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 侍女たちの仕事によってピカピカに磨き上げられたリーリエは、今まで一度も着たことがないような肌触りのよいナイトドレスを身にまとっていた。

 絹で出来た若草色のナイトドレスは、動くたびに柔らかく揺れる。


 グランドール王国から国境を越えただけで、これだけ扱いが変わると正直戸惑いを隠せないが、衣服から異臭がしないだけでも非常にありがたいと、リーリエは安堵のためいきをついた。


「寝室です」と案内された部屋の中に入るまでは、ずっとこの幸せが続けばいいのにと、リーリエは夢見心地の気分だった。


「リーリエ様が到着されました」


 淡々と自分の仕事をするミーナの言葉に耳を疑った。

 リーリエの寝る予定のベッドの上には、既に湯あみを終えたクノリスがくつろいでいたからだ。


「どういうことですか?」


「夫婦なんだ。一緒のベッドでも問題ないだろう」


「まだ、結婚はしていません」


 頑ななリーリエの態度に、クノリスは少しばかりうんざりしたような顔をして、天井を仰いだ。


「また、結婚前の男女はって話か。ミーナご苦労。下がっていいぞ。後は、俺が彼女の面倒を見る」


「承知しました。失礼いたします」


 アダブランカ王国に入ってから、唯一の頼りになる女性が部屋から去って行ってしまう。


 止めようとミーナの後を追いかけようとした時、クノリスによってそれを阻止された。


「彼女は長旅でほとんど馬の上に乗っていたんだ。今夜は休ませてやれ」


 もっともらしいことを言われてしまうと、ミーナを追いかけようとしているリーリエは身動きが取れなくなってしまった。


「分かりました……」


「聞き分けのいい子だな。俺の子猫は」


「子猫?」


「ミャーミャー鳴きっぱなしで、まるで生まれたての子猫のようだ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべた後、クノリスは自分の隣を指し示して「こちらへ」とリーリエを呼んだ。


「一つ聞きたいことがあるんです」


 リーリエはベッドに腰かけず、クノリスと距離を取って不敵な笑みを浮かべている彼に向き合った。


「なんだ?」


「私を嫁に呼んだ理由を教えてください。アダブランカ王国は、グランドール王国を支援する理由は何ですか?」


 グランドール王国から逃げられることは、有難い。


 しかし、クノリスという男を見ていると、どういった目的でリーリエを求めているのか理解できない。


 クノリスならしっかり訳を話してくれるような気がして、リーリエは解答を彼に期待した。


「あの国を守りたいのか?」


 リーリエの予想を反して、クノリスの口調は非常に厭味ったらしいものだった。


 あの汚らしいドレスを嫁入り道具として着せるような国を愛しているのか。と言わんばかりだ。


「君を嫁にと言ったのは……」


 しばらくクノリスは口ごもり、リーリエの方をじっと見た。


 何を言い出すのか予想がつかず、リーリエはクノリスが言葉を発するのをじっと待った。


 しかし、クノリスは「夜食を用意させよう。機嫌が悪いのは、腹が減っているだろうからな」と冗談めいた口調で、ベッドから飛び降りて、部屋から出て行ってしまった。


 一人残された部屋の中で、リーリエは考えた。


「あの国を守りたいのか?」


 厭味ったらしく放ったクノリスの言葉が、脳裏から離れない。 

 彼はグランドール王国のことを知っているような口ぶりだった。 

 彼とリーリエが出会ったのは、今日は初めてだったはずだ。


 それなのにも関わらず、あのみすぼらしい格好のリーリエが書類を持っているというだけで彼は、リーリエが本人であることを信じていた。


 信じてもらえなければ困るのはリーリエだったのだが、落ち着いて考えてみると不思議なことがたくさんある。


 あの汚いドレスにも嫌悪することなく、友好的に接してくる理由が分かればもう少しやりやすいのだが。


 少し、直接的に聞きすぎてしまっただろうか。


 きっとクノリスには、真っ向勝負をしかけてもかわしてしまうタイプだろう。


 正直に答えてもらうためには、彼の機嫌を損ねないように気を付けなくてはと、リーリエは先ほどの自分自身の態度に関して反省した。


 もう二度とグランドール王国に戻らないためには、クノリスの機嫌が第一優先だ。


 彼が部屋に戻ってきたら謝らなくてはと、リーリエは先ほどまでクノリスが腰かけていたベッドに横になった。


 グランドール王国で使っていたものよりずっと柔らかくふかふかのベッドだった。

 肌触りのよいシーツは、昼間しっかり太陽にあたっていたのだろう。 

 自然の良い香りがリーリエを包んだ。


「寝そう……」


 意識が少しずつ離れていく。


 ゆったりと、リーリエは眠りの世界へと落ちていった。

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