第15話 卑劣な罠

な……なんじゃあこりゃあ!?

こ、声が、出ん!? そんなバカなことがあるかぁ! さっきまでは、いつも通り出よったほに!?


ど、どねぇすりゃあええんじゃあ! トシに……最後に祝福をくれちゃろう思うたほに……声が……ちいとも出ん……


「そ、そんなぁ……ナルミアーナ様……歌ってくださるって! 祝福の曲を……それなのに今になって約束を破るなんて……あんまりです!」


ち、違っ……声、声が出んのじゃあ!

おんどれみてぇな女狐でものぉ、トシと婚約する以上は祝福をくれちゃろう思うちょったんじゃあ……

ワシが約束破るわけなかろうがよ! そんなことも分からんほかトシぃ! おめぇとのデートだって遅れたことなんざ一度だってなかったろうがよ!


「ナルミアーナ……お前やはり我らの婚約を妬んでいたんだな! お前がどうしてもと言うから奉祝曲を歌うことを許してやった! お前が望むから教会ではなく王宮で宣誓式を行うことも! それを……よくも我らの顔に泥を塗ってくれたな! 許せん! 衛兵! ナルミアーナを引っ捕らえよ!」


なっ、何を言いよるんじゃあトシ……おめぇが頼むから……わ、ワシは、ワシは本当にお前らに祝福をくれちゃろう思うて……じゃが声が出んのんじゃあ! 分かってくれぇや! のおトシぃ!


「執事もいたはずだ! そちらにも兵を向けよ!」


た、タダオ! 逃げ、逃げえ! お前だけでも逃げるんじゃあ! そしてオヤジに……ぐっうう……


「ナルミアーナ、残念だ。連れて行け!」


ぐおっ、縄が……痛ぇ……トシぃ……見るな! そんな憎らしげな目でワシを見るなぁ! 違う、これは違うんじゃあ! ワシは本気で、本気で歌ぉてやりたくて……トシぃ!






「神妙にしろ!」

「貴様がナルミアーナの執事だな!」

「神聖なる宣誓式を冒涜した罪は軽くないぞ!」


すっと身構えるタダオ。しかし、反論をしようとして顔色が変わった。そう、タダオもまた声が出なくなっていたのだ。普段から独り言を言うタイプならば声が出ないことに気付いたのだろうが、タダオはそうでないらしく今の今まで気付かなかったのだろう。


先ほどのメイドに毒を盛られたことに……


「ほう? 反論しないのか。いい心がけだ」

「では大人しくお縄についてもらおうか」

「ナルミアーナ次第では微罪で済むだろう。抵抗するなよ?」


そして、ナルミアーナも声が出ず宣誓式で失態を犯し、拘束されたことにも思い及んだ……

ならば自分がすべきことは……


両手を揃えて差し出す。ここに縄をかけてくださいと言わんばかりに。


「よぉしそれでいい」

「ふっ、マウントマウス家の執事も案外大したことないな?」

「まったくだ。騎士団の強さは有名だってのにな」


衛兵がタダオに縄をかけようとした瞬間、タダオは逆に衛兵の手を取り「おっごぉ……」無防備な頭へとハイキックをめり込ませた。


「き、貴様ぁ! 抵抗するか!」

「執事風情が栄えある宮殿衛兵に勝てるとっでぼっおおぉ……」


もう一人は鳩尾にタダオの爪先が刺さっている。鎧を着用していなかったことが災いしたらしい。


「なっ!? き、貴様ぁ! もう許せっんんっぐぶぶぶふおおお……」


三人目は自らの縄で首を絞められている。ただし意識を失わない程度に。そのまま三人目を踏みつけたままタダオは床に筆を走らせる。


『お嬢様を拘束したのか』


「うぐっ……そ、そうだ……」


『これは冤罪だ。ヒラミヤコ家の手の者に毒を盛られて声が出ない』


「なっ、なんだと?」


『証拠はそこに残っている。検分しろ』


「わ、分かっだっあがっごぼぼぼっ」


気付けば三人目の衛兵の首筋に細長い針が突き立っていた。気配を感じたタダオが目を向けると、そこにいたのはヒラミヤコ家のメイドだった。何も喋らずタダオを見つめている。


メイドのエルザはすっと部屋に入り込むと倒れている衛兵の首に針を刺していく。タダオがその異様さに飲まれている間に残り二人の息の根は止まっていた。

かくなる上は部屋を脱出するべく猛然と出口に駆けるタダオ。殺気はあるものの、それを妨害しようともしないエルザ。


その時、タダオが部屋を脱出するのとちょうど入れ違いで他のメイドが入ってきた。


「きゃっ! エルザ!? 何があったの!?」


しかし、苦しそうに喉を押さえるのみで何も話さない。


「衛兵の方達が!? どうなってるの!? エルザ大丈夫なの!? あ、もしかしてさっきの人!? 執事っぽかったけど!」


首を縦に振り、指を差すエルザ。


「あの人が犯人なのね!?」


やはり首を縦に振るエルザ。


「分かったわ! すぐ知らせてくるからね!」


そのメイドが部屋を飛び出ると、エルザは表情も変えず淡々と証拠を消す作業に移った。床の文字を消し、ナルミアーナ達に飲ませた茶葉と茶器を確保した。

その上で衛兵に刺さった針を抜いて、何食わぬ顔で部屋を出ていった。

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『聖女なのに口調がヤクザすぎる』と婚約破棄された令嬢の本当の可愛さを知るのは自分だけでいい。 暮伊豆 @die-in-craze

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