第13話 王宮のメイド

マウントマウス辺境伯家の馬車に乗り王宮へと向かうナルミアーナ。


「のぉ、タダオ……」


「どうされましたお嬢様?」


先ほどまでは一心に集中し、ぴくりとも動かなかったナルミアーナが不意に声を発した。


「ワシぁどの曲を歌えばええんかのぉ……」


「もちろんお嬢様のお心のままに。お好きな歌をお歌いください」


「それかぁ……」


ナルミアーナとて婚約披露パーティーである以上、歌う曲は『奉祝曲 セレブレーション』が妥当だろうと考えていた。これまでも教会で結婚式が行われた際などに何度か歌った曲なのだから。


……なのだが、王宮を目の前にして心に迷いが生じてしまった。何度も、とうに忘れたと言い張っていた想いが……

今からでも遅くはない……婚約をぶち壊すような強烈な愛の歌を……歌ってやろうかと。


そして馬車は城門をくぐった。そのまま数十分の沈黙の時を経て馬車寄せへと着いた。

扉を開け、先に降りたタダオ。貴人が到着したにも関わらず、屋根のある広い馬車寄せなのに……出迎えは誰一人としていなかった。


「お嬢様、私の膝をお使いください」


馬車から降りる際の階段タラップすら用意されていない。タダオは膝を曲げ代わりとした。そして手を上に伸ばした。


「おお。悪ぃのぉ」


そんなタダオの手をとり、膝を一瞬だけ踏み軽やかに降り立ったナルミアーナ。

何が悪いものか。できることなら、この手を離したくなどない……そう強く願うタダオだったが、ナルミアーナは颯爽と歩いていった。王宮の内部へと向かって。


勝手知ったるとばかりに進んだナルミアーナの前に現れたのは、見慣れないメイドだった。


「聖女様、お出迎えに間に合わず大変失礼いたしました。控室にご案内いたします」


「おお、それかぁ。構わんでぇ」


そのまま無言で廊下を先導するメイド。その後ろを追随するナルミアーナ。さらに後ろを睨みながら歩くタダオ。本日は王宮とあってウニミは来ていない。めでたい席であるため護衛の騎士もいない。




数分後に控室へと到着した。


「お茶のご用意をいたしますので、しばしお待ちくださいませ」


「放っておいて構わんでぇ。おめぇも忙しいんじゃろうからのぉ」


ナルミアーナの言葉を無視してメイドは部屋から出ていった。


「お嬢様……言わせていただきます……」


「言わんでええ。ほうたっとけぇ。ワシぁ別に気にしちょらんけぇの」


タダオが何を言いたいのか、高位貴族たるナルミアーナに分からないはずがなかった。


通常、ナルミアーナが王宮を訪ねる場合は侍従長など重鎮が出迎えるのが常であった。しかし……今回は見慣れぬメイドが一人。しかも出迎えるどころか、廊下で出会う始末。その場で手討ちにしても許されるほどの軽視ぶりである。タダオが激昂しても何ら不思議はない。




十分ほど経った頃だろうか、ようやくメイドがティーセットを携えて戻ってきた。


「お待たせいたしました」


詫びの一つもない態度にまたもタダオが激昂しかけた。


「おう。急がんでええけぇのぉ。まあゆぅにやれぇや」


その言葉はメイドにではなく、むしろタダオに言い聞かせているかのようだった。




手際はよい。普段から茶を淹れ慣れていることが窺える。


「ヒラミヤコはウージ産の一番茶でございます」


「ふざけるな! ヒラミヤコだと!? 貴様よくもナルミアーナ様の前でそのような!」


ついにタダオも堪え切れなくなった。女狐フランソワーズの領地であるヒラミヤコ産と聞いたからには。


「タダオぉ、ええから黙っとけぇ。茶に罪ぁねえんじゃあ。文句ぅ言うんはまずかった時だけにしとけぇのぉ」


「は、はいお嬢様。しかしながら、この茶は私が先に飲みます。メイドよ、先に私に淹れてもらおうか」


「かしこまりました」


顔色一つ変えずにタダオに茶を用意したメイド。


「お待たせいたしました」


用意された器は二つ。一つはタダオへ。もう一つは……


「ご不審にお思いのようですので私もいただいてよろしいでしょうか?」


メイドが自分用に淹れたらしい。


「いいだろう。まずは飲んでみせよ」


怒りが抑えきれなかったタダオだが、少しは冷静さを取り戻したらしい。


「では、失礼して」


何の躊躇いもなく茶を口へ運んだメイド。


「時期によって雨は多いですが水捌けのよい大地。寒暖差もありウージ川から立ちのぼる川霧が新芽を優しく包み込む。それらを旬の時期に一枚一枚手で摘み取った最高級ウージ茶。なんと味わい深いことでしょう。お嬢様のお心遣いに感謝してお飲みくださいませ」


メイドの顔は茶に酔いしれているようだった。


「お嬢様だと? お前は王宮詰めのメイドではないのか?」


「申し遅れました。私、フランソワーズお嬢様に二月ふたつき前からお仕えしておりますエルザと申します」


「なっ!?」


この事実からタダオが察したこと。それは女狐の勢力が王宮内にまで及んでいるということだ。確かに『黒い水』利権で王国でも抜きん出るほどの財を築いたことは知っていた。しかし、それがもう王宮内にまで勢力を築いているとは……


「それかぁ。そんなこたぁどねぇでもええんじゃあ。ええけぇワシぁ喉が渇いとんじゃあ。早よぉ茶ぁ飲ませぇや」


「失礼いたしました。ただ今お淹れいたします」


淀みない手つきで次の茶を用意するエルザ。

タダオは自分用の茶を飲んでみる。


「ほぉ……」


初めて飲む味わい。さらりと鼻に抜ける香り、心の奥にまで訴えかけるような澄んだ甘さと微かな苦味。これにはタダオも文句のつけようがなかった。


「お待たせしました」


ナルミアーナの前に茶が置かれた。

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