第26話:訓練開始。

 森の中へと続くけもの道を歩くこと暫く、ようやく目的地へ辿り着いたようで一団が止まる。学院の生徒たちは興味津々に周りを見る人に、つまらなそうにしている人、虫が嫌いで大声を上げる人さまざま。

 時間はお日様が真上に昇ろうとする少し前だから、森の中でも光は差し込んでいるし足元も悪くないから、丁度良い場所なのだろう。


 「これから夜までは自由行動だ。普通科と特進科は各自、狩りに行くなり寝床を確保するなり好きに動け。ただこの場所から離れる場合は俺たち教師に一声掛けろ」


 引率の教諭を代表して男性の声が上がる。確かあの教諭は騎士科の受け持ちだったはずだ。その為なのかガタイはシッカリしているし、腰には剣を下げている。

 

 「騎士科と魔術科はこれから魔物狩りに行く。もちろん普通科や特進科の連中で腕っぷしに自信のあるヤツや狩りに興味のある奴はこの場に残れ」


 腕っぷしに自信のある人は理解できるけれど、興味があるって人を連れて行ってどうするのだろうか。


 「ナイも行くか?」


 「一緒に行って良いものなの、邪魔にしかならないような……」


 隣に立っていたジークにそう声を掛けられたけれど、正直戦闘火力という意味合いでは役に立たないので荷物扱いだろう。

 

 「――興味のある連中は騎士科や魔術科の連中が護衛に就く。もちろん軍や騎士の方も一緒だから安心しろ」


 タイミングを計っていたかのように教諭の言葉が続いたのだった。なるほど、いわば興味のある人間を護衛対象に見立てて周囲警戒をしながら移動し、魔物と出会えば護りきれということなのだろう。騎士科の先輩方は正規の騎士の中に混じって実地訓練形式のようだ。


 「邪魔じゃないし、一緒に行こう?」


 とまあ二人に言われると、逆らえない訳でして。水場の確保やら寝床探しとかするつもりだったのだけれど、あとから三人一緒にすればいいか。それに森の中で娯楽がないから、ほとんどの人たちが狩へと繰り出そうと、この場に残っているのだから。


 「それじゃあ、よろしくお願いします」


 仕事で軍や騎士団について行ったこともあるけれど、基本は最後方で治癒師として治療に専念していたので前線になんて立ったことはない。むしろ聖女が前に出ると『聖女を守る』という余計な仕事が出来てしまうので、後方で待機している方が多かった。もちろん状況によるし、前線で危ない目にあったこともあるけれども。


 「おう」


 「うん」


 二人に頭を軽く下げたあと、三人の拳を突き合わせて笑いあう。小さい頃から変わらない、孤児仲間で協力する時にいつもこうして拳を突き合わせていた。そうして暫く、班分けがされて行動を開始するのだった。


 ――鬱蒼と草木が茂る道なき道を進んでいた。


 時折、伸びた木の小枝が邪魔をするので、鉈で払いのける。先行するのは騎士科であるジークだ。毒を持つ蛇に遭遇しないようにと足元を拾った長い枝でぺしぺしと叩きながら前へと進む。

 私の後ろにはリンが居て、周りを警戒してた。人を襲う蜂や虫がいるので、それに注意を払っているそう。周りにいる騎士科の人たちも、同じように倣っているので森の中でやるべきことなのだろう。


 それにしても騎士科の人たちは凄い。護衛対象に見立てられている人は軽装だけれど、彼らは大きな荷物を持って道なき道を歩いている。疲労の度合いは私たちより大きいだろうに、それを感じさせないのは鍛えているからだろう。騎士科所属の女の子も男子と同じだけれど、涼しい顔をしているのだから凄いものである。


 「おい、ここから先へは進むな」


 そう言ってきたのは一人の男性騎士。その言葉にこくりと頷き、進むなと言われた方向へと視線をやると、殿下たちとヒロインちゃんの姿。そしてその後ろにはソフィーアさまと辺境伯令嬢さま以下、お貴族さまたちが群れをなしていた。彼らの周囲を護衛しているのはおそらく貴族の騎士科や魔術科の生徒なのだろう。その外縁を正規の騎士や軍の人が、注意を払っている。


