第24話:王都の外。

 馬車に乗って王都の門を抜けのどかな田園風景を眺めながら一路森を目指す。二時間ほどかけて整備された道を行き馬車を降り、そこから暫くは荒れた道を一時間ほど歩くそう。数日前に購入したナイフや鉈をぶら下げ、必要な荷物も纏めており今は幌付き馬車の私の足元に鎮座している。


 「のどかだねえ」


 春まきの麦の目が小さく土から顔をだしており、辺りは一面緑一色。

 はるか遠い霞んでほとんど見えない先には山脈が見え、微かに雪を被っていた。


 「どこも代り映えのない景色だけどな」


 「王都や領都をでると、変わらないよね」

 

 私が住むアルバトロス王国は一大穀倉地帯であり、生産が賄えない他国にも輸出するほどに余裕がある。

 王都は海からも遠いし、穀物類の生産が盛んなので畜産物や海産物が少なく、少々値が張る。狩りをすれば手に入るけれど、王都周辺だと狩場に気軽に行ける距離でもない。家庭で豚や鳥を飼育している人もいるけれど、やはり貴重。だから久方ぶりにお肉が食べられるかもと期待していた。


 とはいえ魔物と対峙する時以外は魔術の使用は禁止だし、無暗な乱獲も駄目と通達が出てる。一応、簡単な罠を作って持ってきてはいるものの、そう簡単に野生動物が捕まるかどうかは神のみぞ知る。

 

 「楽しくなるといいなあ」

 

 遠征で王都を出る以外は、基本教会と城と学院の往復だから、こういうことでもなければ外に出ない為に、気分はもうキャンプのそれである。学院の制服ではなく一般的な平民服を着こんで、馬車へと直接座り込んでいるから、余計に学院行事だと思えないのも助長しているのかもしれない。


 「偶には息抜きするのもいいかもな」


 「うん」


 訓練の内容は騎士科と魔術科がメインなので普通科と特進科はオマケのような存在。というか騎士と魔術師の護衛対象とでもいうべきだろうか。

 将来の為に森の中で護衛対象を守るというのが目的なのだろう。それでもルールは結構ざっくりとしていて、班分けは自由で一人でも複数人でも構わないし、学科やクラスを超えてチームを組んでもいいと。


 ならば幼馴染三人組が一緒になるのは当然で。馬車には他にも何人か乗り込んでいるのだけれど、見知らぬ人たちばかり。

 ジークとリンも知らないようなので魔術科か普通科所属の人なのだろう。何度か短い休憩を挟みながら、馬車は目的地へと辿り着く。荷物を持って馬車から降りて、一度荷物を下ろして片手で腰を抑えて背伸びした。整備されている道とはいえ防振機構がしっかりしていないので、身体に堪える。


 「ん~。流石にきつかった」


 身動きがあまり取れないし。ごぞごそすれば他の人にも迷惑が掛かるだろうと、じっとしていたのだから仕方ない。


 「だな」


 「だね」


 ジークとリンが平気そうなのは鍛えているからだろう。荷物を持ったままで私を見て苦笑いをしている。


 「――っ!」


 軍服に身を包んだ人がひとり、軍靴を鳴らしながらこちらへと近づいてくる。


 「待ってください、今日は学院行事なので……」


 見知った顔、というよりもその人との付き合いはもう五年になる。貧民街に私を探しに来た兵士の中の一人、というよりもその時の隊長さんだ。

 私の顔を知っているし、聖女として何度か一緒に魔物討伐に参加したので仲が良くなってたので、私の顔を視認した途端にこちらへと足を運んで、敬礼しようとしたので申し訳ないけれど止めたのだ。足先から頭まで視線を動かしていたので、今日は学生としての参加だと理解してくれたのだろう。ジークとリンも隊長さんに黙礼してた。


 「あーそっか……。スマン、理解した」

 

 とまあ身分の上下関係を取っ払えば親しみやすい人である。かなり年上みたいだけれど。以前、奥さまの産後の肥立ちが悪く、土下座する勢いで診てくれと頼まれたことがあるのが切っ掛けで、こうして言葉を交わすようになった。

 気さくな人で、軍の仲間の間でも人望があるようで、五年前よりも出世してる。隊長さんは後ろ手で頭を掻きながら、少し猫背ぎみになって視線を合わせ謝ってくれたのだった。

 

 「隊長さんはお仕事で?」


 話しかけてくるなというよりも、聖女として扱わないで欲しいというものなので気軽に声を掛ける。


 「ああ。毎年、軍も騎士団も学院からの依頼で駆り出されるんだが、今回は人数が多いうえに数は少ないが魔術師団からも人が来てやがる。――まあ、そういうこったろーなあ」


 だって今年は第二王子殿下を始めとした有名所が揃ってる。学院側も何か起きた時に責任を背負わなくてはならないから、軍や騎士団をいつもより多く借り受けるのは当然。しかも魔術師団まで出張ってきているとは。学院の気合の入りっぷりが違うなあと、隊長さんを見ていると一度息を吐いて、面倒そうな顔から真顔に戻る。


 「あの森ならばそうそう問題なんておこりはしないが……」


 「何かあるんです?」


 「うんにゃ。お貴族さまが多いからな、あの学院は。その手のことで毎年なにかしら俺たちが奔走しなきゃならなくなるんだよ……」


 凄く面倒そうに息を吐いた隊長さん。まあ色々とあるのだろう。騎士団も貴族出身の人が多いから、平民がやるような仕事はやりたくないと言っちゃう人も居るし。で、そのツケが軍の方にとくる訳か。そんなことをしていると騎士団は公爵さまの逆鱗に触れそうなものだけれど、今はまだ大丈夫な様子。


 「騎士団や魔術師団の方たちは?」


 「あいつらは森の入口で待機中だな。――先に行って安全を確かめるんだとよ」


 不機嫌そうな物言いなので、何か一悶着でもあったのだろう。森の安全が確保できるのは良いことだけれど、獲物が警戒して逃げてしまうので勘弁して欲しい。久しぶりの肉にありつけると思って、こっそりと鞄の中に塩と胡椒を忍び込ませているのに……。ちなみに塩は安価だけれど胡椒は少々値が張る。財布の中が寂しくなったけれど、ちょっとくらいの贅沢なら偶には許されるだろう。


 「私たちは危なくならないのなら、それで」


 楽しく無事に二泊三日を超えられればいい。警備に入った大人の人たちの気苦労はしれないけれども。黄金世代と呼ばれる第二王子殿下以下、有名所の大物ぞろいだものね。女性が怪我をして、傷が残るなんてなった日には切腹――この国にそんな作法はないけれど――もの。そりゃ隊長さんも溜息がでるはずだ。


 「ま、お嬢ちゃんたちは気軽に野宿を楽しめばいいさ」


 隊長さんの気苦労は計り知れないが、この二泊三日を無事に乗り越えたい。騎士科と魔術科の訓練を兼ねているということなので、倒すことが安易な魔物は出るのだろうから軽い怪我を負う人は出てくるかもなあ。

 軽い怪我ならば魔術科の生徒でも治せるだろうから大丈夫かなと考えていると、それじゃあなと軽く手を挙げて隊長さんは去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る