第25話:森の入口。

 草木が生い茂る獣道を歩くこと約一時間。


 どうやら先に騎士団の人たちが道を作ってくれたようで、随分と歩きやすくなっていた。足踏みで潰された草花が倒れているし、邪魔になる木の枝も切り落としてくれている。

 せっかく鉈を買ったのに使う機会を失ったとぼやくと、ジークが『まだ機会はある』と慰めてくれたりと道中の会話が途切れることはない。いつも三人一緒だから、仮に話が途切れて無言だったとしても問題はないけれど。


 わいわいと騒がしく歩く生徒たちと無言で嫌そうに歩く生徒に別れているので、慣れている人と慣れていない人の差が如実に出ていた。

 お貴族さま――とくに位の高い人――は不機嫌で、近寄るなオーラが漂っているから、気を付けないとどんなことを言われるか分からない。


 「辺境伯令嬢たるもの、このくらいのことでヘコたれませんわっ! みなさまも最初からその調子ではこれからの三日間乗り切ることが出来ませんよっ!!」


 例外は居るけれど。


 高笑いしながら歩いて行く愉快な人であるが、周囲の人を鼓舞しているから成功しているかしていないかは別として、余裕があるのは良いことだし、みんなの上に立っているという自覚があるのだろう。

 

 「歩き辛いな……っち!」


 ソフィーアさまは慣れていないようで、珍しく舌打ちをしていた。


 「大丈夫か、アリス?」


 「僕たちの後を付いてきてくださいね」


 「ああ、歩き辛いだろうから少しでも均した所を歩いた方がいい」


 「魔術が使えればよかったのですが……」


 「禁止されたからねえ」


 魔術は戦闘時以外は禁止となっている為に、困っている人もいる模様。ただまたしてもヒロインちゃんと殿下方"色情戦隊アタマオハナバタケー"はくっついている。


 「みんな、ありがとう!!」


 嬉しそうに笑うヒロインちゃんは、最近また彼らとの距離を詰めてきた。私の助言は全くの無意味となってしまった。そして周りのご令嬢たちは冷ややかな視線を向けているし、婚約者――ソフィーアさまと辺境伯令嬢さまは、彼らに腐った魚のような目を向けるようになった。


 当事者ではないから、こうして心の中で余裕を持って考えることが出来る。彼ら彼女らの婚姻後が心配である。


 まさか白い結婚となってお貴族さまの義務はどうするつもりなのだろう。ヒロインちゃんが愛妾ポジに入って彼女に産んでもらっても、婚姻した片方の家の血は一滴も入っていない訳で。揉める原因になりそうなものだけれど、そうなったらどうするつもりなのか。その責任も取れないなら、ああいうことを人前でしない方が良いに決まってる。

 

 ……しかもハーレム状態だから、誰の子か分からないんだよ。


 科学的に検証できるような技術はこの国にないのだし。本当、なんというか幸せな人たちで、それを見せつけられている婚約者の人に同情を禁じ得ない。肉体関係がなくとも不貞行為だよなあ。そして大人たちが認める訳がないはずなのだけれど、若さゆえの過ちなのだろうか。

 

 最悪、国外追放や幽閉やら処刑となってしまうだろうに。


 「ナイ、あまり気にするな放っておけ」


 「私たちには関係ないよ」


 二人はそういうけれど、このとばっちりを受けるのは彼らの家かもしれないが、王国民も受けることになる。

 将来を担う重要なポジションへと配置されるだろうし、その人たちが不在になるのは不味い気がするのだけれども。まがりなりにも高い水準の教育を受けてきたのだから、勉強や仕事は優秀だろうに。


 「そう、なんだけれどねえ」


 そういう人が居なくなって一番被害を被るのは、彼らの下である平民だ。二人の言葉に苦笑いをしながら、ようやく森の入口へと辿り着くと物々しい雰囲気で騎士団と少数の魔術師団の人たちが待ち構えていた。


 「お待ちしておりました、殿下」


 一番装備の装飾が派手な人が外套を翻らせ地面に片膝をつき胸に片手を当て臣下の礼を取ると、それに倣って他の騎士団と魔術師団の人たちが一斉に礼をする。


 「ああ、よろしく頼む。――だが、この三日間は学院行事だ。あまり出張りすぎるなよ」


 こうしていると普通なのだなあと目を細めた。ただ殿下の後ろではヒロインちゃんが『カッコいいっ!』と喜色満面の笑みを浮かべ、他の四人は微妙な顔をしているけれども。


 「はっ!」


 膝を擦りながら少しだけ後ろへ下がった騎士は次にソフィーアさまの方へと向かっていった。どうやら挨拶回りをするらしい。


 「けっ!」


 いつのまにか遠巻きに眺めていた私の横にいた隊長さんが、わざとらしく声にして悪態をついていた。んー軍と騎士団ってそんなに仲が悪いのか。軍と騎士団の依頼で仕事をすることもあったし、実際に軍と騎士団と一緒に共闘している所も見たことあるのだけれども。

 

 「見られて困るのは隊長さんですよ?」


 片眉を上げて苦笑しながら隊長さんを見上げると、凄く不機嫌そうな顔をして。


 「いいんだよ。殿下に挨拶に行こうとしたら、さっきのいけ好かない野郎に俺らの責任者は止められたからな」


 「その責任者の方はお貴族さまなんです?」


 「貴族だが爵位が騎士爵なんだよ。良い人なのになあ、ああやって家格で舐められた行動を取られる」


 「そこは我慢すべき所なんでしょうね」


 「だがなあ……そうだがなあ……」


 「気持ちはわかります。――理不尽なことは沢山ありますから」


 本当に。お貴族さまの我が儘にはほとほと困る時がある。聖女として治癒に赴いたとき直面したことがあるのだから。まあでも、最初に隊長さんが言ったように私たちは野宿を目いっぱい楽しむだけだ。


 「暇なんです?」


 「うっせ!」


 横でまだうんうん唸っていた隊長さんをせっつくと、私の下を離れて部下に指示をだし始めたのだった。

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