第3話:聖女の務め。公爵さま。

 貧民街で兵士に取っ捕まって教会へ連行され、魔力測定を受け超お高そうな水晶玉を破壊――汎用品でそう高いものではなかった――して聖女候補として修業を受ける日々が始まってから約四年。私の年齢もようやく十四歳となり、成人まであと四年となった。

 

 王城の一角、石造りの部屋で一人、静かに佇む私。


 ――体の中の魔力が消失していく。


 何秒、何分、何時間。時間感覚もなく、魔法陣の上で一人……祈りすら願いすら唱えない。己の魔力が奪い取られる感覚だけが、生きているという証拠で。


 本来ならば神にささげる詠唱が必要らしいのだけれど、以前に偶々一節を忘れてしまい唱えられなくなった時があった。その時詠唱をしなくても自身の魔力が、魔術陣へと吸い込まれていたことに気が付いたので、それ以降は最初の一節――魔術陣を起動するための詠唱だ――だけを唱えて済ませる。

 バレたら大問題になるだろうけれど、生憎とこの部屋には聖女の資格を有した一人しか入れないので誰にもバレない不正である。


 こんな無駄なことを考えつつただ時間が過ぎるのを待ってれば、ようやく魔術陣から光が消えて。


 「疲れた……お腹空いた」


 王国を守る障壁を維持する為、過去の魔術師たちの知恵と技術をたらふく詰め込んで開発した専用の魔術陣の上でひとりごちた。

 この魔術陣とは長い付き合いで早くも四年が経とうとしている。聖女候補として貧民街の孤児から教会に救い上げられ、魔力適性と魔力量が十分だった為、聖女候補から聖女へと格上げされて今に至る。最初の頃はこのお勤めに慣れず、愚痴を零したり逃げ出したい衝動に駆られていたけれど、まあ四年も務めを果たしていればルーチン作業のようなものだった。


 「眠い」


 この役目を終えるといつも空腹感と酷い眠気が襲ってくる。おそらく大量の魔力を魔術陣に提供した結果なのだろうけれど、どうにもならない。

 まあ諦めてさっさとご飯を食べてお風呂に入ってベッドにダイブするというのが、魔術陣へ魔力提供した時の日課である。資格のある者だけが開けるという扉を押し外に出ると、そこにはよく見知ったそっくりのふたつの顔。

 白を基調に濃い青の差し色が特徴の教会騎士服を見事に着こなして壁際に立っていた二人が、こちらへと歩を進める。


 「お疲れ」


 「ナイ、お疲れさま」


 赤い髪に濃い紫の瞳に顔面偏差値がとても高い為にすばらしく整った顔の二人に出迎えられた。二人とも背が高いので、見上げる形になるのはご愛敬なのだけれど、私の背が伸びなくて同年代の人たちよりも小柄だということも含まれた。

 というかこの国の人たち、整った顔の人が多いし、背も高い人が多い。特に貴族やお金持ちの人にはその傾向が顕著だった。目の保養には良いのだけれど、平凡顔の私からすれば羨ましくもある。


 「ジーク、リン。ごめん、遅くなったね」


 二人とも普通に平民として生きる道もあったというのに、聖女となった私の護衛を務めてくれている。

 彼と彼女が教会騎士として職に就けたのは身体能力が高かったことが起因していた。私専属の護衛にならなくても他の聖女さまの護衛に就くことだってできるし、筆頭聖女さまの護衛に就く話もあったと聞いている。最上位の聖女さまの護衛ともなればお給金だって沢山貰えるというのに、それでもこうして気の知れた仲の二人が私の側にいてくれることは有難いことで感謝している。


 「いや、いつも通りだ。――疲れているから部屋に戻ろうと言いたい所だが、今から公爵さまの所に行かないとな」


 「……」


 私の言葉に返事をするジークと、もともと喋ることが得意ではないリンは会話を聞いて頷くだけだけれど、いつの間にか私の横にぴったりとついていた。


 「うん。呼び出し貰ってるし、流石に忘れると後が怖いから」


 苦笑をしながら足を進め、長い廊下の外へと向かうと陽が沈み星空が浮かんでいる。まだ科学的文明が発達していない為なのか、明かりの少ない地上のお陰で空には星々が煌々と輝いていた。

 月っぽい大きな衛星が二つあるのは不思議な感覚だけれど、この夜空は奇麗で美しい。こうして空を見上げる余裕ができたのは聖女として教会に保護されてから。孤児時代を思い返すと随分と無茶をしたものだと、口元が伸びる。


