第7話:試験後。

 普通科だというのに魔術試験が行われる理由は、埋もれている優秀な者を逃さない為だそうで声が掛れば栄転として魔術科へ転科する人もいるそうな。魔力は全ての人や生き物に備わっており、魔術を使えるかどうかは魔力量とその人が持つ魔術に対するセンスが重要になるそうだ。

 だから教育を施せば魔術師として芽が出そうな人を、普通科から引き抜く。魔術が使えるようになれば、冒険者となってパーティーを組み一儲けできることもあるから夢を見たい人はそっちを目指すし、危ないことが嫌ならば普通科で勉強して役所や城勤めに就けるように励む。

 

 とはいえ普通科を目指す人たちの魔術のレベルは高くない。本当に稀に適性の高い人が居て、偶々引き抜くくらいだそうで。私はもう就職先は決まっているので気楽なものである。ぶっちゃけ公爵さまの好意を無碍にしても良いのなら、落ちても構わないとは思ってるけれど後が怖いから全力を尽くす所存だ。


 ――そんなこんなで考えごとをしていると、私の出番がやってきた。


 「君の得意な魔術は?」


 「治癒です」


 「――ふむ。だがここに怪我人や病人はいない、他には?」


 わざと怪我人や病人をつくる訳にはいかないし、骨を折られてそれに治癒を施すのも気が向かないし試験官の人がまともで良かった。教会で治癒魔術を教わった際に、教えを請うた人の思考がヒャッハーだったのか自分で骨を折ったからなあ。レンガをひとつ持ち出し顔色一つ変えず振り下ろして骨を折ったあの音は、今でも耳にこびりついている。

 ちなみにその人は魔術で無痛状態にしており、私が失敗しても他の聖女さまが治してくれるからと、とても素敵な思考をしていた。よくよく考えると怖すぎるその思考回路に、その人には絶対に逆らわないようにと心に誓っている。


 「基礎魔術なら一通り使えますが……」


 「君は普通科志望だな、ならばそれで構わない。君の全力を持って魔術を行使しなさい」


 流石に魔術となると危険なので、試合形式にはなっていない。少し離れた場所に的があり、その的へ魔術を当てればそれで終わる形だ。それぞれ得意な魔術を披露して、的に当てたり壊したりしていた。今回公爵さまの好意で送られてきた家庭教師には魔術を教える教師もいたので、治癒しか使い道がなかった魔術に新たな可能性を見出せた。

 けれど魔力量が高すぎるので、危なくて仕方ないからと基礎や初級魔術しか教えて貰えなかった。魔術科を目指す訳でもないし、ソレで十分だろうと家庭教師は判断したのだと思う。

 高威力の魔術にも興味があったのだけれど、教わらなければ使えないし仕方なく諦めた。学院に入って併設されている図書棟で魔術を指南している専門書を読めば、自分で習うことができるらしいのでそれに期待していたりする。何が起こるか分からない魔物討伐の時、身を守る方法は多い方がいいに決まっているんだし。


 「はい」


 試験官の言葉に返事をして、さてどうしたものかと考える。一応基礎ならば大抵のものを行使できるのだけれど、建物に延焼しそうな火や雷系統はあまり使わない方がいいだろう。とはいえ派手さに欠けるよなあと頭の隅によぎるけれど、これは試験である。魔術の起動速度や魔力消費とかも合否判断に加味されるだろうから、地味でもいいのかと考えを改めた。

 

 「"吹け、一陣の風"」


 かなり小声で口ずさむ。恥ずかしいんだよね、この詠唱。ひゅっと吹いた風が的に当たり、その威力で前後に数度揺れた。魔術を使う際には必ず詠唱を行うのが決まりだそうだ。出来れば使いたくはないのだけれど、起動の為には必要なモノらしい。


