第39話:退治。
――誰だろう、この人。
というのが正直な疑問だった。この緊迫した状況で、おどけた調子で話に割って入ってきた男性。歳は二十代後半といったところだろうか。細身で銀色の長い髪をひとつに纏めて、柔和に笑っている。そして、またしても顔面偏差値が凄く高い。
「貴方は……何故、魔術師団の副団長殿がどうしてこちらに?」
騎士団の指揮官が驚いた様子で彼に問いかけた。どうやら顔見知りらしい。
「――いえね、念の為にとウチの団長殿からの命令だったのですが、いやはや……このような事態になってしまうとは」
団長というのは魔術師団長のことだろう。魔術師団に所属しているという証の紫色の外套を身に着けているのだから。
過保護ですよねえ、と小さく呟いて視線を殿下たちがいる方向、つまり青髪くんへと視線を向けていた。なるほど、今回の魔術師団からの派遣要員はいつもよりも充実しているようだ。
「そして異様な魔力を感じ取れば魔獣が出現しているではないですか。――これはいろいろと試すチャンスだと思い、お声がけをさせて頂いた次第なんですよ」
軽い調子で喋りながら視線を私へと向けて、礼を取る。
「お初目にかかります、聖女さま。――魔術師団副団長、ハインツ・ヴァレンシュタインと申します。以後、お見知りおきを」
家名を名乗ったという事はお金持ちの家の人かお貴族さまなのだろう。粗相をするわけにいかなくなったので、私も頭を下げる。
「ナイ、と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「先生」
「お師匠さま」
「おや。奇遇ですねえ、お二人とも。元気でしたか?」
簡単な挨拶を終えると、ソフィーアさまとセレスティアさまが副団長さまへと声を掛け何度かやり取りをしている。言葉尻から察するに魔術の家庭教師でもしていたのだろう。どうやら、師弟関係のようだった。
「しかし、いまだに魔獣の攻撃に耐え障壁の維持をされているとは驚きです」
「打開策が見つからず、膠着状態なのであまり良いとは言えませんが……」
「なるほど。では僕に任せて頂いても?」
「それは構いませんが……」
おそらく剣などの物理ダメージは魔獣相手だとあまり通らないようだった。ならば高威力の魔術となるのだけれど、それを行使できるだけの人がおらず困っており、こうして知恵を寄せ合っていたのだけれど。
魔術師団の副団長を任されるようなひとで、高位貴族のご令嬢の家庭教師を出来るほどなのだから、実力は間違いないだろう。
「では聖女さま、ひとつお願いがございます。魔術を今から行使しますが、周囲の安全を確保して頂けますか?」
「分かりました」
そのくらいならば今障壁を展開維持しているままなので、応用すれば他の範囲にも適応することができるので問題はない。
「ふふふ。――久方ぶりに全力が出せそうですね」
にやりと口角を歪に上げて副団長さまの足元に魔法陣が浮かぶと同時、ぶわりと彼の魔力の奔流が流れて髪を揺らした。
――なんつー馬鹿魔力。
多分今まで出会った人の中で一番魔力の量が高いのではないだろうか。魔力を多く有していると、相手の魔力にも敏感になることがあるそうだ。私は他の人の魔力を感知しやすい体質らしく、彼の魔力を感じ取る。
「……すごい」
「何をおっしゃいます、聖女さま。魔力量ならば貴女の方が僕よりも何十倍も上でしょうに」
魔術を発動させるための詠唱を唱えながら、器用にこちらへと話しかけてくる。どうやら彼も他人の魔力量が分かるようだけれど、随分と余裕そうに語りかけてくる。場馴れしているのか、器用なものだ。魔術詠唱を一節、二節、三節と唱え、発動威力をどんどん高めていく。
「――"一条の光となりて、降り注げ""彼の者を貫き、絶命させよ"」
四節目、五節目を唱え終わると術が発動した。
「――"風よ、強固なる風よ""我らを害する者から阻み給え""安寧を恵み給え"」
強力な攻撃魔法はフェンリルを包み込み、肉体を霧散させていく。その影響で周囲には強力な衝撃波が襲う。
これは側にいるだけで大怪我どころか死んでしまうレベルであった。そりゃ、副団長さまが私に障壁展開を願うはずだと納得しつつ、割と必死になりながら詠唱を続ける。衝撃波の威力が半端ないので、常に唱えていないと障壁もフェンリルと同様に霧散してしまう。
「ああ、やはり高威力の魔術をこうして撃ち放つのは気持ちいいっ!!」
「……あの人は、いつも変わらんな」
「ええ。相変わらずのようですわね」
いや二人とも、そんなに落ち着いた様子で会話を交わさないでください。その代わりに私が必死なのですから。はははと笑いながらいまだに魔術を放っている副団長さま。フェンリルは木っ端微塵どころか霧散しているというのに……楽しそうでなによりではあるけれど、そろそろ止めて頂きたい。
「副団長さま。フェンリルはもう消滅しております」
周りへの被害が大きくなってしまうので、さっさと高威力すぎる魔術行使を止めて欲しい。
「ん、ああ。申し訳ありません、聖女さま。こうして僕が遠慮なく魔術を放てる機会はかなり限定されておりますので」
にっこりと気持ちよさそうな笑顔を私に向けながら、ようやく魔術を解いてくれるのだった。はあ、と溜息を吐いて私も魔術の行使を止める。
――一体、なんだろうこの人は。
突然現れ、フェンリルという魔獣をあっさりと倒してしまった魔術師団副団長さまは、大きくけ伸びをしながら『すっきりしました』と一人で喜んでいたのだった。ちなみに彼の教え子以外の面々はあっけにとられたまま、暫くの間放心しているのだった。
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