第4話:王立学院入学打診。

 ご用件は、と問いたいところだけれど貴族と平民との間には天と地ほどの差がある世界だ。用事があって呼びつけたのは公爵さまだけれど、位の低い、それも平民である自分から問いかけるだなんてあり得ない。

 貴族であっても、最上位にあたるのは目の前の公爵閣下となるので話しかけるのは彼からが定石。気軽に声を掛けられる人は王族や同格になる公爵家の人たちくらいに限られている。


 「仕事の後だというのに、こんな時間に呼び出して済まないな」


 「いえ、仕方ありません。閣下もお忙しいでしょうし」


 「引退間近の身だよ。大事な仕事などそうそうないさ」


 公爵さまの言葉に同意しそうになるけれど、引退間近でも忙しいはずである。国軍のトップを務めているのが彼だ。忙しくない訳がない。魔物が出れば軍を派遣することになるし、それでも手が足りないならば騎士団や魔術師団の方に要請をしなければならないと聞いている。

 軍と騎士団は余り仲が良くないそうで、騎士団との協力を取り付けるのはかなり骨を折ると、以前愚痴を漏らしていた。


 用意されたお茶に閣下が手を付ける。めちゃくちゃ極上であろう茶器に手を伸ばし私も一口飲むけれど、味が分からない上に熱いというオマケつき。


 「そういう所はまだまだ子供だな――いや、子供か。可笑しな言い回しではあるが……聖女として初めて会ったのが懐かしいよ。もう四年になるのか、いやはや年は取りたくはない……確か十四歳になるのだな?」


 猫舌なので少量しか飲めない私を見て公爵さまが短く一度笑うと、どうやら本題に入るらしい。膝に肘をついて顔の前で手を組んで私を見据えた。


 「ええ、ようやく十四になりました。初めて閣下にお会いした時が懐かしいものです、この四年間いろいろと必死でしたから随分と昔に感じますが」


 本当に色々あった。とりあえず聖女候補という枠に納まり、聖女としてこの国の障壁を維持運用する為の基礎知識に魔法陣の使い方や魔力の運用方法。時間があるのならば治癒魔法も覚えるようにと教会から言われ、聖女として務めていた先任たちから教えを受けた。

 どうにも私の魔力量は一般の聖女よりも高いらしく、求められることが多岐に渡っている。今でも教えを乞う事があるし、知らないことは沢山ある。知識を蓄えることは嫌いではないので忙しくも楽しい日々であるし、前世でブラック企業に勤めていたこともあるのでそれと比べれば何という事はない。――時折、逃げ出したくなる時もあるが。


 「ふむ。そこで、だ。あと一年弱で十五歳になるのだから学院に通ってみないか?」


 「学院ですか、もしかして王立の?」


 「ああ、そうだ。この王都にあるあの学院だよ」


 私が住む街は王都なので教育機関はいくつか存在するのだけれど、その最高峰が三年制の王立学院。もともとは貴族の子女のみが通う場所で卒業と同時に成人するので、貴族としての在り方や交流を学ぶ場所。

 時代の流れなのか商家などのお金持ちの平民も学費と一定の学力があれば入学できるようになり、更に門戸を広げようと成績優秀であれば学費を賄えない者も奨学生や特待生として入れるようになった。学科も貴族として学ぶだけではなく騎士や魔術師の優秀な者を獲得する為に増設されたそう。


 「有難いお話ではありますが、聖女としての仕事と学業の両立は難しいかと。そもそも試験で落ちてしまいますよ」


 割と忙しいのである。軍や騎士団にくっついて従軍医師のような扱いで魔物の処理に向かうこともあれば、治癒師の居ない町や村を訪ね慰問の旅に暫く出ることもある。貴族出身の聖女さまたちは、こういう泥臭いことを実行するのは苦手だから嫌がるし、子供や家族が居る聖女さまも参加を渋る。

 こういうときに未婚でサバイバルに長けている孤児として白羽の矢が良く刺さったりしてた。それはもう割と頻繁に。

 とはいえ悪いことばかりではなく、軍や騎士の人たちと仲良くなることもあれば、村や町の人たちから特産品や野菜やらを頂いたりすることもあるので楽しくはあるのだけれど、私の護衛として付き合わされるジークとリンには申し訳ないのでいつも平謝りである。。


