第6話:試験開始。
そうして十五歳になる少し前――入試当日。
どうやら貴族の子女の皆さまは試験は免除――後から聞いた話であるが一定の教育水準まで各家庭で施されている為――だそうで、会場には平民の人のみで取り行われるようだった。それでもなんとなくではあるが商家お金持ちの人たちとは隔たりがあるようで、試験前の会場となった学院の教室は見えない線引きがあった。
「机に記載されている番号に従い着席してください」
かたりと教室の引き戸を開けて、試験官が数名やってきて、部屋へと入るなり教壇に立ち声を上げる。受験者数はさほど多くはないので、当日に試験結果が出るという。夕方には結果に関わらず公爵さまの元へと報告に行かなければならないので、今日は忙しくなりそうだ。
まあ、何日も試験結果を気にしながら過ごすよりも、こうしてすぐ結果が出る方が心穏やかでいられるだろう、捉え方次第だろうけれど。
「机上には試験番号と受験票、そして問題用紙と回答用紙が揃っていますね? もし、揃っていない場合があれば申告を――」
こうして試験官からの諸注意から始まり、開始の合図までそう時間はかからず。静かな教室内は独特な雰囲気に包まれ筆を走る音だけが響いていた。
筆記試験は無事に終了し実技試験へと移行する為、試験会場から出て学院に併設されている運動場へ受験者と共に向かうことになる。学科別で筆記試験が行われたので、別の学科の人たちとも合流。きょろきょろと辺りを見渡せば、背の高い二人を簡単に見つけたのでそちらへと足を向けた。
「ジーク、リン」
少しざわついているグラウンドだったけれど声が聞こえたのか、こちらへ視線をくれた。二人とも笑ってゆっくりと体を私が居る向けると、ちょうどその場へと辿り着く。
「ナイ、手ごたえは?」
「ん、それなりに。二人は?」
「そうか。――多分、大丈夫だ」
「騎士科は筆記より実技が重視されるから……そっちで頑張る」
それなら気張らないとねえとリンの言葉に返事をする。騎士科や魔術科は机上での勉強よりも実地でどれだけ動けるかの方が重要だそうだ。もちろん貴人の護衛等を行う時もあるので礼儀作法も必要となるのだけれど、それは在学中にということだろう。
騎士科と魔術科が普通科や特進科よりも受験者の数が多いのは、安定した就職先プラス高給取りとして最も優れているからである。街で職人や商家に弟子入りして腕を磨くよりも、強さに自信があれば良いのだから。
「番号を呼ばれた者は、開始線へ」
小声で雑談をしていると、どうやら始まったようだ。いまグラウンドで相対しているのは騎士科受験の少年二人だった。
「剣技を競うんじゃあないんだね」
そう。騎士科なのだから剣の扱いに長けた者を合格者にしそうものだけれど。無駄話をしていると、一番初めに呼ばれた組みの手合わせが、試験官の開始の声と共に始まった。
「訓練を受けていないと、木剣でも流石に危ないからな。問題が起こり辛いように、徒手空拳で自力勝負をすることになっているらしい」
「へえ。じゃあ本格的に剣を扱うのは学院に入学してからなんだね」
身体能力の高い人を集めるだろうし、基本的な剣技の習得は早そうだ。騎士を目指して騎士科に入るのだから、ある程度の嗜みはありそうだしね。
ただ試験で事故が起こって責任問題となると困るのだろう。学院に入ってから起こっても問題かもしれないけれど、一筆書いてもらっていれば回避できるだろうし。魔法もあるし、王政なんてものをとっている国が多いので命の価値が安いからなあ、この世界。人権が保障されるような文化レベルになるには、もう何百年か必要になりそうだ。
「うん。慣れたら実習で王都近くの魔物が住む森に行ったりするみたい。……全学科合同訓練もあるって聞いてるから、一緒になれるといいな」
リンと私で頷きあう。入学すればそんな行事があるのだと聞いているのだけれど、一緒になれる確率はどんなものなのだろうか。
「決着がつきそうだな」
ぼそりとジークが呟く。どうやら第一試合が終わりそうになっていたらしい。視線をそちらへと向けると、確かに対戦相手の片方は満身創痍で肩で息をしている。素人目でも分かるのだから、もう終わりなのだろう。しばらくしてボロボロだった方の少年が白旗を上げたのだった。
「次の者、前へ!」
「……行ってくるね」
ざっと力強く踏み出して袖をまくりをしながら開始線まで歩いていくリンと、同じように開始線へと歩いている対戦相手はがっしりとした少年だった。
「相手は女かよっ! 私の相手にならなん! 試験官殿、相手の変更を求める!!」