 警備が厳重なのは理解できる。この国の未来を背負う人たちなのだし。けれども過保護過ぎではと思ってしまうのは、私の心が擦れているからだろうか。険悪な雰囲気が流れているなあと横目でみながら歩いていると、ジークの背中が突然鼻にあたった。


 「ナイ、止まれ。……ゆっくり後ろに下がるんだ」


 いつもよりトーンの低いジークの声に従って、ゆっくりと下がっていくとリンは私を背に庇って前に立ち腰に下げている両刃の剣を抜いて構えた。


 「兄さん」


 「大丈夫だ。数は少ない。大方、群れからはぐれた個体だろう」


 そう言って前を見ると王都の街中で見る犬よりも二回りほど大きな狼が三匹。獰猛な顔をみせ牙をむき出しにているので、私たちを標的として狙うことを決めたのだろう。

 

 「どうするの?」


 「前の一匹を俺が。後ろの二匹、いけるか?」


 「ん、わかった」


 腰を低くして剣の柄に手を伸ばすジークはゆっくりと長く息を吐いた、その刹那。一足飛びで前で唸っていた狼の首を斬ると同時、リンが構えた剣を横薙ぎに一閃すると奥にいた狼の腹を斬る。

 最後に残った一匹が一瞬怯み、こちらへと向かう様子を見せたけれど怖気づいたのか、深い森の中へと姿を消したのだった。


 「……肉」


 生い茂る草の上に倒れた狼をまじまじと見つめて、小さく口から零れる。


 「肉だな」


 「肉だね」


 「食べられるよね?」


 「魔物じゃないからな」


 「うん。食い出がありそう」


 動物を殺めてしまった罪悪感はほとんどなく、昼食と夕ご飯が豪華になるという元孤児らしい考え方だった。

 小さいころの食生活が悲惨極まりないものだったので、植物や動物を見ると食べられるか食べられないかで判断する癖がついている。食べられそうなものに手を付けてお腹を壊してしまったことは、何度もあるし。


 寄生虫が怖いけれど焼いてしまえば問題なくなる。今なら治癒で治せてしまうし、お腹を下しても問題はない。無傷で仕留めたならば水場に行って狼を水へと漬け込みたいとこだけれど、今回は刀傷が既についているのでナイフを手に取り血抜きを始めた。


 「奇麗に剥げば毛皮になるかな?」


 「どうだろう、そのあたりは専門じゃあないから」


 冒険者登録でもして納品すれば、どうなるのか受付の人から情報を貰えるだろうけれど。生憎と冒険者じゃないし。

 

 「でもこれ移動に邪魔だよね。まだ続くんでしょ、行軍訓練」


 割と大型の四足動物二頭分だから、結構な量だし捌くのに時間が掛かる。


 「必要な分だけ持っていこう。あとは埋めて処理するか。死体で何を引き寄せるかわからんからな」


 三人で意見を出し合っていると、私たちのグループの監督者である顔見知りの軍人が近寄ってきた。

 

 「仕留めたか」


 「はい。それでこの肉をどうしようかと……」


 「死体といわないで肉というのはどうかとおもうぞ……いや、君らはもしかして平民出身か?」


 その言葉にこくりと頷く。孤児だということは隠していないけれど、大っぴらに吹聴することでもない。


 「なるほどな。――しかしこの森で狼とは珍しい」


 「?」


 なるほどという声から後は小声で聞き取ることが出来なかった。


 「まあ、せっかく食える肉を捨てるなんて馬鹿のすることだな。――よし、手の空いている連中で運んでおいてやるよ。報酬はわかってるな?」


 肉を融通してくれということなのだろう。軍も食事は出るけれど、街で食べるようなものは出ないだろうし。ちゃっかりしているなあと苦笑いするけれど、三人ではこの三日間で食べられない量である。だったら好意に甘えておくかと、お願いしますと頭を下げたのだった。

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