6


 馬車の中でのクノリスの態度は昨日より、熱烈なものだった。


「ドレスは新しいものに変えたから、匂いがどうとか言う必要はないだろう」とリーリエを膝の上に乗せ始めたのだ。


「正直に申しまして、居心地は悪いです」


「俺は居心地がよい」


「……」


「今日は、男女のどうとか言わないのか?」


 楽しそうな表情でクノリスは、リーリエを見た。


「言っても楽しんでかわしますよね。昨日の私の質問にも答えてくれなかったじゃないですか」


「質問とは?」


 何も覚えていないといった様子で、クノリスはリーリエを見た。


 嘘つきだ。この男は、とんでもない、嘘つきだ。とリーリエは心の中で呟いた。


「いいえ、なんでもありません」


「嘘だよ。覚えている。なぜ君をアダブランカ王国に嫁入りさせようと思ったかだろう」


 昨晩、クノリスを怒らせないようにしようと心に決めたばかりなのに、クノリスのからかう態度に白目をむかずにはいられない。


「覚えていらっしゃったんですね」


 皮肉を精一杯こめて、リーリエは自分を抱きしめるクノリスに向かって笑みを浮かべた。


「君がこの世で一番美しいと噂を聞いてね」


 動じることなく、クノリスも答える。まるで何度も練習した定型文だ。


「それに、アダブランカ王国の北の領土を拡大したいと思っていたところだ」


 領土拡大のための政略結婚。

 そちらの方が本命のような気がしなくもないが、その中でなぜリーリエを名指ししたのだろうか。


 目は口ほどに物を言うらしく、クノリスは楽しそうに笑いながら「納得していないようだな。頑固者の子猫ちゃんは」とリーリエを抱きしめる力を強くした。


「その子猫ちゃんというのを、やめていただけませんでしょうか?」


「なぜ?」


「なぜって。私は人間ですし、あなたのペットではありませんから」


「では、互いの呼び名を決めようか。どんな呼び方をされたい?」


「それは……」と答えようとした時、クノリスによってあっさり話題を変えられていたことに気が付いた。


「わざと話題を変えるために、嫌がるって分かっていて子猫って呼んでいたりしました?」


 やや冷ややかな声を出してみると効果はてきめんだったようで「君は騙されてくれるタイプの人間ではないようだな」とクノリスは肩をすくめた。


「私は、アダブランカ王国でやっていくために、自分の立ち位置を知りたいだけです」


「ただ、王の寵愛を受けて嫁入りしたというのでは、不満なのか?」


「寵愛だけでは、国民が納得しないのをあなたはご存じのはずよ」


 グランドール王国は、奴隷生産国。


 奴隷廃止を掲げたアダブランカ王国にとっては、あまり好ましい国ではない。

 ガルベルの態度だって、原因はドレスだけではないはずだ。


「私は、この結婚に感謝しているの。だから、あなたの力になりたいのよ」


 クノリスは小さくため息をついた後「気張りすぎだ」と抱きしめていた力を緩めた。


「気張ってなんかいないわ」


「君の立ち位置はアダブランカ王国の第一王妃。そして、私の妻となり世継ぎを作る。私が作る国の繁栄を手伝う。そうしていれば、国民は納得するさ」


「でも……もがっ」


 口の中に甘さが広がった。


 クノリスが、リーリエの口の中に焼き菓子を入れたのだ。

 今までに食べたことがないような味だった。

 ふんわりした生地の中に、乾燥させたフルーツがふんだんに入っている。


「君は、ちょっと栄養が足りていない節がある。道のりは長いんだ。少し気持ちをリラックスさせながら、旅を楽しもうじゃないか」


 王都トスカニーニに到着したのは、日が暮れてからしばらく経ってからだった。

 

 途中で二度の休憩を挟んだが、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。

 馬車が停まる前にクノリスに起こしてもらわなかったら、従者が馬車の扉を開けた時に、だらしない寝顔をさらしてしまっていたところだっただろう。


「あの……私」


「気にしなくていい。随分、君の寝顔を楽しませてもらったけどね」


 それは気にすることなのではないかと、リーリエは口もとに涎が垂れていないかどう確認した。


 どうやら涎は垂れていないようだった。

 慌てるリーリエの姿を、クノリスはククッと喉の奥で笑いを嚙み殺している。


「面白いなら笑っていただいて結構です」


「そうむくれるな。馬車を降りたら、王としての威厳を保たなくてはならないんだ。戯れるくらいは許してくれ」


 馬車が停まった。


 馬車の外に立っている従者が「クノリス王、グランドール王国リーリエ姫のご到着です!」と大きな声で叫んでいる。


 先に馬車から降りたのは、クノリスだった。

 手を引かれ、続いてリーリエも馬車から降りる。


 岩を砕いてできたグランドール王国の城とは違う、白く美しく壮大な城が目の前に建っていた。


 城の中へと続く入り口には、何十人もの兵隊やメイドが一斉に頭を下げて、王と妃になる姫を待ち構えていた。


「ようこそ、アダブランカ王国。王都トスカニーニへ」

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