第8話:孤児院。

 試験を受けた二週間後、試験結果が送られてきた。細かく分析された採点結果は苦手部分を補って今後の役に立てろいうことなのだろう。この結果は合格者のみに送られるそうで、落第者には結果が知らされることはない。


 「凄いじゃないか、ナイ」


 「うん、凄い」


 「うーん。……凄いのかなあ」


 教会の宿舎に併設されている食堂で三人が集まり、試験結果の用紙を回し読みしていた所だ。私の筆記試験の結果は全て満点に届かずのところで終わってた。どこかしらでケアレスミスをして数点を落としている。満点を微妙なラインで取れないことが自分らしく、締まらないなあと苦笑しつつジークとリンの結果にも目を通す。


 「騎士科のボーダーラインを余裕で超えてるジークも凄いよ。リンは……ギリギリだったね、筆記は」


 リンは元々勉強が苦手だったから仕方ないけれど、もう少し点数を上げることも出来たように思える。実技の結果は二人とも有無を言わさずの結果だった。私は普通科に入るので実技の結果は白紙状態。まあ魔術科に引き抜かれた人がいるなら、詳しく分析されているんだろうなあ。魔術科の教師は変態が多いと噂だから。良い意味でも悪い意味でも。


 「……ナイを守れる力があればそれでいい」


 「嬉しいけれど、自分のことを一番に考えようね」


 その言葉を聞いて、突き放されたような子犬みたいな顔になるのは罪悪感が湧くので止めて欲しい。

 私を一番に据えずに自分の事をもっと優先して考えて欲しいものだけれど、孤児時代から一緒なので離れるという考えには至らないのだろうか。

 いまだにしょげくれてるリンの頭を撫でると、抵抗する素振りはみせないのでどうやら少しはご機嫌が戻った様子。年を追うごとに身長と体格にも差が出てきているので、知らない人が見ると年下が年上を慰めている構図になるというヘンテコな光景は、実情を知っている教会の宿舎では微笑ましく見守られていたりする。


 「良い匂いしてきた」


 くんくんとリンが鼻を鳴らしながら、先程とは打って変わってへにゃりと笑う。部屋には微かに甘い匂いが漂っているので、嬉しいのだろう。

 ジークはあまり甘味やお菓子には興味を示さないので、黙って椅子に座ってるのだけれど、部屋に戻らずこうして付き合ってくれるのだからマメなんだろう。


 「もうすぐかな」


 かたりと音を鳴らして木製の椅子から立ち上がり、石釜へと近づいいて火力を見る。このままでも十分に焼けるかと椅子へと戻る。


 「順調?」


 「うん、今回は上手くいくはずだよ」


 教会が運営している孤児院に行こうと、お菓子の差し入れを作っていたのだ。あまりお金はかけられないのでバターや砂糖は少なめになっているけれど、甘味なんて滅多に食べられない故に喜ばれるんだよなあ。

 前世で飽食時代を体験している身としては、切ない限りである。この世界での庶民には砂糖やバターは高級品だけれど、教会に寄付として貢がれるために神父さまが使い切れないから『おさがり』だと告げられ頂いたのだ。

 

 「楽しみ」

 

 菓子でも作って花嫁修業しなさいという神父さまなりの配慮なのだろうけれど、結構大変だったりする。オーブンレンジなんてないし、道具もお粗末だし、ベーキングパウダー……ようするにふくらし粉なんてないので、美味しく作るには時間と労力が随分と必要になる。


 教会は清貧を旨としているから魔術具で作られる冷蔵庫も満足にないのでバターなんて日持ちしないだろうし、消費することもままならなくて、それならば孤児院に訪問することになっているから作って持っていこうという話になった。小麦粉は王国では安価に手に入れることが出来るので、クッキーを作るのに適しているといわれる品種のものを購入して作っている。


 庶民に普及しているクッキーは滅茶苦茶硬かったりするので、初めて食べた時は歯が折れると錯覚するくらいには硬かったし味があまりしない。

 なんぞこれと疑問を感じつつ、五年前はお菓子なんて口に出来なかったので、咀嚼しているとほんのりと口の中に広がる甘さに幸福感を覚えたものだ。五年前が懐かしいと苦笑しながらもう一度釜の様子を見れば、火は十分に通ったようでいい色をしていた。厚手の手袋をはめて道具を使って中から目的のものを取り出す。


 「ん、大丈夫かな」


 どうにか奇麗に焼けた。試行錯誤しながら、何度か失敗しているのでこうしてきちんと焼き上がりをみると嬉しくなる。一応魔術具としてオーブンレンジっぽいものは存在するそうだが、手に出来るのは極一部。

