その大魔導師、浮浪者なり

網野 ホウ

第1話

 冒険者らが集うその食堂は、宿の施設と冒険者への依頼を請け負う仕組みも兼ね備えている。

 だから毎日、食事時に限らず冒険者らでごった返す。

 しかしその食堂の片隅にある一席だけは、決まった人物以外座ることがない。

 というよりも、いつの間にか、その席はその人物が座る席、という認識が出来上がってしまっている。


「おい、そこの席には座らない方がいいぜ?」

「何でよ。どこに座ろうが俺の自由だろ?」

「いやいや、そこを指定席にしてる奴はな、何でも昔、一人ででかいドラゴンを仕留めたとか何とかほざきやがるんだよ」

「昔? ってことは、年寄り……なのか?」

「自称大魔導士。ま、酔っぱらいの言葉をまともに聞くならそういうことらしい」


 大魔導士とは、魔法を使う者としては最高階級である。

 しかも魔術士達の相対的なものではなく、魔力や法術、学問や知恵、哲学、精神論や方針、そして生き方に至るまで、全ての魔術師の見本、手本としてすべての魔術士から認められないと得られることができない称号でもある。

 さらには、専業兼業問わず、すべての同業者への指導力もなければならず、この称号を得られる者は、実にただ者ではない。


 そんな人物が大衆食堂、夜には大衆酒場となるここに、常日頃から乱れた姿を見せるなどあり得るはずもない。

 ましてや、気まぐれでそんな店に入ることはあれども、入り浸ってはおのれの肩書を語るなどとんでもない話である。


「術は使えそうではあるらしいんだがな」

「ここで魔法使うなんざご法度だろ」

「ぼろっちいのをいつも着てはいるが、魔力がこもった杖はいつも抱えてはいるんだ。それで術が使えないとなると……」

「ただの浮浪者じゃねぇか」

「そゆこと」


 明らかにまともな人物ではない。

 大魔導士などと自ら名乗るそんな人物と真面目に相手にするのは、時間と精神の無駄遣いも同然であろう。


 しかし、相手にせざるを得ない状況を抱える集団はいなくもない。

 まともな冒険者達が相手にしてくれない者達がその一例。


「あぁん? 仕事の手伝いしてくれ、って?」

「子守りの間違いじゃねえのか?」

「夢を追うのはいいけど、あなた達、まだ子供でしょ? お父さんお母さんの所に戻ったら?」


 中堅と思われる冒険者パーティに声をかける集団がいた。

 彼らから見たら、いや、誰から見ても子供と思われるグループだ。


「どこにいるか分かんないもん」

「いつも叩かれたりするんだ。戻りたくないもん」

「あたし達だけでも、魔物退治したことあるもんっ。ただの子供じゃないもんっ」


 周りの大人達は苦笑している。


 魔物と言ってもいろんな種類がある。

 口から冷や水や氷を吐く、自然界の中に存在する生物とはかけ離れている異形の物ばかりが魔物ではない。

 自然界に普通に生存している生物ももちろん数多くいる。

 が、その普通とは違う、異様に大きい昆虫。

 普通の生き物なら羽根はなかったり尻尾はなかったりするものもいるが、あるはずのない羽根や尻尾がある普通ではない生き物。

 普通の生き物はいろんな物を食べたりするが、自分よりも大きな獲物を丸呑みにするような生き物。

 これらも魔物としてひとくくりにされて扱われている。

 つまり、小さい子供でも踏みつぶせる魔物もいる、ということである。


 その子らは、そんな大人達を見てふくれっ面をしている。

 しかしそんな現実もあるなら、大人達が苦笑いするのも、仕方のないことだろう。


「で、どんな仕事を何のために受けたいんだ?」

「内容によっては手伝ってもいいが、報酬はそっちよりこっちの方に多く寄越してもらいたいもんだがね」


 子供らは、鼻穴を大きくして話をする。

 自分らの生活のため。

 まずは居住地、そして根城となる建物を作る資金。

 そして食費等の生活費を稼ぐため。


「そんなの、野宿でもいいじゃねぇか。街を出た野っぱらの……崖にある洞窟とかで寝泊まりするならタダだぜ?」

「そうそう。それに魔物がうようよいる町の外でも、町からそんなに離れてなきゃ比較的安全だしな」

「親の元からなるべく離れないのが理想だけど、あたし達の知らない親子関係もあるから一概にはそうは言えないからねぇ」

「町の外から離れてなきゃ、そこらに流れる川の水は飲用にできるし、冒険者の依頼を受けるなんて危険な事しなくても生きてはいけると思うぞ?」


 もっともな意見はあちこちから出るが、その子らも頑として主張を譲らない。

 確かにお金がなくても自給自足の生活ができるなら、そこまで仕事をすることに拘りはしない。

 しかし病気にかかったり大怪我をしたら、回復療養士の世話にならなければならない。