 「その辺りは融通が利くように教会と話を付けておく。学力に関してなら『普通科』ならば問題ないと判断しているし、足りないところは補えばいいだろう」


 あれ、これはもう公爵さまの中では決定事項では、と頭の片隅で考えてしまう。ぶっちゃけあまり興味はないのが本音だ。これ以上の暮らしなんて求めていないし、現状維持で十分である。


 「孤児だったので一般教養はからっきしなのですが……」


 「教会で神父や修道女に教えを乞うていると報告を受けているし、それも平民では難しい内容もきちんと学習しているそうではないか。ならば、なんの心配もあるまい」


 「確かにいろんな方に勉強を教えて貰っていました……ですが貴族の方たちと一緒に混じって同じ学び舎でともに時間を過ごすのは緊張してしまいますし、やはり無理があるのでは?」


 「ぶっ! はははははっ!! お前、言うに事欠いてその台詞かっ! 公爵であるワシと面と向かって会話を交わしている時点でその言葉に信憑性などあるまいてっ!!」


 呵々と笑い膝を叩く公爵さまは破顔する。そんなにおかしなことなのだろうか。平民が貴族と混じって勉強するとか面倒なことこのうえないのだけれども。前世でだってお金持ちが通う私立校と公立校では隔たりがあるし、貧乏人がお金持ちの子が多く通う学校に入ればいじめられるとかで有名だったし。


 「……」


 腹を抱えてまだ笑っている公爵さまにジト目を送りながら、どうしたものかと考える。


 「そもそも初対面でワシと取引したナイが、貴族といえど同年代の子供相手に遅れなぞとるものかっ!」


 嫌なことを思い出されてしまった。貧民街から教会へと行き魔力測定を行ったあの日から一ヶ月後、突然に公爵さまが教会へとやってきて私の後ろ盾となると宣言したのだ。

 公爵位を持つ人がただの孤児にそんなことを宣うことはないはずだし、何か裏があるのだろうと踏んだ。政治的に利用できるのか、個人的になにか目的があるのか、それが何かは分からなかったけれど。

 何か打算があったとしても、孤児の私の後ろ盾になってくれるのは有難いことではある、でもいいように利用されるのは癪だった。

 だから貧民街の仲間を全員救い上げて欲しいと願ったのだ。前世の記憶がある私にはおまけのような今の命なのだから、必死に生きようと足掻いている彼ら彼女らを救って欲しいと。最低限でいい、暖かい食事と寝床を、と。


 「……はあ。分かりました。努力はしますが試験に落ちても知りませんよ」


 溜息を吐いて、公爵さまの提言に乗ったのだった。仕方なく。嫌々。面倒だけれど。でも目の前の彼に悪意なんてないのだろう。純粋に私の行く末を案じて、最善の道を示してくれているのだ。


 「なに、まだ時間はある。家庭教師もつけてやろう」


 にやり、と笑う公爵さま。ああ私を学院へと入れることにどうやら本気らしい。こりゃ逃げられないと諦めていると、さらに口を開いた。


 「ジークフリード、ジークリンデ。お前たちは『騎士科』に入れ」


 壁際に控えていたジークとリンに視線をやって公爵さまは有無を言わさぬ様子でふたりを見据える。


 「はっ!」


 「……はい」


 公爵さまの言葉に短くふたりが答え、胸に右手の握りこぶしを置き騎士としての礼をする。普通なら公爵さまの言葉にはこうして二つ返事で返すよねえと遠い目になりながら、また私の事情でふたりを巻き込んでしまったことに心の中で謝罪するのだった。


 「足りぬものがあるのならば、こちらで用意しよう。勿論、もろもろの学費もだ」


 ここまで言ってくれるのならばお金に関しては心配はいらないのだろう。試験に受かれば制服代に教科書代なんかも必要になってくる。

 受かってもいないのに、受かった先のことを心配しても無駄だし、とりあえず試験に向けていろいろと慌ただしくなってきそうだった。

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