィーアさまとセレスティアさまも、治癒系統の魔術は使えないようだ。本当にこればかりは仕方ないし、恨み言をいっても始まらない。
「すまない、手伝うべきなのだろうが……」
「……こればかりはどうしようもありませんものね」
いつも自信満々なセレスティアさまが肩を落としているし、申し訳なさそうな顔をしているソフィーアさま。――学院ではそういう感情を見せないので、珍しいことである。
副団長さまは悪びれもなく言い放っていたのに、教え子であるお二方は真っ直ぐに育っているようで、どうかそのまま穢れのないまま育って欲しい。――貴族社会で生きるならばいろいろと黒い部分もあるだろうけれど。
「いえ、聖女としての務めでもありますので――では、失礼いたします」
三人に頭を下げて踵を返していると、手を振る副団長さまが視界に入った。随分と調子の軽い人が副団長をやっているのだなあと感心して、実力で選ばれたのだろうと頭の中で過る。
「――ジーク、リン行こう」
「ああ」
「うん」
ずっと側にいてくれているジークとリンに声を掛け、負傷者の下へと向かうのだった。
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