 そのための費用は大なり小なり絶対必要。

 となれば、金を得られる仕事をする必要があり、仕事をこなせる力も必要になる。

 しかし誰から見ても、いくら人数がいてもこんな子供では、普通の冒険者ならこなせる仕事を受けるには難しい。


「冒険者に依頼する仕事より、ここでの手伝いの方がよほど安全に、効率よくお金を手に入れられると思うけどね」


 周りの大人の言うことは確かに正しい。

 時には正論を振り回した結果、関係者との人間関係が悪化することはよく聞く話。

 理想論が現実に当てはまらないことがあるからだ。

 しかしこの件では、周りの大人達はその子供達のことをよく知らない、一時的な関係とは言え、子供らの安否の気遣いには偽りはない。

 そして彼らのアドバイスは決して理想論ではなく、彼らのこれまでの経験から生まれた知恵。

 しかも押し付けではなく提案である。

 そんな状況でそんな言われ方をされたら、誰でも聞き入れるものだろう。

 しかし子供らはそれを突っぱねた。


「そんな少ないお金なんか、持ってたってすぐなくなるに決まってるだろ!」

「そうだ! そんなお金ですら盗んでく大人なんか、たくさんいるんだからな!」

「だから、盗まれてもなくならないくらい、たくさんのお金を稼ぐの!」


 子供らのこれまでの日々の不遇さは彼らの想像を超えていたようで、誰もが言葉に詰まる。


「……まぁそんなに意地を張るんなら、無理はするなってことくらいだな。どのみち俺らは、お前らみたいな子供、しかも何人かを面倒見ながら危険な魔物退治に出るつもりはねぇよ」


 いくら熟練の冒険者とは言え、子供らが望む危険な魔物退治の仕事を、その子供らと一緒にする技量はない。

 危険な現場に出て危険な魔物退治に専念するだけなら何とかなる。

 それぞれが己の身を守ることくらいならできるから。

 しかし己の身ばかりではなく、無力、非力な子供らを守りながらということ自体無理な話である。

 難易度が急に高くなるが、報酬はそのまま。

 やる気も何も高まるはずもない。

 リスクしかない仕事を誰がやりたがるか、という話になる。


「ま、身の程を考えて仕事を選ぶんだな」

「危険な仕事じゃなくても報酬が高い仕事はたくさんあるわよ」


 いくら随時賑わう食堂といっても、時間帯によっては滞在する人数が減少することもある。

 その子らは、自分の要望を聞いてくれそうな人を探すために辺りをきょろきょろと見渡す。

 少なくなった店内の客は、誰もその子供らの相手をしようとしない。

 それもそうだ。

 実力が自分らと同等だったとしても、身に着けている装備はすべて、道端に落ちていそうな木片を繋ぎ合わせたお粗末な物。

 冒険者ごっこで遊んでいる子供達、と見なせば、あまりに手が込んでいるとは言える。

 実際に活動するというなら、子供の足でも踏みつぶせる魔物を退治するくらいなら役に立ちそうだ。

 しかし本人らが望む普通の冒険者の仕事をするというなら、窘めて家に帰らせるのが大人の役目。

 そんな大人の言うことを聞こうとしない子供達を、誰が相手にするというのか。


 しかし、そこに声をかける者がいた。


「ほほっ。小僧ども。そんな出で立ちでも一攫千金を狙うてか?」


 誰からも相手にされない、例の指定席に座ってちびちびと酒を舐める、自称大魔導士の老人だった。


「……じいさん、手伝ってくれるのか?」

「でもそんなよぼよぼじゃ、おれたちの足引っ張るだけなんじゃねぇの?」

「役に立ちそうにないお爺ちゃんは、お呼びじゃないのよ」


 周囲の大人達は、冒険者対象の仕事依頼が張り付けられている掲示板を見て、仕事の選別に集中する。

 おかしなことばかり言う老人と大人の言うことを聞かない子供のやりとりに、誰が好き好んで首を突っ込むか、というところだろう。


「ほほっ。ワシはこれでも、一人ででかいドラゴン退治をしたり、邪龍の巣を一人で潰したりもした大魔導士さ。それくらい力があるんだぞお? どうじゃ? ワシを雇ってみんか?」


 そんな子供らでも、自称大魔導士の言うことは訝しく思うくらいの分別はついているようで、子供らは互いに顔を見合わせ、ひそひそ話をする。

 が、その時間は間もなくして終わる。


「いいぜ。爺さん。あんたを雇う。けど、一番たくさんのお金をもらえる仕事をやり遂げること」

「その約束ができなきゃ、雇うことはできないわよ?」


 子供らの要望を聞いた老人は、またも「ほほっ」と軽く笑う。


「問題ない。が、倒せば報酬をもらえるというものでもない。倒した魔物から価値のある物を拾って、それを高値で買い取ってくれる店に売りに行く。それで金はもらえる。大物を倒しても、お前さんらだけで運ぶことはできまい。ワシを雇ってくれた礼に、この袋をやろう」