切りそろえた短い髪を逆立て興奮した様子で抗議している。女の子で騎士科の試験を受けているのはリンだけで、対戦相手が弱く余裕で勝ったとあれば他のメンツから揶揄されるのを恐れているのだろうか。
身なりも小綺麗なのでお金持ちである程度の教養と実力は持っているようだった。自信があるというのに相手は背の高い細身の女子である。だから彼は余計に腹立たしく対戦相手の変更を求めた。
「ジーク、対戦相手強そうだけれど……大丈夫なの?」
心配になりジークを見上げると、にっと笑い顎で彼女の方を指した。それに倣い視線を変えるとリンは無表情のまま静かに様子をうかがっている……というか何も考えていないかなアレは。
「大丈夫だよ。アイツだぞ」
言葉を聞きそれもそうかと視線を戻して開始線へと向かったリンを再度見る。彼女は私たち三人の中で一番単騎での物理攻撃能力が高いのだから。彼の対戦相手変更の願い出は許可されることなく、不満たらたらといった様子で開始線へと立つ。
「おい、女が相手だからって手え抜くんじゃねえぞっ!」
「よかったじゃないかっ! 楽が出来て合格できるなんてっ!!」
仕合を見届けている人たちのヤジと笑い声を聞いてふと思い浮かぶことがあった。
「……これって勝敗で試験結果決まるのかな?」
「さあな。一度手合わせをしたくらいじゃあ能力有無の判断は難しいと思うが。――まあ内容次第じゃないのか?」
筆記試験の成績はともかく、実技である。良い試合内容であれば勝敗は関係なさそうに思えるんだけれど。それを見定める為に試験官が複数名グラウンドに居るのだろうし。ちなみに試験官の説明では勝った方が受かる、とは言っていなかった。
その為合格基準が謎ではあるが目の前の勝負が始まったので思考を止める。リンは構えも取らず自然体のままだった。自分の護衛を務めてくれているのだから、彼女の実力は知っている。知ってはいるが、不安になるものである。ずっと一緒につるんでいたし、仲が悪いわけでもない。むしろこれまでのことを考えれば、リンやジークを含めた孤児仲間は家族のようなものだから。――だから。
「リン、頑張ってっ!!」
声を張る。嬉しそうにこちらを向いて笑って一つ頷くと、前を向き先程までと同じ顔へと戻った。こういう時どう声を掛ければいいものが迷ったけれど、多分きっとこれでいい。
「双方、共に礼!」
リンは表情を変えないまま、対戦相手の少年は苛立ちを隠せないまま礼。試験官の『始めっ!』の合図が鳴ったのだった。
「――余裕そうにしやがって……――はっ!」
開始の合図から数秒、一足飛びで相手がリンとの距離を詰めつつ利き腕であろう右を後ろへと引き絞った。
「大振り過ぎだ」
冷静に状況を見ていたのだろう。私の横に立つジークが小声で呟くと同時、少年は引き絞った腕を前にと出す為に射程圏内へ入ると一瞬だけ動きを止め腰を入れ踏ん張った。
「シッ!」
吐き出される呼気と共に腕がかなり早い速度で繰り出された。私の目では捉えるだけが精一杯で、ジークのように観察しながら状況を察するというのは無理だった。
「……っ」
絞り出された腕を体の軸をずらして相手の懐へと踏み込み難なく弾き、小さく二歩だけ動き相手の背に回るリン。
「ごめんね」
小さく呟いた声がたまたま風に乗り聞こえた直後、手刀を繰り出し相手の意識を刈り取ったのだった。
「――……勝負ありっ!!」
一瞬の事で目を白黒させつつ試験官が勝敗がついたことを告げる。意識を失った少年は、どこかに控えていたのだろう職員たちが担架に乗せられてどこぞに運ばれていった。ゆっくりとこちらへリンが戻ってくれば、ジークが声を掛けていた。
「筋は良いと思う」
「相手が悪すぎたな」
一瞬で勝敗がついたけれど、相手の少年もどうやら実力はそれなりなのだろう。ジークやリンの年齢で、私の護衛といえども魔物討伐に駆り出されるのが異常なのだ。実戦経験のアドバンテージがあるので少年には不利な相手だった。リンもリンで手加減をすれば失礼だと考え、一瞬で終わらせたのかも知れない。
「次は俺の番か」
「兄さん、手を抜いちゃ駄目だからね」
リンが真剣な眼差しでジークに声を掛けるのには理由がある。公爵さまから学院に通えと打診された時、通う意味が本当にあるのだろうかと三人で疑問を呈していたのだ。
公爵さまの厚意は有難くはあるが、もう既に働いているのである。成人になるにはまだ時間はあるが、平民ならば働いていてもおかしくはない年齢だ。だからあまり学院に通う意味が見いだせなかった。
――でも、良い経験にはなるんじゃないかな?
