アーヴェン(2-4)

「なるほど、商人らしくですか」


 効果屋に着いてすぐのこと、アーヴェンが事情を説明するとフェクトはそう言って小さく笑った。


 その笑顔を見てアーヴェンは驚く。フェクトの貼り付けたような普段の笑顔とは違う、本当に面白いからこそ浮かんだ笑みを初めて見たからだ。


「何がそんなに面白いんだ?」


「いえいえ、似たようなお願いをした方を思い出しただけです」


「そんな奴がいたのか。いやまぁ、それはいい。話を聞いたところ俺には【ギラギラ】した目と【グッ】と押し潰すような威圧感があるんだな?」


「えぇ、そうですね」


 片目だけでアーヴェンを見つめたフェクトは小さく頷く。その瞳に見透かされるような心地になって、アーヴェンは母の瞳を思い出した。


「なら、その威圧感を渡す。代わりに王城に行っても問題ないほどの気品が欲しい」


「気品ですか。それならば【キラキラ】という丁度いい効果がありますよ」


 フェクトはちらとルーチェを見てから微笑んだ。その視線の動きに気がついたアーヴェンが振り向くと、ルーチェが少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべていた。


「その【キラキラ】はわたくしのなんです」


「……そうか、ルーはそれで冒険者らしい雰囲気になったのか。姫様の気品ともなれば、王城でも問題ないな。フェクト、それで頼めるか」


「えぇ、勿論です。今回はこの国のためでもありますからね。では失礼して」


 パチンとフェクトが指を鳴らす。その瞬間、アーヴェンは自覚していた自らの威圧感が消えるのを感じた。


 その代わりに宿った別の感覚を認識するようにアーヴェンは胸に手を当てて目を閉じる。


「他人の雰囲気が混じる感覚は慣れないな。だがこれだけ異質なら……」


 幼少の頃より母から譲り受けた、物の本質を見極める目でアーヴェンは新たに入ってきた効果の感覚を掴む。そして父から教わった雰囲気の操り方によってアーヴェンは【キラキラ】を支配下へと落としこんだ。


「どうだ、ルー。その【キラキラ】とやらは感じるか」


「いえ、ほとんど感じません。一瞬前はまるで別人みたいでしたが、もう普段のアーヴェンさんと変わりありません」


「よし。なら……」


 そう呟いてアーヴェンは恭しく一礼をするとルーチェを見つめた。


「これでどうでしょうか? 商人らしくは見えますか?」


 口調を変えただけ。そのはずであるのに、ルーチェから見るアーヴェンの姿はキラキラと気品に溢れて輝いて見えた。


「商人というよりは何処かの貴族みたいですが、気品は十分です!」


「なるほど、要練習か。とはいえ、少なくとも冒険者のような粗野な印象を与えないだけマシだな」


 アーヴェンは満足したように小さく頷くとフェクトへと視線を移し、深く頭を下げた。


「今回は本当に助けられた。感謝する」


「いえ、お気になさらず。対価はいただいておりますし、何より私も微力ながら王城の問題には協力したいと思っておりましから」


 フェクトは軽く手を振りながら張り付いた笑顔を浮かべる。そしてふと止まるとフェクトはその表情を無にして、アーヴェンの手を取った。


「私にできるのはここまでです。ルーチェさんを頼みましたよ」


「あぁ、任せてくれ」


 いつになく真剣な雰囲気のフェクトに見つめられ、アーヴェンは小さく頷く。その返しに満足したのか、フェクトは普段の表情に戻るとアーヴェンの手を離した。


「それでは、ご武運を」


 そうしてフェクトに見送られて効果屋を後にしたアーヴェンとルーチェは、商人らしさを身につけるためにと二人で市場を見ながらその日は宿へと帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ひっそり】たたずむ効果屋さん 歪牙龍尾 @blacktail

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画