 手に入らないなら仕方ないし、こうして工夫するのは嫌いじゃない。それに娯楽が少ないので時間が余るということもある。本を読むことも出来るけれど、教会にある蔵書はこの五年間で読破してしまったので、暇つぶしの為の道具を見つけるのが大変だ。で、見出したのが料理である。作れるレパートリーがかなり少ないけれど。

 

 「味見していい?」

 

 「いいけど、まだ熱いよ」


 「ん、気を付ける」


 鉄板から皿へと移したクッキーを手に取り幸せそうに頬張るリンを見ながら、ジークの方を見る。


 「俺はいい。すまん、甘いものは苦手なんだ」


 「知ってる。一応ね」


 知っていて聞いたので肩を竦めながら笑うと、ジークも笑い返してくれたので気にしてはいないだろう。


 「ナイ、口開けて」


 「あ」


 背丈の違いもあるのか親鳥がひな鳥に餌をやるようだったと、後からその場に居た人から聞いた。リンと私の年齢は一緒の筈なのにどうしてこうも成長に差があるのか、身長もそうだけれど出てる所は出てるし引っ込んでる所は引っ込んでる。

 私は顔もそうなんだけれど、凹凸が少ない。神さまなんて信じていないけれど、こればかりは絶対に捻くれてる神さまの嫌がらせだと思ってる。


 半分に割られたクッキーを口の中に放り込まれて咀嚼すれば、ほんのりとバターの味が広がる。自分で作っておきながら、会心の出来だと目を細めながら、とりあえず袋に包んで孤児院に行こうと二人に声を掛ける。

 教会が運営している孤児院へと向かう、といっても教会関係者の宿舎からほど近いので直ぐにつく。きいと鳴る蝶番の音と同時に、部屋の中で遊んでいた子供たちがこちらに気付きわらわらと私を取り囲む。


 「聖女さまっ!」


 無邪気に笑い私に群がって来るんだけれど、クッキーを持参しているのを目敏く嗅ぎつけたのだろう。前に今度来るときは何か差し入れをすると伝えていたし。一人の子に渡すとシスターの下へと走っていく。時間以外に食べることは基本駄目だと教え込まれているから、食べていいのか許可を取りに行ったのだろう。

 

 「元気だね」

 

 「だな」


 顔を見合わせて笑う二人を見ていると、また奥から他の子どもが出てくる。


 「ジーク兄、リン姉っ! 遊ぼうっ!!」


 二人の手を握り外へと出ていった。子供の相手は慣れているし、いつもの事だから放っておいても問題はない。先程の子供たちよりいくぶんか年上の線の細い少年がこちらへとやって来て、私と対面する。

 

 「ナイ」


 「やっほ。久方ぶり、と言っても二週間弱ぶりか」


 彼は私が孤児だった頃の仲間の内の一人だ。この孤児院で住み込みで働いている。同じ境遇の子供を見て見ぬふりは出来ないからと、孤児院の職員として生きることを決意した優しいヤツである。


 「入学手続きとかで忙しかったんでしょ? こうして顔を見せてくれるだけでも有難いよ。子供たちは『聖女さままだ来ないの?』って待っていたから」


 「食べ物につられてるだけのような気がするけれどね。もろもろの手続きは終わったからこっちに来れる回数増えると思うよ。相変わらず忙しいんでしょ?」


 一応聖女としてある程度のお勤め代を貰っているので寄付をしても良いんだけれど、この辺りは貴族の役目でもあるので余計なことは出来ない部分もあるし、いろいろと制約がある。

 大金を寄付して横領されたりとかザラにあるから、お金に関してはだいぶ敏感である。なので必要な物品の方が有難い部分もあるそうで。あまり品物を寄付することは出来ないけれど、こうして顔を出すだけでも良いそうだ。 


 「ああ、うん。公爵さまに援助してもらってから大分環境は良くなったけれど、それでも人手は足りないから大変だよ」


 実はこの孤児院は公爵さまの援助を受けている。まあ私が公爵さまに願い出て快諾されたのが縁なのだけれど。それまではもっとぼろぼろで経営もいっぱいいっぱいの状態だったそうだ。


 「何か手伝うことある?」


 「午後の仕事は殆ど終わったから大丈夫、有難う。――あ、熱を出してる子が居るんだけれど診て貰ってもいいかな?」


 会って真っ先に言われなかったので容体は酷いものではないのだろう。一定の年齢に達していなくても子供の生存率はあまり高くないから、熱でも楽観視は良くないけれど。赤子になると更に低くなる。特にお金を持っていない貧民街の孤児ともなると。


 「了解。そうだ、ちょっとだけ先にシスターに挨拶してからでも良いかな?」


 「わかった、部屋で待ってるね」


 片手を挙げ部屋へと向かっていく彼の背を見送ったのだった。

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