第35話:覚悟の違い。

 「――敵襲っ! 敵襲だっ!! 逃げろぉおおおお!!」


 森の奥から駆けてきた斥候の言葉にいち早く反応したのは、急な事態に慣れている軍や騎士の人たちだった。


 「全員抜刀っ! ――まだどうなるか状況がわからん、慎重に対処しろよ!」


 殿下やソフィーアさまたち貴族の前に立ち一人の騎士が叫ぶ。他の騎士よりも装飾が派手なので、彼が現場指揮官なのだろう。


 「殿下方を護りきれっ!」


 騎士や軍人は腰に下げていた剣を抜き、魔術師は詠唱体勢に入る。逃げるべきなのかこの場に留まるべきなのか判断のつかない学院生たちは、戸惑っていた。その中で一番に行動へと移したのは、あの二人だった。


 「ヘルベルト殿下、おさがり下さいっ!!」


 騎士や軍人を前にしながら殿下を庇うように立つソフィーアさま。


 「し、しかし……!」


 ヒロインちゃんを庇いつつ、この状況に戸惑っている殿下は彼女の言葉に従うべきか迷っている様子。


 「ええ、殿下。――貴方は総大将、後ろでどっしりと構えてわたくしたちに命じればよいのですわ!」


 開いた鉄扇を閉じながら高らかに宣言するセレスティアさまは、ソフィーアさまの横に立つ。普段罵り合っているふたりだけれど、こういう時には息が合うようだった。


 「……っ、アリスここは危ない、下がろう」


 「え、でもっ!」


 「ええ、アリスは殿下と一緒に下がってください」


 「ああ、俺たちに任せろ……必ず、守ってみせる。ユルゲンとヨアヒムは殿下たちを守ってくれ」


 魔術師団長子息の青髪くんと近衛騎士団団長子息の赤髪くんがそんな声を掛けて。緑髪くんと紫髪くん、そして殿下とヒロインちゃんに下がれと告げる。


 「……わかりました、気を付けてくださいね」


 「……」


 緊張した面持ちで赤髪くんの言葉に頷いた二人は、殿下と一言二言交わしてこちらへと下がってきた。


 「――来る」


 リンが小さく呟いたと同時に、ゴブリンの群れがこちらに走ってやって来たのだけれど、様子がおかしい。後ろを気にしながらこちらへと走ってきており、数も多い。


 「近づけさせるなっ! 第一小隊っ、突っ込めぇ!!」

 

 切り込み役なのだろう、騎士六人がゴブリンの群れへ走って突っ込んでいくのだけれど、彼らを無視してどこかに去ろうとするので切ること自体が難しい。小柄でありながらゴブリンの素早さに追いつけず、群れの塊を散らすだけ。そうして男子生徒の一団まで走っていくと、震えながら剣を持つ少年が歯をカチカチと鳴らしながら叫ぶ。


 「ああああっ! 来るなっ! 来るなぁぁああああっ!」


 叫ぶ少年を庇い一人の軍人が迫るゴブリンの首を剣で一閃し、地面へと倒れ込んでしばらくもがき苦しみながらこと切れた。


 群れで行動するゴブリンはそれなりに知恵が回るようで、波状攻撃を仕掛けたり人間の武器を鹵獲し使い、様々な手段を使う魔物だ。そんなヤツらが怯えた様子を見せながら、こちらに走って来るだなんて。しかも怯えている人間を標的と定めていないだなんて。


 「なんか変だよね……」


 「ああ、気を付けた方がいい」


 ジークと話しながら魔術を発動させるための前準備となる、体内の魔力を活性化させると、私の黒髪がふわりと揺れる。逃げ惑うゴブリンは騎士団と軍の人たちが難儀しつつ確実に数を減らしていた。


 「ゴブリン共は怯えているっ! 何故か我々を標的としていない、逃げるゴブリンは捨て置けっ! 殿下方や生徒たちの安全が最優先だっ!!」


 「――はっ!」


 指揮官の声に何人もの声が答え、軍の人たちも機能している。私の出番はこの戦闘が終わってからだろう。


 「なっ、今度は狼だとっ!?」

 

 「何故、狼がっ!! ――っ、なんだこの数はっ!!」


 また森の奥から新たな敵が現れた。でも狼なので魔物ではないけれど、図体がデカいし足がゴブリンよりも早い。鋭い牙で喉元を噛まれ首を振られたら、おそらく死んでしまうだろう。そしてなにより数が多かった。


 「日ごろの訓練を思い出せっ! ――取るに足りん狼ごときに我々が後れを取る訳がない、焦らず落ち着いて対処していけっ!」


 想定外の獣の出現に怯む様子が見受けられたけれど、こういう現場に慣れているのか立ち直りは早かった。


 「俺たちを完全に敵として捉えているな……」


 「……ああ、なにかいつもと様子がちがう気がするが」


 数メートル先で距離を取って狙いを定めている狼の群れに息を呑みつつ、出方を伺う。お互いに動けず、状況が止まってしまった。どうなってしまうのか予想がつかないまま、睨み合ったまましばしの時間が流れる。


 「なっ! うそ……だろ……」

 

 「馬鹿な……なんで、なんでこの森にっ!!」


 勇敢に学院生を守りながら戦っていた騎士や軍の人たちの口々から漏れる言葉は、恐怖と驚き。そして私も彼らと変わらず。


 ――ああ、なんでこんなことに。


 「フェンリルだっ!!」


 「フェンリルが出たっ!!!!」


 王都にほど近いこの森で魔物ではなく魔獣と呼ばれるフェンリルが出るだなんて。一体誰が予想できたのだろうか。そしてヒロインちゃんが喜色に溢れていたことなど、露とも知らなかったのである。

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