 「ナイ……どうしたの?」


 「いや、あの頃に比べると平和だなあって」


 うん、本当に。年中腹を空かせ、空きすぎて眠れないこともままあったこともあれば、隠していた食料を貧民街に住む大人に無理矢理に奪われたこともある。女だったからという理由で寝込みを襲われた――仲間内全員で襲ってきた大人をボコったけれど――こともあった。


 「ナイのお陰だよ?」


 「ああ。あの時つるんでいた全員が死なずにこうして暮らせているのは、お前のお陰だ」


 「大袈裟だよ二人とも。みんな自分で頑張ったからこうして生きていられるんだよ。私はその切っ掛けを作ったに過ぎないだけだから」

 

 よくこの話になる事がある。別に大したことをした覚えはない。世情的に、生きようとする意思がなければ生きられない世界だったし、最底辺から抜け出すには努力が必要だった。

 んー、と照れ隠しで歩きながら背伸びをすれば二人はやれやれといった感じで顔を見合わせて肩を竦めていた。


 先程の場所より少し趣が変わると、空気も一変する。


 ここから先は王城に勤める人たちが行き交う廊下になるので、聖女として真面目を装って歩かなければならないので、二人は私の後ろに控えた。

 平民でこの城に勤めている人たちや騎士爵や準男爵位の人たちは私の顔をみると、廊下の隅に移動して一旦立ち止まり軽く頭を下げる。そしてそれ以外、ある程度位の高い貴族階級の人たちはそのまますれ違いながら私を見定めるような視線を送ってくる。

 体裁上、聖女である私が頭を下げる必要があるのは王族のみとなっているのだけれど、あくまで体裁上だ。ちなみに聖女として最高位の『筆頭聖女』となると平伏せんばかりの勢いで頭を下げられるので、あまり就きたくはない職位である。

 

 今代の筆頭聖女さまは高齢で代替わりを検討しているそうだが、私の他にも聖女は複数人存在しているし、高位貴族出身の人も居るから政治の都合上、孤児である私がその地位に就く可能性は低い。

 

 そんなこんなで王城の長い廊下を歩いていれば、呼び出しを受けている公爵さまの執務室まで辿り着いていた。公爵さまは王族に次ぐ地位の立場の人で扉の外にも警備の近衛騎士が立っているので、ジークが代表してその方に声を掛け部屋の中へ居る人へと取り次いで貰う。気楽にノックと入室の声掛けだけで済めば楽で良いのだけれど、貴族という人たちは面倒なものでこうした手順やしきたりを慮る。


 「聖女さま、閣下の許可が下りました。中へどうぞ」


 私の名前が城に勤めている人たちに呼ばれることはほぼない。王城の中でならば顔はそれなりに売れており、その理由は聖女だから。

 でも孤児出身の聖女は嫌われている風潮があるので、名前を覚える気はないのだろう。まあ貴族の人たちにとって、孤児出身の聖女なんて付き合いがあったとしても得することがないというのが有力か。


 「よく来たな、ナイ」


 で、ガタイの良い巨躯にかなりいかつい顔で渋く低い声を発する公爵さまは私の事を名前で呼ぶ例外だった。ロマンスグレーの髪をかっちりと後ろへ撫で付け、生えている髭もきっちりと整えてある。

 執務机の椅子から立ち上がり、応接用のソファーへと移動すると一人掛けの椅子に腰掛けた公爵さまに、ゆっくりと首を垂れる。ジークとリンは、静かに壁際で警備をしている騎士たちと並んでいる。


 「ごきげんよう、閣下。命により馳せ参じました」


 あまり使い慣れないカーテシーをして顔を上げると、公爵さまは苦笑いを浮かべていた。貴族ではないけれど、礼儀作法はきっちりと教会のシスターたちの手によって施されている。貴族の相手も時折努めなければならなかったので、本当必要最低限ではあるが。


 「そう畏まるな、気持ち悪い。――さあ、座り給え」


 気持ち悪いだなんて失礼なと思いつつ、それはおくびにも出さない。失礼しますと一応の断りをいれてソファーに腰掛けると、随分とお尻が沈んでいく。高級なのは理解できるけれど、この沈み込み過ぎのソファーは何度座っても苦手。そんな私を知ってか知らずか、公爵さまはお付きの老執事さんにお茶を用意するようにと命じていた。


 公爵さまとは手紙で近況報告を定期的に行っているのだけれど、こうして直接会うのは大事な話がある時だ。いつもと変わらない顔色の公爵さまを見つめながら、さてはて何を言われるのやらと身構えるのだった。

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