第34話:襲撃。
――何故、こんなことに……。
何故か特進科のみんなが集まり行動を共にすることになった。どうやら原因はヒロインちゃんの鶴の一声で決定したそう。
『せっかくだからみんなの親睦を深めようっ!』
そう殿下たちに進言すれば彼らは彼女の言葉を叶えるのは当然で。赤子の手をひねるより簡単なのである。言葉にすればいいだけだもの。
何故という疑問と、巻き込まれるのは勘弁してくださいという懇願を心の中で口にする。特進科生徒二十名と騎士科と魔術科の護衛役が三十名に本職の護衛である軍と騎士の人たちが数えるのが面倒になるくらいの大所帯になっていた。
只今、拠点である広場を離れて森の中を探索中。
先陣を切るのは言い出しっぺの殿下たちとヒロインちゃんの六人。その少し後ろにソフィーアさまとセレスティアさま特進科の女性たち。その左右に別れて男性陣が。
で、私はというと一番後ろでぽつんと歩いてる。いや周りに護衛の人たちやらが居るので、この言葉には語弊があるけれど。特進科の人たちと一緒に居ないということで、一人なのだ。ここ一ヶ月間で当たり前となってしまったが。そしてその周りには騎士の人たちが固め、軍の人はその外縁部を守っているようだ。
「……なんだろう、空気が重いような?」
ああ、そうか目の前で見えない火花を飛ばしている彼らたちの感情でも移ってしまったのだろうか。
セレスティアさまは鉄扇を広げたり閉じたりして忙しないし、他のご令嬢たちも気が気でない様子。ソフィーアさまは無言で前を向いて歩いているので、感情が読み取れない。参ったなあと、目を細め頭を振る。
「どうした?」
「?」
一日目に一緒に行動していたのが功を奏したのかジークとリンがまた一緒になっていた。
「ん、気の所為かな、天気も悪くなってきてるし……」
違和感を感じ取りそう言って空を見上げると晴れ渡っていた朝の時間よりも、随分とどんよりとしている。木々の葉の間から零れる陽の光も弱かった。
「ああ、確かにな。……明日まで持ってくれればいいが」
「兄さん、多分持たない」
顔を上げすんすんと鼻を鳴らすリンは何かを感じ取ったのだろう。こういう勘はリンが一番的確であまり外れない。
「雨具用意しておいてよかったね」
天気予報なんてない世界だから空を見上げてなんとなく予想するしかないし、ことわざ的なものがあるのでソレを当てにしてる。今回は念の為に荷物の中に雨具を忍ばせておいたのだけれど、降らない方がいいのでお天道さまには頑張って欲しい所。
「ん?」
「どうしたのジーク」
「前が止まったな。何をしているんだ……?」
「魔物が出たみたいだね」
どうやら前を行く一行が魔物と遭遇したようだ。殿下たちを危険に晒す訳はないので、斥候部隊がある程度は魔物の選別しているだろう。心配する必要などないなあと、最後方で前の様子を伺うだけで気楽なものだった。
「彼女には指一本触れさせない!」
「ヘルベルトさま、お気をつけて!!」
風に乗ってそんな声が聞こえてくる。勝手に盛り上がっている最前列の人たちとその後ろに居る人たちの温度差が酷い。ここ最近、常態化している光景なのだけれどあと三年弱耐えなきゃならないのだろうか。
「アリス、下がって」
「ああ、怪我をしたら大変だ」
「大丈夫、僕たちが付いていますからね」
「うん、こんな雑魚なんかに僕たちは負けない」
「みんなも気を付けて!」
彼らの目の前で対峙しているのはゴブリンだった。数は五匹と少ないし、武芸にある程度嗜みがあるのならば楽に倒せる。厄介なのは巣を作り繁殖して数が増えることだ。近隣の村や町の農作物に被害が出るし稀に人攫いもするので、数が増えてしまうと舐めてはいけない相手。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だろう。一通りの教育は受けているお貴族さまだ。あとは切れるか切れないかの覚悟次第だな」
「切ったことがないなら、躊躇するかも」
相手が人間じゃないだけマシなのだろうけれど、一応は生き物である。切れば血が出るし叫び声も上げて痛がりのたうち回る。
その光景に耐えれる人ならば問題はないけれど、精神的に駄目になって切れなくなる人も一定数は居るそうだ。度胸試しの一環だろうけれど、女の子がいるし良い所を見せたいだろうから表面上は取り繕うだろう。
男の子も大変だ。
私たちがこんなに余裕をこいていられるのは一度経験しているからである。初めての魔物討伐、いわゆる初陣の時なんてビビりまくりだったし、なんなら漏らしてしまうような目にもあったことがある。
ヒロインちゃんの前に殿下が立つと、護衛の人たちの緊張感が一気に上がる。殿下は周囲の人たちの様子に気が付かないまま、ゴブリンと相対して細身の剣を構えている。かなり装飾されているの見て、売り払ったらどんな値が付くのかが気になる所。
そんなこんなをしている内に、それぞれの得意分野でゴブリンを一人一体ずつ倒したようだ。中身をぶちまけているし、魔術で倒された影響なのか生臭さと糞尿の臭いが混じって、こちらまで届く。
臭いに充てられたのか、吐いている人がいた。強がっている人は気丈に振舞いながら、気分がすぐれない人たちを鼓舞している。こればっかりは慣れがあるから仕方ないので、その人たちを笑うなんてことはしない。
「倒せたようだな」
「だね。進むかな?」
「死体処理があるからもう暫くは足止めだろうな」
死体をそのままにすると獣や魔物が寄ってきて危ないので、大事な作業だ。殿下たちの度胸試しは終わったから、次は彼らの後ろを行く女性陣になるのだろうか。そうして暫く待っているとようやく前へと進み始める。
殿下たちに怪我がなくて良かった。
「――敵襲っ! 敵襲だっ!! 逃げろぉおおおお!!」
私たちが居る場所よりも奥の方から、軍の人数名が走りながら叫ぶ。突然の咆哮に動揺が走り、この場が騒然とするのは言うまでもない。
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