貴族の子女も通っているので少しばかり特殊な環境下ではあるけれど、学ぶということに関してならば王国国内では最高の学び舎である。それに世間を知らない孤児出身ということもあるから、いろいろと足りていない所もある。
これから将来どんなことが起こるか分からない。
魔物が攻めてくるかもしれない、他国が攻めてくるかもしれない。地震雷火事オヤジというように、自然災害だってあるだろう。そういう時に知識がなければ途方に暮れる場合もある。だから学ぶことは悪いことではないし、二人は騎士として私は聖女として吸収できるものがあるのならば良いことだと三人で結論付けた。
「行ってくる」
「気を付けて」
ぐっと握りこんだ拳を軽く上げ、土のグラウンドを踏みしめてジークが開始線を目指す。ジークは騎士科受験生の中でもっとも身長と体格が良いのであまり心配はしていない。
ジークもリンに負けず劣らず強いけれど、指揮官としての適性が強いと魔物討伐の時に一緒になった軍の隊長さんが言っていた。街で偶然会った隊長さんと話し込んでいると、騎士科を卒業した後は軍学校に入らないかと誘っていたので、実力というか将来性が高いのだろう。
「お互いに、礼っ!」
すらっとした背の高いジークの相手は、筋肉をしっかりと纏ったパワータイプ……のように見える。素人だから彼がどんな実力なのかは、始まらないと分からないけれど。
緊張した様子も見せず落ち着き払った様子で口元を真一文字に結んで片端を歪ませているから、こういうことには慣れているのかも。ジークもジークでいつも通りなので大丈夫だと思うけれど、実力差は見ただけでは分からないのでどうなることか……。
「――始めっ!!」
試験官が真正面へ伸ばした右腕が真上にあがり、試合が開始されたのだけれど互いに動かない。その様子に試合を観戦していた人たちからどよめく声が聞こえ始める。意図が分からずリンの方を見ると、私に気が付いたのか少し苦笑いをみせて、こう言った。
「……兄さんの悪い癖が出てる」
ジークの悪癖は物事を進める際に凄く考えながら行動を始める。訓練でもいろいろ試しており、なるべく動かず相手の力を利用して勝つことが多いと聞いている。
試験だというのに、ジークは何か思いつき試すつもりなのか。でも騎士科の実技試験は魔術の使用は禁止されているから、出来ることも少ないように思えるけれど。
「焦れた相手が先に動いたね」
表情ひとつ変えずただ開始線で立っているままの相手に焦りを感じたのか咆哮を上げて前進すると同時、距離を詰められまいとようやく動き、長い足を生かして後ろへと下がるジーク。
後ろへ下がることを想定していなかったのであろう相手は、一瞬きょとんとした表情を見せたのち顔を紅潮させ怒りを露にした。随分と短気だと思考がよぎり、ジークはコレが目的だったのかと悟る。
「この野郎っ! 馬鹿に、するなああああっ!!」
体格の良い少年は勢い任せに左右から大振りの拳をジークの顔に当てようとするけれど、軌道が単純で読まれていることに気が付かない。落ち着いた様子でしっかりと目を向けて、その軌道を読み当たる直前で小さく体の軸をずらして避けているジークを睨みつけ、怒りの炎をあげる対戦相手。
「……あ~」
「挑発に乗ったから、兄さんの意図通りかな」
あまり感情の変化を見せないのはこの双子の兄妹の特徴なのだろうか。ジークも澄ました顔をしているし、試合を観ているリンも顔色ひとつ変えていない。周囲はジークの挑発にようやく気が付いてざわざわとし始める。リンの試合がすぐ終わってしまったので、血気盛んな若者はこういう展開を望んでいたようだ。明らかにボルテージが上がっていた。
「どうするつもりなんだろう」
「ね。早く終わらせればいいのに」
妹のリンですらジークの行動は理解できないようだった。そうして対戦相手の両の腕から放たれる幾回もの攻撃を軽くあしらいながら、途端視界から消えた。
「え」
自然とそう声が出た刹那、相手は地面に転んだ。
「足払、だね」
リンの言葉でようやく理解が追い付いた。どうやら自ら倒れ込み地面へぶつかる寸前に片手を付き、それを回転軸にして足払いを相手に放った。
おそらく相手の勢いと向きも計算の内に入っていて、軽い足払いで済んだのだろう。視界から消えてしまったのは、地面へとしゃがみ込んだから。長い手足を生かし寝技に持っていき体重を乗せながら首を絞め、意識を奪い取るつもりらしい。
「――このまま落とすこともできるが、どうする?」
「…………っ! 降参だ」
二人の言葉を聞き試験官が『それまでっ!』と勝負がついたことを告げると同時に、ゆっくりと腕を解き立ち上がるジークに周囲の受験生は静まり返る。
「どうしてあんな遠回しに? ……兄さんの実力ならすぐに勝てた」
「最近習った足技を試したかっただけだよ」
こちらに戻ってきたジークにリンが問いかけていた。教会騎士の人から試験が近いからという名目で二人は扱かれていたから、その鬱憤が溜まっていたのかも。
なんだか妙な空気が流れていると感じつつ試合は順調に進み――泥仕合だったり、長丁場になったりと面白い――騎士科受験の人たちの試合が終わり、次は魔術試験へと移行し先に魔術科への入学を希望する人たちから実技試験が始まった。
流石は魔術科を志望している人たちだけあって、魔術行使に淀みがない。慣れていないと詠唱に手間取って威力が落ちたりもするし、緊張で魔術が発動しないとか結構あるのだけれど、自信を持っているのだろう。そういう人は居なかった。派手な魔術には歓声が上がり、威力が高く行使することが難しいといわれている魔術にはどよめきが上がる。
流石、王国内での最高機関を受ける実力のある人が集まっただけはあるなとひとりごちていると、普通科の番になるのだった。
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