田原総一朗、終末世界へ
鷹津楓
第1話
1964年、高度経済成長の真っただ中の東京。田原総一朗は、とあるテレビ局のディレクターとして開局記念ドラマを担当し、ヒットさせた。
「田原君、あのドラマ、よかったよ。書いてくれた作家を口説き落としたのも、君だそうだな。大変だっただろ。よくやった」
「はい、ありがとうございます」
局内の煙草臭い一室で、田原とその上司は密談を交わしていた。
「今回の活躍を上も評価していてね。どうだろう、何かやりたいことはないか」
「僕は、入社当初からドキュメンタリーをやりたいと考えていました」
「よし、それなら一般教養部へ入るといい。そこで面白い番組を作ってくれ」
「本当ですか!ありがとうごさいます」
「期待しているぞ」
「はい!ご期待に添えるよう頑張ります」
上司は、満足げに頷くと、煙草に火をつけた。
「そうえいば最近、この辺りで人が行方不明になる事件が多いな」
「そうですね。今月だけでも7人は行方不明ですね」
「しかも、帰宅中のサラリーマンばかりがいなくなるらしい。物騒だな。君も気をつけろよ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「もう遅いから、君は帰るといい。気をつけてな」
「はい、ありがとうございました。失礼致します」
一礼して部屋を出る。
廊下の窓には、満天の星がキラキラ輝いていた。
「やった…やったぞ…」
田原は静かに喜びを爆発させた。長年目指してきたジャーナリストとしての道を今、踏み出そうとしている。これがやりたい。いや、あれもやりたい。様々な案が、頭を駆け巡る。興奮冷めやらぬまま、帰路に就いた。
ビルを出ると、さわやかな風が顔をくすぐる。肩で風を切るように、ネオンが煌めく夜の街を歩く。
「今日は人生で一番幸せな日だ」
田原は大通りを外れ、薄暗い路地に入った。左右の側溝には、うっすらと水が流れた跡があった。この道を抜ければ、駅までもうすぐだった。
その時だった。突然、辺りが真っ白な光に包まれた。
「ん!?なんだ!?」
上も下も右も左もわからなくなり、だんだん意識が遠のいていく。
おかしな浮遊感が田原の体を襲い、手足の感覚が無くなっていく。
何が起きたのかもわからぬまま、眠りにつくように、意識が深く深く沈みこんでいった。
*
凍えるような冷たい風を受け、田原は気が付いた。意識が朦朧として、頭がじんじんと痛んだ。
「何が起きた…?」
何か冷たいものが顔にかかる。拭うと、それは水滴だった。目を凝らすと、白いものがしんしんと降っている。雪だ。
よく見れば、辺り一面うっすらと雪に覆われていた。
立ち上がって雪を払い、周りを見回した。目に入った光景に、田原は驚愕した。
朽ち果てた巨大な建造物。無造作に打ち捨てられた戦車や戦闘機。見たこともないような機械の残骸。全く人の気配を感じられない不気味な街並み。
「ここは東京などではない。ここは…どこだ」
なぜ田原はここにいるのか必死に思い出そうとする。しかしいくら思い出そうとしても、帰り道で路地に入ったところまでしか思い出せなかった。田原は呆然として、その場に力なく座り込んだ。
しかし、いつまでも途方に暮れているわけにはいかなかった。どうにかして場所へ戻らねばならない。
「とりあえず、食料と水だ」
周囲を見回すと、持っていたはずのビジネスバックはなく、食べられそうなものも何一つ見当たらなかった。
少し歩いて、目についた建物の中で、役に立ちそうなものを探した。
「ん?これは何だ?」
古びた木箱の中に、包装紙に包まれた四角いものがぎっしりと詰まっていた。包みを開けてみると、固形食料らしきものが5本入っていた。
「……」
試しに口に入れてみる。
「…うん、うまい」
かなり水分を持っていかれるが、食料の少ない今、貴重な食料になりそうだった。
「次は水だな」
田原は食料をそのままに、瓦礫の中から一本の瓶取り出して、水を探しに建物を出た。いくらか歩くと、開けた場所に水が溜まり、池のようになった場所があった。瓶をよく洗い、満杯まで水を入れ、一気に飲み干した。もう一度いっぱいに水を汲んで、食料があった建物へ足を向けた。
もう日も暮れ始め、寒さが一気に増した。 少し探すと、火が付きそうな廃材が見つかったので、手持ちのライターで火をつけ、焚火を作った。
「今日はここまでにして、寝よう」
さっきの固形食糧を食べて、瓶の水を含み焚火に当たっていた。
「…僕はこれからどうなるんだろう」
大きな不安が田原を襲った。
「これからジャーナリストとして活躍していくはずだったが。お先真っ暗だな」
様々な考えが頭をめぐる中、火の始末も忘れて、田原は眠りに落ちた。
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