引っ付き虫

CHOPI

引っ付き虫

 ――小さい頃は大嫌いだった。


 いつもオレの後ろばっかりくっついてきて、オレの遊びの邪魔ばっかり。集めたカードゲームは無くされるし、せっかく育てたモンスターは『ともだちがかわいいのと、こうかんしてくれた!』とか言ってすごくレベルが低いものになってたし。挙句、オレと友人らとで本気で鬼ごっこやドッジボールなんかをすれば、年が下だから戦力外なのは当たり前だし。それなのにいつも『おにーちゃん、わたしもいくー!』ってついてきて。『くるな!』って言ってるのにくっついてくる、引っ付き虫みたいなやつだった。


 あれはいつだったかな。今でもたまに思い出す、夕焼け空、河川敷。言ってみればただの迷子。オレの好奇心が強すぎて、ふとこの河川敷をずーっとまっすぐ歩いて行ったらどこにつくんだろう、ってそう思ったことがきっかけで。やめればいいのに体力の限界まで行ってみようかと思ってしまった。家をこっそり出たつもり、だったのに、結局この日も後ろには引っ付き虫。『おにーちゃん、わたしも!』そう言って小さい身体で一生懸命くっついてきた。


 だけど案の定、と言うか。途中で『おにーちゃん、つかれたー』『ねぇ、もうかえろうよー』なんて言い始める始末。『オレは!この先にいってみたいの!』と言いながら、なかなか歩みを止めなかった。そのまましばらく歩いて、ふと周りを見回すと、家を出たころはまだ高かった太陽が、気が付けばだいぶ沈みかけていることに気が付いた。まっすぐにしか歩いていないから、来た道を戻ればいい、ただそれだけなんだけど。帰ることをすっかり失念していたオレは、ここでようやく遠くまで来すぎたかもしれない、という恐怖を覚えた。だけど引っ付き虫がいる手前、オレが弱音を吐くわけにはいかなくて。『……そろそろ帰るか』とだけ引っ付き虫に言う。来た道を戻る途中、もう薄暗くなって足元が見えにくくなり始めたころ。後ろにいた引っ付き虫が思いっきり転んだ。


 『う゛わぁぁぁん!い゛た゛い゛―!』

 泣き始めた引っ付き虫。あぁ、もう!!と思いながら引っ付き虫の方へ向かう。

 『どこ?みせてみな』

 『あ゛し゛い゛た゛い゛ぃぃ……』

 グズグズ言いながら足、って訴えるから見てみると、だいぶ派手に転んだんだろう、両足から血が出ていた。周りを見回すと手洗い場が運よく近くにあって、そこに二人で歩いて行って足を洗ってやる。

『手は?』

『だ……いじょぶぅ……うぅ……』

 どんどん暗くなっていく中、オレだって疲れて泣きたくなったけど、引っ付き虫が先に泣くから泣くに泣けなくなってしまった。傷口を流して引っ付き虫の涙が落ち着いたころ、夕日はとっくに沈んでいた。ようやく家に向かって再び歩き出す。もうこれ以上何かあったら大変だと、引っ付き虫の手を握った。その何気なく握った手の小ささと、『あぁ、オレが守らないといけないんだな』というふうに思ったことをこの時から忘れられないでいる。


 結局その後、帰ってくるのがいつもより遅いと心配した両親が、たまたま河川敷から帰ってくるオレらを見つけるまで、二人ずっと手をつないで歩いていた。心配のあまり怒る両親相手に、それでも安心が大きくて泣き出したオレにつられたのか、引っ付き虫も大泣きだった。


 その日から引っ付き虫との関係が変わったかと言えば、そんなことは無かったけど。引っ付き虫はずっと引っ付き虫で、相変わらずオレの真似して失敗しては怪我したりしていたけど。いつの頃からか少しずつ、引っ付き虫は目に見えて引っ付いてくることは無くなっていった。



 それからもう、十数年。お互い大人になってお酒だって飲めるのに。あの日つないだ手からお互いもうだいぶ手の大きさも変わったっていうのに。それでも何故かいまだに俺の中では、引っ付き虫のキミの手は小さいまま。『あぁ、オレが守らないといけないんだな』という思いも何一つ変わることはない。どんなに成長して、どんなに大人になっても。ずっとずっとオレの中で、キミは小さい引っ付き虫。


(親はいつまでも親、と言うけれど)

(兄妹もいつまでも兄妹、だから)

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