最終話

 光の射さない薄暗い部屋の中で、田原は、ぐっすりと眠りこけていた。

「……フッフッフッフ、ハッハッハッハ」

 どこからか不気味な笑い声が聞こえてきて、田原は目を覚ました。すると、自分の体が、椅子に縛りつけられていることに気が付いた。

「はっ!なんだこれは!」

「ああ、ようやく気が付いたか」

 白衣を羽織った男が、ゆっくりとこちらを振り返った。

「吉澤さん?一体どうして…」

「君には関係ないことだが、冥土の土産に教えてやろう」

 吉澤は訥々と語りだした。


「私はここで、様々な研究をしているといったね。植物や動物、気象や自然、そして人に関する研究。そう、そのなかで今最も力を入れているのが、人体の研究さ。ヒトというものは、非常に興味深い。ただそのためには、生きている人間が必要だ。もう分かるね。君は、私の実験のために連れてこられたんだよ。君でもう8人目だ。人目につかない路地裏に、機械を設置しておいて、こっちの世界に転送するんだ。ただちょっと欠陥があって、どうしても転送場所が、ここから離れた場所になってしまうんだ。仕方なく、この施設へ来るように、誘導する装置を組み込んだ」

「そんな…これはすべてお前がやったのか。そうか、行方不明事件も、お前の仕業か!」

 吉澤の顔には、猟奇的な笑みが浮かんでいた。

「今更気づいたか。だがもう遅い。お前は、私の為に8人目の犠牲者となるのだ。潔く死ね!」

 吉澤は、何やら機械を操作し始めた。

「おい、待て、やめろ、何する気だ」

「ハッハッハッハッハッ、いいぞ」


「どうすればいいんだ!」

 田原は、椅子の上で、必死に考えた。

「無駄な抵抗はよせ。お前は、ここで死ぬ運命だ。そうだ、記念にこれをやろう。あの世で役に立つだろう。」

 そういって、吉澤は、何かをこちらへ投げてきた。それは、見たこともない、古びた銀色の硬貨だった。

「三途の川は、それで渡るといい。フハッハッハッハッ」

 突然、田原の背後に置かれた巨大な機械が唸りをあげた。

「やめろ!僕は、ここで死ぬわけにはいかないんだ!」

 その時だった。巨大な機械が奇妙な音を立てて止まった。

「あ?なんだ?」

 吉澤がそれに近づく。

 その瞬間、辺りが光に包まれ、耳をつんざく爆発音が響いた。

「ギャアアアアア!」


                    *


「それで!それで!その後どうなったの?」

 都内のアパートの一室で、小さな子供が、ベッドから顔をのぞかせ、目を輝かせて、祖父からお話を聞いていた。

「その後彼は、無事に元の世界に戻って、ジャーナリストになる夢をかなえて、様々な討論番組の司会をしたりして、活躍しましたとさ。おしまい。」

「えーーーっ。もうおしまい?もっとお話ししてよー、じいじ!」

「もう遅いから、おしまいね。そろそろ寝ないと、お母さんに怒られちゃうよ。」

「はぁーい。じゃあ、また明日お話ししてね!絶対!」

「分かった分かった。それじゃ、おやすみ。電気消すよ。」

「うん、おやすみ。」


 部屋を出ると、田原は自室へと戻った。ゆっくりと使い古した椅子に座る。

 あれ以来、あの世界に迷い込んでしまうことは、もうなかった。むしろ、60年近くの年月が経った今、あれは夢だったのではないかと思うことさえある。

「いや、確かにあれは、夢なんかではなかった」

 そう言って微笑む田原の視線の先には、あの時の銀色の硬貨が、大事そうに額縁に飾られていた。

                                   〈了〉

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田原総一朗、終末世界へ 鷹津楓 @thenieceoftime-33

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