第5話:準備期間。
公爵さまの話の数日後、ジークとリンと私が住んでいる王都の教会近くにある教会関係者用宿舎に入試対策の為の資料がどっさり送られてきたり、家庭教師が現れたりと少々騒ぎになっていた。
周囲の人たちは私たち三人が学院へと入ることを歓迎してくれていて、聖女としての仕事は以前よりも減っているし、魔物討伐の遠征も公爵さまから入学の話を貰ってから請け負っていない。権力を持っている人の圧力って本当に効くんだなあと、目の前の本へと視線を向け、ふと隣に座っている彼女の方へと顔を向けた。
「リン。そこ間違えてる」
「?」
かりかりとペンを走らせながら入試対策の為にジークとリンそして私、三人で集まって勉強会を開いていたのだけれど、リンは勉強が苦手なようで。よく頭を抱えて悩んでいるし、所々でこうしてミスをしている。今も私が指摘した理由が分からず、首をひねっていた。
「ほら、ここ。――あてる数式はこっちだよ」
「……本当だ。ありがとう」
さりさりと紙に二重線を描いて訂正するリン。助言すればこうして気付いて正解を書き込めるのだから、問題はなさそうだ。真剣に問題を解いている彼女を見ながら、笑っていると横から声が掛る。
「ナイ。お前はお前で間違えてるぞ」
「え?」
「数学や化学の難しい問題は解けるのに、簡単なはずの地理や文化はてんで駄目なんだ……?」
呆れた声でジークが頬杖を突いたまま、間違えている所を逆の手で指差した。だって仕方ないだろう。数学や化学は前世での知識が役立っている。
前世も孤児として生まれ、ものの見事に荒れに荒れた若かりし頃。
学生時代は不良と呼ばれても差し支えないくらいの行動をとっていた。そんな私が高校を卒業して社会人になったのだけれど、学生時代の悪行が祟ったのか、まともな企業とは言い難かった。
ブラックという噂だけあって仕事内容は過酷を究め、このままでは自殺か過労で死んでしまうなあとおぼろげに感じ始めた頃、精神より肉体が先に悲鳴を上げてぶっ倒れたのだ。そうして仕事を辞め次の仕事先を見つけたのだけれど、そこは大手企業の百パーセント出資の子会社。労働基準法で定められている三六協定も順守していたし、有休消化にも積極的。仕事に必要な資格試験は会社負担だったり、割安で通信教育なんかも受けられた。――実にホワイト。
仕事内容も専門職で、全くの素人でも出来るようにとマニュアルはあるが、深く掘り下げるためには知識が必要だった。
そのことに関して職場の上司は意欲的に教育してくれたし、分からないことがあれば丁寧に教えてくれていた。学生時代よりも学ぶことが楽しかったし、仕事自体も楽しかったから、学生時代に嫌いだった勉強も苦にはならなかったのだから不思議である。
そんな過去があり専門知識のお陰で理系や化学の知識はそれなりに詳しかったから、こちらの世界のものにも転用できたので割とあっさりと覚えられた。
逆に苦手なものは、この世界の常識や知識、地理に歴史だった。それらはゼロからのスタートだったし、覚えるべきことも大量にあったので苦戦していた。
割とすんなり覚えていた二人をうらやましく思うくらいには。
入学試験に受かるには問題ないレベルには到達しているそうだが、成績優秀者は学費が免除されるのでソレを狙っている。
公爵さまにお金の心配は要らないと伝えられているけれど、出来ることならば自力でどうにかしたいものだし。
あとは実技試験、ようするに魔術関連の実技があるのでそっちをどうするべきかを考えるだけなのだけれど、初歩的な魔法を使えるならば問題はないそうだ。
一応、教会の聖女として治癒魔法は十二分に使えるし、魔物討伐の遠征にも出るから基礎魔法は使えるのだ。だからこちらに関しては問題ないだろうと、何も対策をしていない。兎にも角にも筆記試験を頑張る、という状態だった。
ジークとリンも騎士課に受かる為のボーダーラインは超えていて、実技試験も難なくクリアできるレベルに達しているとのこと。私は普通科に通うつもりなので、二人とは分かれてしまうけれど登下校や休み時間は三人で過ごすことも出来るだろう。
「うーん。苦手な所、もう少し力を入れないと駄目かなあ……」
「だな」
「頑張ろう」
前世の学校生活は小学生の時から荒れていたという黒歴史全開の我が人生をやり直すことが出来るのは幸運。――異世界でだけれども。
貴族の人たちと一緒というのは少々の不安要素だけれど、どんな学生生活になるのか楽しみだと、三人でテーブルの上で拳を軽くぶつけ合うのだった。
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