第2話

目が覚めると、焚火は消えていて、凍てつく空気が田原の頬を刺した。

 荷物をまとめ、持てるだけの食料と水をもって、旅立った。見渡す限り荒廃した世界。まだ自分の身に起きたことが完全に理解できずにいた。

 

 田原はあてどなく人気のない街を彷徨っていた。時折瓶の水を飲みながら、瓦礫をかき分け、元の世界へ戻る手掛かりを探した。ずいぶん歩いて、太陽が真上に昇りきったころ、休憩を兼ねて道端に座り込み、固形食料をむさぼっていた。瓶の中の水は、もう一滴も残っていなかった。


 重いため息をつき、少し横になった。空を見上げると、雲が軽やかに風に流れていた。

 すると、遠くの方で物音が聞こえた。驚いて、半身を起こし、辺りを見回す。瓦礫の間から、顔がのぞいた。

「えっ、人?」

 思わず身構える。

「おお。珍しいな。」

 白衣を纏った白髪交じりの男は、田原に驚く風もなく、近づいてきた。

「やあ、どうも。ちょっとこっちへ来てくれないか」

「あ…、いや…」

 驚いて言葉が出ない田原をよそに、男は微笑を浮かべた。

「驚くのも無理はないか。ひとまず、私の家に来るといい。案内しよう」

「あっ、ありがとうございます」

 男に言われるがまま、田原は後をついていった。


しばらく歩くと、比較的整備された二階建ての建物の前で男は立ち止った。

「さあ、上がって」

「すみません。失礼します」

 家の中は、見たこともないような機器が散らかっていて、雑然としていた。

「散らかっていて、すまないね。あの椅子に座っていくれ」

 田原は言われるがまま、古びた木製の椅子に腰かけた。男は、麦茶が入った容器とコップをもって、向かい側に座った。歳は5,60代くらいだろうか。

「私はここで様々な研究をしている、吉澤というものだ。君は?」

「はい、テレビ局に勤めている田原総一朗と申します」

「そうか、よろしく田原君」

 言いながら、コップに麦茶を注いで、こちらへ渡してきた。

「ありがとうございます。…ああ」

その麦茶は、麦茶にしては少しおかしな味がした。

「これ、なんていう飲み物ですか?」

「普通の麦茶ですよ」

「…そうですか。それにしては、なんだか変な味がしますね」

「そうか。いちから自分で作っているから、少し変な味だったのかもしれない。口に合わなければ、ほかのものを用意するよ」

「いえ、大丈夫です。麦茶もご自分で作るんですね」

 田原は、一気に飲み干した。

「もう一杯どうです?」

 すかさず吉澤がコップに麦茶を注ごうとする。

「ああ。では、お言葉に甘えて」

 なみなみと注がれた麦茶をもう一度口に運ぶ。


「そういえば、研究といっていましたが、どんなことを研究しているんですか」

「本当にいろいろです。植物や動物、気象や自然、人についてなどです」

「へぇ、そうなんですね…」

 田原の身に急に睡魔が襲ってきて、目の焦点がずれ始める。

「ああ、す、すみません。少し…眠くなってしまいました。」

「お疲れでしょうから、ゆっくり休んでください」

「すみません…」

 意識が遠のく中で瞼を閉じる瞬間、吉澤が不敵な笑みを浮かべるのが、田原の瞳に映った。

  

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