 「詠唱から発動までの時間が早いな。もう少し威力があれば良かったが……君の番は終了だ、下がりなさい」


 あっさりとした試験官の対応に、塩だ塩と苦笑いを浮かべながら元の場所へと帰る。まあ魔術科志望の人たちの実技が終わった時点で、普通科はオマケのようなものだ。魔術にセンスがあるのならば、魔術科を受けるだろうし。栄誉の転科なんてそうそう起こるはずもなく。


 「お疲れ」


 「お疲れさま」


 二人に迎え入れられ言葉を交わしながら、後に続く人たちの試験を眺めていた。普通科を受ける人だけあって大体の人は魔術に関してはどんぐりの背比べ状態。見ていることに飽きた人たちは欠伸をしたり、知り合いと雑談を始めたりしていた。そうして時間を持て余していればようやく実技試験は終わって。


 「筆記試験の結果が張り出される。実技の結果も追ってすぐ張り出されるので各自、自分の合否を必ず見てから帰宅するように!」


 どうやら実技試験の間で採点を行っていたようだ。えらく早い仕事に驚きつつ、採点作業も魔術を利用すれば出来ないことはない筈だから、それが理由かと納得して。

 掲示板に張り出された紙には、無事三人の名前が載っていた。実技については二人とも問題なかったようで、そちらの方にも二人の名前が記載されていた。ちなみに普通科は例外なので実技は採点されない。普通科から魔術科への転科があれば特記事項として名前が書かれ呼び出しされて、どうするのかを決める面談があるそうだ。


 「みんな合格、よかった」


 「ああ」


 「これで一緒に通えるね。嬉しい」


 右の拳を三人でぶつけ合いながら、満面の笑みを浮かべる。この一年弱、あまり知識や常識のない私たちはその辺りには苦労したのだから、この喜びは当然である。公爵さまが寄越した家庭教師や教会の人たちにも感謝しなければ。彼らの協力がなければ、筆記試験は危うかっただろう。

 

 「さて、公爵さまの所に行かないとな。今日はどっちに呼び出されたんだ?」


 「うん。――公爵邸の方にって」


 公爵さまは執務があるなら王城の方へ来るようにと手紙にしたためてあったので、おそらく今日はオフの日なのだろう。まあ王城へ向かうより、公爵邸の方が気楽ではある。貴族の人たちの視線が刺さりまくるので、苦手なのだ王城は。


 「歩いて行くの?」


 「そうしよう。教会に戻るより、公爵邸の方が近いから」


 王都は王城を中心に円状に区画が決まっている。王城に一番近い第一区画が伯爵以上の爵位を持つ人たちが住む居住区となり、第二区画が伯爵以下の爵位を持つ人たちが。第三区画は騎士爵や準男爵、そして豪商の人たちが住む区域と併設されるように立ち並ぶ高級商業施設。第四区画は商人や宿泊施設に職人たちが住む区画。で、王都を囲む城壁沿いが第五区画となり平民や貧民が住む区画となっている。

 きっちりと円状にという訳ではないけれど、ざっくりと簡単に手っ取り早く説明するとこうなる。


 公爵さまの住む家、というかほぼ城にちかいような滅茶苦茶お金を掛けている屋敷は勿論王都の中心部。爵位の高い人が住む地区なので治安も良く学院も近くに建てられており、移動は徒歩でも安全。仮に、第五区画を学院の制服で歩けばすぐにスリに会う羽目になるから、身を護る術を持たない人は近寄らない方がいい。元孤児だから分かる、極上のカモでしかない。

 

 「行こうか」


 「ああ」


 「うん」


 そうして学院の門をくぐり外へと出る。整備された道は石畳で整えており歩きやすいし、馬車用と歩行者ように別れているので通行人にさえ気を配ればいいのだが、貴族街なので歩いている人などほとんど居らず気楽なものだ。

 すれ違う人は燕尾服やクラシカルなメイド服に身を包んでいる人が歩いているので、主人から用事でも頼まれたのか、仕事で野暮用でも済ませる為なのだろう。そうしてどこからともなく馬車を引く馬の蹄の音が近づいて大きくなり、また遠くなっていく。


