アーヴェン(2-3)

「……どうしてここにルーが?」


 チアーレと契約を交わして次の日。約束の時間に執務室を訪れたアーヴェンは、目の前で困ったように微笑むルーチェを見て目を丸くさせた。


「私が呼んだのだ。当事者抜きで話をするわけにもいかないだろう?」


「話は聞きました。アーヴェンさんはわたくしの出自を知ってしまったのですね」


 ルーチェは呟きながら、少しだけ寂しそうな表情をしてアーヴェンを見つめる。その瞳は不安に揺れているように見えた。


「あぁ、ルーは姫様なんだろ?」


「そう、なりますね。ですが、これからも今までと同じように接してくれると嬉しいです」


「ルーがそれでいいなら、俺は特に変えるつもりもない」


 アーヴェンがルーチェの言葉に何気なく答える。するとルーチェは見る間に表情を明るくさせた。


「それで、ここにいるということはルーも王城に行って奴らを潰す気なのか?」


「はい。元よりわたくしは一人でも王城には行くつもりでした。お父様や弟がどうなっているのか、知る必要がありますから」


「なるほど。となると、ルーも商人らしさを手に入れる必要があるのか」


 アーヴェンはルーチェを見つめて小さく唸った。


 ルーチェは常に【ピリピリ】とした威圧感を放っている。商人になるならば、その雰囲気は大きな欠点だった。


「わたくしは問題ありません。強められるのなら、その逆も可能ですから」


「何を……」


 そう呟くアーヴェンの言葉がそこで途切れる。目の前に先ほどまでいたはずのルーチェをアーヴェンは見失った心地がしたのだ。代わりに、その場には高貴な雰囲気をまとった美しい少女が微笑んでいた。


「ルー、なのか?」


 見た目だけならば間違いなく目の前の少女はアーヴェンの知るルーチェと同じだった。けれどそれでさえ信じられないほどにルーチェの印象は変わっていたのだ。


「はい、アーヴェンさんの仲間のルーです。けれど今は姫のルーチェですね」


 恭しい一礼。それだけで、アーヴェンは圧倒された心地で小さく後退りをした。


「うむ、風格だけならば十分。いや、過剰かもしれませんな。ルーチェ様はその中間あたりを目指すとよいでしょう」


「わかりました、チアーレ商会長」


 チアーレからの助言に、再びルーチェは一礼をする。その仕草は先ほどよりは高貴な雰囲気が抜け、けれど丁寧さを保った商人らしい動きをしていた。


「ルーチェ様は風格よりも変装の準備をするといいでしょうな。王城ともなれば姫様の姿を知る者も多いでしょうから」


「そうですね。チアーレ商会の方で変装に使えそうな物を売っていただけると助かります」


「もちろん、このチアーレに任せてください」


「頑張らないといけないのは俺の方か」


 ルーチェとチアーレの会話を見つめながら、未だ商人らしさが何かを掴めていないアーヴェンは小さく呟く。するとルーチェがアーヴェンへ歩み寄ってその手を取った。


「一つ、わたくしに考えがあります」


「今は藁にも縋りたい気持ちだ。ルー、その考えとやらを是非教えて欲しい」


「効果屋さんに行くんです。フェクトさんなら、きっとアーヴェンさんの商人らしくなりたいという目標も手伝ってくれるはずです」


 よく知りながらも利用したことはなかった店の名前を聞いて、アーヴェンは目を見開き小さく頷く。そうして二人はそのまま効果屋へと向かうことになった。

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