アーヴェン(2-2)

「商会長ならば商談として王城の宰相様に会いに行けるはずです。そこに同行させてください!」


「可能ではある。だがそれはそもそも私と宰相殿が敵対する場合の話だろう」


「貴方は奴隷商や街の危機を放っておく人ではないはずです。それに宰相様が間違った道を進むなら止めようともするはず。頼まずとも商会長は宰相様と敵対するつもりでしょう」


 アーヴェンがそう言うと、チアーレは小さく笑い声を漏らす。それは愉快そうな響きをしていた。


「よくわかっているな。だが、だからといってお前を連れて行く理由にはならん。王城に護衛を連れて行くというのも失礼だしな」


「でしたら商人としてならどうでしょうか」


 アーヴェンが問いかける。その瞬間、「ほう?」と声を漏らしたチアーレから押し潰すような凄まじい威圧感が溢れた。


「この私の前でお前は軽々しく商人になると言うつもりか?」


「違います。軽い気持ちではありません。簡単になれるとも思っていません。それでもそれしか手段がないのなら、俺はルーのために何をしてでも商人になります」


 ズンッと押し潰されてしまいそうな威圧感をギラギラとした鋭い視線で跳ね除けてアーヴェンはチアーレを見つめる。


 しばし沈黙のまま時が過ぎ、そしてふとチアーレは小さく息を吐き出すと威圧感を霧散させた。


「そこまでして姫様を助けたいのか?」


「はい。彼女は俺にできた本当に大切な仲間なんです。ルーとクロのためなら、俺は何でもすると思います」


「そうか。いい仲間ができたようだな」


 チアーレは作った物ではない優しい微笑みを浮かべてアーヴェンを見つめる。そしてチアーレは小さく頷くと、一枚の紙をアーヴェンに差し出した。


「これは……」


「雇用契約書だ。三日以内に王城へ入れるほどの商人としての風格を身につけることを条件に、私はお前を王城へ連れていく。簡単なことではないが、覚悟はあるのだろう? ならばそこに署名しなさい」


「はい! ありがとうございます!」


 アーヴェンは渡された紙に自らの名前を記すと、もう一度深くチアーレに頭を下げた。


「これで契約成立だ。今日はもう帰って、どうしたら商人らしくなれるか考えて実行するといい。明日、進捗を確認するからもう一度この時間に来なさい」


「わかりました。では、失礼します」


 チアーレは礼をして執務室の外へ出る。そうして、一息吐くとへなへなと廊下に腰を下ろした。


「そこら辺の魔物の方が、遥かにマシだ」


 威圧感によって流した冷や汗を拭いながらがたがたと震える足を落ち着かせると、アーヴェンは窓から外の景色を見る。


 やや傾けかけた陽に時間は刻一刻と過ぎていると実感したアーヴェンは、ルーを守るためにも早く商人らしさを手に入れねばならないと気を取り直した。

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