うちの猫には、しっぽがない。

北風 嵐

第1話 『うちの猫にはしっぽがない』



全くないわけではない。うさぎのしっぽのようにまん丸。

交通事故にでもあったのだろうか、しっぽがちょんぎれているのである。


お宅の猫でしょう。家に入ってきて、魚を取ったり悪いことする黒い猫。

裏の家の人。スイマセン、言って聞かせておきますと、謝った。


ある日、うちの猫とそっくりの黒猫を見た。裏の家の塀の上。

見事に、きれいにしっぽがあった。でもしっぽがない猫を見慣れたせいか、

何だか長いしっぽが気持ち悪い。この猫とうちの『クロ』は双子だったのだろう。


また、お宅の猫が・・!しっぽがありました?猫にしっぽは当たり前でしょう。

うちのクロを見せてあげた。裏の人は黙った。

しっぽがないのもいいものだと思った。


クロは捨てられていた。何処に?うちの新聞受けの中に。

新聞受けように、玄関脇に籠をおいていた。その中に丸まって。


可愛がっていた犬がいた。少年時代からの私の友だった。

座敷になんぞ、決して上がって来ない行儀の良い犬だった。

家族が寝ている2階の階段、上がった所で亡くなっていた。


畜生でも、別れを惜しみに来たんだね。と母は泣いた。

それから、我が家では生き物は飼わないこととなった。

妻が金魚を飼うのにも母は反対したほどだ。


私が玄関口で抱きかかえていると、妻が来て、可愛いねと言った。

飼ったら、あつこが喜ぶかなと、私が言った。

「飼っていいのね、喜んだ!」と、娘がドアの向こうで聞いていた。


「でも、あっちゃん、この猫しっぽがないんだよ」

「わたし、かまわへん。可愛がったげる」娘は小学5年生だった。


かくて、クロは我が家の一員となった。

事業がなかなか上手くいかなかったとき、

「あの猫が来てからや。黒猫は〈げん〉が悪いというさかい」。母は捨てるように言ったけど、娘のことを思えば捨てられなかった。


妻と別居して、色々あった我が家だが、娘の結婚がきまった。


両家顔合わせが、琵琶湖のそばのホテルで行われた。

着物を着た娘は、この日だけは神妙だった。


妻は近くにマンションを買っている。私は神戸から電車で、

両家の話も弾み、私はお神酒が回った。

少し、休みたいと妻のマンションに・・初めての彼女の住まい。

琵琶湖の向こうに比叡山が見えて、見晴らしは抜群だった。


クロがいた。まだいたんやと私。足が弱ってね、と妻がいう。

よく見れば、今にも倒れんばかりの歩きよう。無理もない。

小学5年生だった娘が嫁ぐ歳になったのだ。


クロは私の傍に来て、「この人、どこの人?」という顔をした。


   了

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