第14話 ナルミアーナの決意
「ほぉ、ええ香りじゃのぉ。いただくでぇ」
ぬるめに淹れられた茶をナルミアーナは迷うことなく飲み干した。
「うめぇ。ヒラミヤコのウージ茶たら言うたのぉ。覚えちょこういや。はぁええでぇ。後ぁこいつがやるけぇのぉ」
「かしこまりました。また後ほどお迎えにあがります」
「おお。トシによろしくのぉ」
愛した男の婚約パーティーに呼ばれただけでなく、あまつさえ祝福の曲を歌うことを了承したナルミアーナ。そして豪胆にも憎き女を彷彿とする茶を平然と飲んでみせた。
いったいどれだけ強い心を持っているのか……タダオは改めてナルミアーナへの敬意を新たにした。
「タダオぉ、ワシぁ決めたでぇ。セレブレーションを歌ぉてやらぁ」
「お嬢様の、お心のままに」
「一曲だけ歌ぉたら、マウントマウスに帰ろうのぉ。もう王族じゃあ聖女じゃあなんたらぁごりごりじゃあ。今の時期、あっちの山ぁ新芽が出始めちょるんじゃろぉのぉ……」
「その通りかと。どこまでもお供いたします」
「へっ、マサの野郎も付いてくるたら言いよったがのぉ。おめぇもせっかく執事にまでなったほによぉ? あねぇなド田舎まで来んでもえかろうにのぉ」
「私はお嬢様ただ一人のための執事ですから」
「それかぁ……」
ナルミアーナにはタダオの目が何の意思も感じさせない冷徹さを湛えているように見えている。執事だから付いてくるのが義務だとでも言うかのように。タダオの本心も知らずに。
一方、王宮の大広間では『宣誓の儀』が終わったところだ。神の前で婚約を誓う儀式である。したがって本来ならば聖白絶神教会の総本部で行うべきところだが、フランソワーズが嫌がったのだ。あのようなカビ臭い地味な建物なんて嫌だと。もっとも、対外的には王家の威信とヒラミヤコ家の財力を示すためだと思われている。建国以前より歴史のある教会総本部、その荘厳な大聖堂での式を嫌がる者など常識では考えられないために。
「それにしても王子はお心が広くていらっしゃいますな」
「然り然り。まさか自らが婚約破棄をしたナルミアーナ様をこのパーティーに招かれるとは。器の広さが違います」
高位貴族達がトシスイを囲みお
「ナルミアーナからぜひ奉祝曲を歌わせてくれと頼まれたからには否やはない。私もフランもそれを断るほど狭量でないからな」
「なんと! ナルミアーナ様からのお申し出だったのですか!」
「おおぉ、空のように澄んだお心をお持ちではないですか! まさに聖女! いや、感服いたしました」
こちらは本音だ。ただし、あくまでトシスイの言うことが本当なら、の話だが。
当然今さら違うとも言えず言葉を濁すだけのトシスイ。先ほども持ち上げられた手前フランソワーズに頼まれたからなどと言えるはずもない。
そして時が来た。
「ご来場の皆様。お待たせいたしました。これよりナルミアーナ・クレ・マウントマウス様によるご両名に捧げる奉祝曲『セレブレーション』の独唱を賜ります。どうぞご清聴くださいませ」
大広間の中央に設えた舞台。ナルミアーナが静々と歩いてくる。その表情は内面を窺い知ることはできないほどに無。何の感情もなく、ただ二人に捧げる曲を歌うだけのように思えた。
舞台に立ち、視線はやや上。虚空を見ているかのような遠い目をしている。
そして、両手を軽く振り、羽ばたくように広げた。
同時に歌が始まる……はず、なのだが……
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