第38話:対峙。
フェンリルの前へと出たヒロインちゃんはその場から動けずしゃがみ込んだままだった。障壁を張ってあるので大丈夫なのだが、騎士や軍の人たちから見れば邪魔でしかない。
「その女子生徒を下げろっ!」
「はっ!」
殿下と懇意にしている女子生徒ということで、扱いが難しいようだ。無碍に扱うと殿下の怒りを買うかもしれない。ただ今は非常時でそんなことを言っていられない状況になりつつある。
「……どうして、なんで……? だってゲームじゃあ聖女として覚醒したんだよ? なんで何も起きないの……!」
「さあ、向こうへ戻りましょう。ここは危険です」
本来ならば首根っこを掴まれて引きずられていてもおかしくはないのだけれど、殿下の威光が邪魔をして近寄った騎士の人は強く出られない。
「待ってっ! もう一回……もう一回試してみるのっ! 絶対にシナリオ通りになるはずだから!」
この子はなにを言っているのだと周囲に困惑が走る。微かに聞こえた『ゲーム』と『シナリオ』という言葉にぴくりと反応してしまうけれど、今は置いておく。
「駄目ですよっ、早くいきましょうっ!」
聞く耳を持たないヒロインちゃん。殿下がヒロインちゃんの下へと駆けつけようとしているが、ソフィーアさまとセレスティアさまに殿下の側に残った緑髪くんと青髪くんが引き留めているので、こちらへこれない。
「仕方ない、か」
そう呟いてヒロインちゃんの下へと歩いて行く。障壁は未だ破られる気配はないので安全ではあるが、フェンリルの本気がどんなものか全く分からないので気を付けないと。
「下がるよ、メッサリナさん――"風が吹く"」
「え?」
そう言い放つときょとんとした顔で私を見上げる彼女の襟首を持って、元の位置というよりも殿下たちが居る場所まで引き摺って歩いて行く。殿下とプラスアルファくんたちがなんだか言っているけれど、全て無視。自分に身体強化魔術はかけられないので、ヒロインちゃんに軽量化の魔術を付与してここまで運んだので疲れはない。
「ここでじっとしてて。邪魔だよ」
「貴様っ、アリスになんて酷いことをっ!!」
「殿下、彼女が大切だというのならば、その腕の中にでも閉じ込めておいてください」
ヒロインちゃんに暴言を吐くと殿下が怒ったのだけれど、そんなに大事だというのならば外に出すべきではなかったのだ。王城のどこかしらの一室に大事に大事に仕舞っておけばよかっただろうに。最低限の生活はそこで出来るし、殿下たちがことのほか甘やかしてくれるだろうから不便もなさそうである。
彼女の勝手な行動の所為で騎士や軍の人に被害があれば、その責任は誰が取るというのだ。殿下たちは取らないだろうし、ヒロインちゃんが取れるはずもない。
不用意な被害を出した責任は指揮官へと下るのだ。きっちり仕事をこなしている彼らにその責任を押し付けるのは、理不尽である。
「……!」
殿下が私の言葉に言い返せなかったのは、言葉通りに腕の中にでも閉じ込めておきたいからなのか。取り敢えず今は言葉の応酬をするつもりはないので、踵を返して指揮官さんの所へと戻る。
「聖女さまの障壁で我々に被害がありませんが……」
「突破口がない、ですね」
ただいまフェンリルくんは絶賛暴れ中なのだけれど、障壁のお陰で被害はない。ないけれど、いつまでもこうしている訳にはいかないし、逃げても王都に近いので王都に被害が出てしまえば、糾弾されるのは軍や騎士団だから倒してしまいたいのだろう、彼らは。
私も魔術具が壊れてしまったので、普段よりは長く障壁を張れるだろうけれど、どこまでもつかが未知数だ。魔力量が少なくなれば眠くなるという前兆があるので、ある程度の予想は出来る。今のところはまだ大丈夫だけれど、さてどうしたものか。
「ナイ」
「ジーク?」
ジークが私の側による。もちろんリンも一緒に。
「もう一度、リンと試してみる。いけるか?」
「いけるけれど……」
「この中で身体能力と剣捌きが一番高いのはリンだ。――それに賭ける」
「……でも」
「大丈夫だ。お前の援護があればなんの心配もない」
「だね、兄さん」
私は二人の信頼を失う……いや、私が失敗したことによって彼らを失ってしまうのが怖い、と言った方が正しいだろうか。ずっと一緒に苦楽を共にしてきた。挫けそうになった時、支えてくれた。
「そんな顔をするな」
「大丈夫だよ、ナイがいるから」
考えていることはいつもバレバレである。――情けないなあと心の中で息を吐いて、二人に視線を向ける。
「わかった。全力で補助するよ……――だから、ちゃんとウチに帰ろう」
「ああ」
「うん」
五年も住めば、教会の宿舎は我が家も同然である。魔獣の出現で合同訓練どころじゃないし、直ぐに帰還命令が下るだろう。
「聖女さま、我々は?」
「彼らの援護と狼やゴブリンの処理をお願いできますか?」
「承知いたしました」
「了解」
指揮官それぞれが部下の人たちへと指示を出す。
私がこうして彼らに指示を出せるのは、私が作戦の中心人物になることが彼らより認定されているからである。
普通、指揮権なんてものは指揮官がいるならばその人が担うべきである。指示系統が二つあるだなんて、社会主義で政治将校が大きな顔をしているくらいだろう。なので彼らは私の指示に従ってくれる。もちろん不服があれば異議申請は出来るし、彼らが作戦を練ることもある。今回はたまたま私が指示を出すことになったというだけだ。
「邪魔をしてすまない、私たちにも出来ることはないか?」
「守られたままじっとしているのは、性分ではありませんもの」
作戦を練っているとソフィーアさまとセレスティアさまが、真剣な面持ちでこちらへとやって来ていた。
「いや、しかしっ!」
公爵令嬢さまと辺境伯令嬢さまに何かあると困るので、指揮官が慌てている。
「魔術なら上級のものをいくつか使える」
「ええ、わたくしもですわ!」
マジですか。おそらく護衛として就いていた魔術師たちより威力があるものを放てるようだ。戦力にはならんか、と視線を反らさず私を視界に捉えている。
「私の側を離れないで――」
「――面白そうなお話をしていますね、僕も混ぜてくださいませんか?」
唐突に背後から現れた人が楽しそうな調子の声を上げて、こちらへとやって来るのだった。
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