僕のおうち

九日

僕のおうち

 僕は犬です。


 僕には父さんと母さんがいます。僕の主でもあります。

 二人は僕にとても優しいです。僕が勝手に外へ出て危険な目に遭わないように、鎖をつけてくれました。いつも僕のことを心配してくれています。僕が太り過ぎて病気にならないように一日に一度だけごはんをくれます。一年くらい前までは一日二回ごはんをくれたけど、僕が太り過ぎたみたいで、減らされてしまいました。でも、僕だって病気にはなりたくないので父さんと母さんには減らしてくれてありがとう、と伝えたいです。

 音楽が聞こえ始めました。ちょっとばかり心細くなるような旋律です。

 やがてわいわいと楽しそうな声が聞こえてきます。毎日音楽が鳴った後に聞こえてくる声です。カーテンが開いていた窓から外へ目をやると、黄色い帽子をかぶってカラフルな色の四角いかばんを背負った子どもたちが、僕のおうちの前を通り過ぎていきました。あの子たちはいつも何をしているのだろうと思います。だって、みんな似たような身なりをしていて、昼間や暗くなった後に見る人たちとは違う格好をしているからです。先に流れる音楽となにか関係があるのかなあ、と僕は考えていたり不思議に思ったりしています。

 だんだん空が暗くなっていきます。僕はなんだか眠たくなってしまって、うずくまって眠ることにしました。

 

 どれくらい眠ったのでしょうか。窓の方を見ると僕が映っています。外は真っ暗になってしまったようでした。

 ぴしゃっとカーテンが閉められました。母さんです。母さんの長い髪はくるくると巻かれていて、お化粧もしているみたいです。すごく短いスカートを履いていて、寒くないのかなあ、と思ってしまいます。

 母さんは玄関の方へと歩いていきました。どこかへお出かけするようです。

「!……!? !」

 何を話しているのかはわからないけど怒っている声が聞こえます。きっとお仕事から帰ってきた父さんです。父さんの声はあまり好きではありません。すぐ母さんに向かって怒鳴るので、僕はいつも震えてしまいます。


「チッ」

 父さんがお部屋に入ってきました。怠そうにネクタイをむしり取り、手にしていたかばんと一緒にソファに放り投げました。そのままとソファに座るとソファはぎゅうっと沈みました。

「あー」

 それだけ言うと父さんは再び立って、かばんの中からお財布だけ取り出してまた玄関の方へと去って行きました。こういうときはしばらく帰ってきません。そして帰ってくる頃には、黒くて苦そうな匂いのする飲み物をいつも持って帰ってくるのです。


 なんだか最近、くらくらしてふわふわして調子が良くありません。僕は犬です。もう寿命なのかもしれません。それか、お部屋にたくさん置かれている黒くて苦そうな飲み物の入れ物でしょうか、それとも置いたままになっている父さんのごはんのごみの、あの鼻をきゅっとさせる腐ったような匂いのせいかもしれません。











「……か? 大丈夫かい?」

……声がします。父さんのでも母さんのでもありません。二人よりもっとずっと優しくて穏やかな声です。

 目をうっすらと開けると誰かがこっちへ歩いてくるのが見えました。

「大変だ! かなり衰弱しているじゃないか。鎖で繋がれているぞ!」

 その人が叫ぶと二人の男の人が後から走ってやって来ました。

 みんな同じような紺色の服と紺色の帽子を身につけています。なんだかとても怖いです。僕はぎゅっと縮こまって僕を守ります。

 一番目に来た人が、こっちへ手を伸ばしてきます。ぶたれるかもしれません。僕は咄嗟に叫んでしまいました。ぶたれるかもしれないと思ったけど、手は少し離れたところでぴたり、と止まりました。そしてその人は「ゴメンヨ」という聞いたことのない言葉を放ち、

「君、名前は言えるかい」

 と僕の目を見て言いました。

「ぼくは、けんです」

 僕は笑って答えました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕のおうち 九日 @_Hiicha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