 「なんだか、こうして歩くのって新鮮かも」


 「基本、移動は馬車だからな」


 ジークの言う通り基本の移動は馬車である。王城に行く際は教会が所持している馬車を利用するし、魔物討伐の際も最後尾の方で幌付きの馬車に乗り込むことが殆ど。歩くことって少なくなったよなあと、取り留めのない会話を交わしながら、高級区画をしばらく歩いていればようやく公爵邸が見えてきたのだけれど、端から門までがまた遠いのが笑えてくる。


 「貴族ってよくこんな広い家に住めるよね。維持管理が大変だし、無駄な気もするんだけれどねえ」


 元々孤児で貧乏性だからこういうことにはあまり憧れないし、掛かる費用とかが凄く気になる口である。


 「まあ見栄やら栄誉やらで、ああせざるを得なくなった連中だ。一応、優秀な血で代を経てるんだから、問題ないだろう?」


 「ジーク、辛辣だね」


 「かもな」


 鼻を鳴らして不機嫌になるジークは、あまり貴族が好きではない。貴族から治癒依頼の要請があり、私と一緒に護衛でくっついて来たときに偶々その貴族が横暴な人だったので、その辺りが関係しているのだろう。

 私はその貴族からお金をぶんど……ふんだ……いや違う、寄付という形で頂くものは頂いているので、悪態をつかれようが暴言を吐かれようが、命にかかわらない限りはどうでもいいと割り切っているけれど、若いジークには無理からぬことのようで。

 

 大きな門柱横に立つ警備をしている公爵さまが雇っている私兵に声を掛け手紙を見せると、屋敷の中へと案内され絵画ルームを通り抜けて客間へと通された。公爵さまはまだ部屋には来ていないので、屋敷の使用人が呼びに行ったのだろう。壁際で立っているジークとリンには申し訳ないけれど、ここでは仲間ではなく聖女とその護衛となる。


 「済まない、待たせたかな?」


 「大丈夫です、閣下」


 座っていたソファーから立ち上がり、部屋へとやって来た公爵さまに頭を下げる。手紙でのやり取りは月に一度程あるものの、そうそう簡単に会える人ではないので久方ぶりに会った。また少し皺が増えたなあと感慨深く、立ったまま公爵さまの動きを見守り『座れ』と言われてようやく座る。


 「さて、お前さん相手に貴族のやり取りなど不要だろう。――結果は?」


 「閣下のお陰もあって、みんな合格することが出来ました。ご支援とお心遣い感謝いたします」


 そう言って着座したままではあるが頭を下げた。


 「かまわんよ、気にするな。それにまだ若いのだ、聖女としての務めも大事だろうがそれ以外にも道はある。学ぶこと知ることは選択肢を多く増やすということだ。学院で何を得て何を掴みとるのかもお前さん次第、精進しなさい」


 「はい。――では用も済みましたので、これで」


 「ああ、また手紙を送ろう。近況の知らせはそれで頼む」


 片手を挙げて従者の人に送り届けてこいと合図を送る公爵さまに、また頭を下げて退室し、長い廊下を歩きエントランスホールへと辿り着くと、従者の人が立っており馬車で送ってくれるそうな。断る理由もないので快諾し、教会の宿舎へと帰路についたのだった。


 一方、屋敷を後にする私たち三人を、公爵さまは私室の窓から見ていたようで。


 「――年を取るものではないな。我ながら似合わぬことをしている」


 「御館さま? ――ええ、確かに珍しいことではありますが」


 「聖女としての役割を理解して大人のように振舞ってはいるが、あの暴れ馬が大人しく学院で過ごせるのか……さて、あの子はどんなことを仕出かしてくれるやら」


 公爵さまとお付きの老執事がこんなやり取りを交わしていたことなど露知らず、私の学院生活がもうすぐ始まるのだった。

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