第2話 アイプチ女子と渋川くん

この間転校してきた渋川は、ちょっと変わったやつだった。

見た目は、メガネにニコニコした優等生タイプ。しかしその実態は、この周りに正しいことを言うことが痛いと捉えられがちな思春期に、正論を言うちょっと痛寒いやつだった。


タバコを吸う不良に注意し、俺が救いの手を出したのも束の間、あいつは日直をしないやつにやることの必要性を訴えるし、授業をサボってるやつを追いかける。

まぁつまり、わずか1週間で渋川はクラスメイトから煙たがられ浮いた存在となってしまったのだ。


しかし、最初に俺が渋川に話しかけたからか、俺が渋川担当みたいになってしまった。

やめてくれ。

渋川は空気が読めないのか何なのか全く気にしている様子は無く、クラスメイトに変わらず話しかけ、俺にも寄ってくる。

また違う意味で周りから浮くことになるとは…。


高校生といえば周りとの違いが怖くなる時期だと俺は思う。だから、別に周りにきちんと意見が言えるって言うのはすごいことだと思うし、別にいいんだけど、俺もそれに巻き込まれるのは勘弁。

俺は、浮きたくないから。普通の生活がしたい。


「まじ、二重じゃない人生とか信じられんくなーい?」

とギャルの1人が言った。


そう、思春期特有と言うか何と言うか。この時期は、見た目に関する評価は人一倍きつい時期だ。

太っているか痩せているか、目が大きいか小さいか。中でもシビアなのは目の上に皺があるか無いかだ。


初めに目の上に皺があることが二重、可愛いねと言ったのは誰だろうか。全く迷惑なもんだ。

まあ、俺は今の顔をある程度受け止めているし、男だとあんまり一重だろうが二重だろうが特に何も言われないが…。


「ってか、別に一重でもいいけどー、無理して二重にしてんのが一番イタイよねー」

「それなーーー」

キャハハとギャル達が笑い合っている。その中で1人引きつった顔で笑っている。

少し不自然な二重の彼女だ。


彼女はある日から二重になった。多分アイプチをしているんだと思う。

別にそれ自体は校則違反でもないし、彼女自体がやりたいことだから別にいいと思うのだが、ギャル達はその突然変わったことが気に食わないようだ。


多分、彼女は結構もさっとしていたのに急に可愛くなったから周りは焦ってるんだと思う。

二重になって出てきたその日は少し話題になったものだ。

急なる外見の変化に戸惑い、揶揄われる対象となるのは、女子の間だけで起こりうる話では無いけど、正直俺は関わりたく無い。

できれば彼女自身で乗り切るか、このブームが終わることを願うしか無い。


彼女もこのグループから抜け出せばいいが、それもまた大変。抜けたところで1人になる可能性もある。グループの改変は、円満でない限り100mを10秒で走るよりも難しい。


それは他の人たちも思っているようで、誰も注意しないし助け舟も出さない。申し訳ないけど。


しかし、この状況に口を出しそうな人が1人現れてしまった。

渋川だ。うん、今まで渋川が口を出していた相手も別に注意されて黙っているよな奴らじゃなかったけど、女子同士の争いに割り込むのはちょっと分が悪い。

できれば関わらないでいてほしい。

俺にも飛び火が来るから。

だから俺は渋川がそのいじり会話を聞かないよう話しかけようとした。

先手必勝だ!

なぁ、渋川、昨日のドラマみた?

と言いたいところで渋川はもう隣にはいなかった。

おーい!またかよ、デジャブやん。


あたりを見渡すと、やはりギャル達の近くに渋川はいた。

はい、やっぱりー。

そのギャルたちには勝てないってー。

だって、一重がかわいいって言ったって彼女のなりたい顔を否定することになるし、二重がいいって言ったら人工は無いでしょって言われてしまう。

道がない。渋川の敗北だ。

しかし、同時に俺は少し期待もしていた。渋川はどんな正論で彼女を救うんだろうか。


「僕も、二重の目可愛いと思うよ。平安時代では一重が素敵であるとされていたけれど、今は二重が素敵とされる時代だからとてもいいと思う」

と渋川はギャル達に言った。


なんか俺は渋川に幻滅した。渋川ならなんかいいこと言ってくれるんじゃないかなって思ったから。結局渋川も、周りの状況に流されちゃうのか。

渋川も周りの意見が全てなのか。


「だよねー、二重のがいいに決まってんじゃん?」

「しかも、二重なら何でもいいってわけじゃないから。やっぱ天然じゃないと」

とギャル達がアイプチの彼女を見ながら言った。

彼女はもう顔を俯き、泣き出しそうである。

渋川のせいでより話が広がりそうになっている。

お前は何をしているんだー!

火に油。最悪の展開。


「あはは、天然とかよくわからないけど、特に君の顔はとても素敵だね」

と渋川はアイプチの彼女を見て言った。

彼女は驚いた顔をしている。

「何言ってんの?やっぱ男子ってわかんないもんなんだ。コイツのはアイプチ!天然じゃないわけ、人工。しかもめっちゃ下手くそ。こんなんが可愛いわけないだろ」

とギャルの1人が言う。


渋川は何を狙ってるんだ?


「僕が彼女の顔が素敵だと思うのは、その自分で工夫し自分が好きになれる顔で前を向いて笑顔で生きているからだよ。だから別に、彼女が一重でも二重でもいいんだ。君が好きになれるその顔が僕は好きだな」

と渋川は言った。


しん、となった。

ふむ、漫画ならきゅんとなるシーンだろうが残念、ここは現実。正論を言うことが少し恥ずかしいと感じられる現実においてこのセリフは少し寒い。

周りの女子たちも少しひいている。

何言ってんのコイツ。

寒すぎんだけど。

だる。もう行こ。

ギャル達は、歩いてどこかに行ってしまった。


しかし、アイプチの彼女だけは残っていた。渋川のこの寒さが、彼女の心を救ったのだと彼女の顔を見ればわかる。


彼女はすこし泣きながらも笑顔で

「ありがと、渋川くん」

と言った。その顔はいつもと同じ、いやいつもよりも輝いた笑顔だった。

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寒カッコいい渋川くん ナガレカワ @naga_rekawa

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