 老人は懐から、薄汚れた袋を取り出して子供らの前にちらつかせた。

 それを見た子供らはみな顔をしかめる。

 そんな汚い布っ切れを見せられても、そしてもらったとしてもうれしくもない、という気持ちは分かる。


「ばかにするもんじゃないぞい? どんなどでかいものでも、こいつをその上からかぶせればスポっとこの袋の中に入っちまう。しかも重さも感じんし、物が入ってるようにも見えん。立派な袋じゃないから、こいつが盗まれるなんてこともないし、風にあおられてどっかに飛んでいくこともない。見た目は乏しいが、なかなかの逸品じゃ。お前さんらと別れた後もこいつがありゃ何とかなる、頼りになるアイテムじゃぞ?」


 大人なら平気で担いで運べる物でも、こんな年端のいかない子供らには持ち上げる事だって無理、という物はたくさんある。

 売れば高額で引き取ってくれる物が目の前にあっても、持ち運べないがゆえに横取りされることだって考えられる。

 そんな事態に遭遇することを考えれば、確かに子供らにとっては心強い味方の一つにはなる。


「わ……分かった。ありがたく受け取っとくよ」

「で……どこに行ったら、たくさんのお金手に入る魔物を退治できるんだ?」


 どんな仕事があって、それぞれどれくらいの報酬が受け取れるか。

 それは掲示板を見れば一目瞭然。

 なのにその子らは、いっぱしの冒険者のようにそれらを見ていた。

 ということは、ロクに文字も読めもしないのにそれでも掲示板を見ていた、ということになる。

 背伸びするにも程があるというものだ。


「ほほっ。しょうがないのお。やれやれだ。丸ごと面倒見てやるか。よっこらせっと。さて……みんな、ワシについてきなさい」

「だ、大丈夫なのか? 爺さん」

「目的地まで移動できるの?」

「ほほっ。ワシを誰だと思っとる。かつてはこの国の宮廷魔導師団団長も務めた男、ハーディじゃぞ? ワシに任せい。ほほっ」


 誰もが、酔っぱらいのたわ言、あるいは戯れとしか思えないことを言い放つ、自称魔導師のハーディ。

 ふらふらと立ち上がり、おぼつかない足で食堂から出るその老人。

 その老人についていく子供達。

 見知らぬ老人についていく子供らという場面に出くわしたら、普通なら子供らを止めるなりするだろう。

 ついて行った先で、子供らはどんな目に遭うか分かりはしない。

 子供らの安全を心配する大人なら、その被害を食い止める最後の機会がそこだ。

 しかし食堂内にいる大人の冒険者達は、出て行く彼らに安堵する。

 仕事上の危険度とは段違いにしたではあるが、自分達の良識が通用しない連中を相手にするには、仕事前なら余計な神経をすり減らしたくはない。

 見て見ぬふりをするのが、彼らにとって一番の良策だ。

 そして彼らは再び、自分の仕事探しを再開した。


 ※※※※※ ※※※※※


 しばらくしてその食堂の扉が開き、男数人の冒険者が入って来た。

 その装いは、誰からどう見ても普通の冒険者。

 だが目つきは異様に鋭く、常に警戒しているかのような身のこなし。

 冒険者にしては、その行動はかなり異質だった。

 彼らは食堂の中を見渡し、掲示板に張り付けられたいくつかの依頼を見ている冒険者の集団に声をかけた。


「おい、そこに座ってた爺さんを知らないか?!」


 まるで命令口調。

 そんな言われ方の質問をされて、素直に答える連中ではない。

 しかし、こんなのどかな食堂の中でも、相当な殺気を漂わせているその男らのただ者ではない雰囲気。

 退治しなければならない魔物よりも危険な存在であることに、誰もが気付く。

 気付いた者みな、怯えながらまちまちに声をあげてその問いに答える。


「そ……その隅の席にいたジジイか? みすぼらしいガキどもを連れて、外に出ちまったよ」

「三十分くらい前……一時間も経ってな……」


 その答えの途中で、その男らは更に質問を重ねた。


「どこに行った!」

「ど……どこって……」


 その怒声に気圧される冒険者達。

 正直に答えないと、自分の身が危ない。

 しかし、その老人は目の前の掲示板に目もくれてはいない。

 どこに行ったかなど分かるはずもない。


「ちっ」

「探知班に連絡しろ!」

「了解!」


 彼らの中の二名ほどが食堂から脱兎のごとく飛び出していった。

 残った男らは、冒険者らにさらに問う。


「外に出て、どっちの方面に行った?!」

「わ……分からねぇよ。あんなジジイ気にしたって、何の得になるってんだ」


 訊ねた男は、手がかりの一つも感じられない返答に舌打ちをする。


「あの……ダンナ方、何をそんなに慌ててるんで?」

「あぁ?!」


 逆に冒険者が恐る恐るその男らに訊ねるが、男らはまるでその質問をした冒険者に、信じられない者を見るような目を向けた。


「……あいつが何者か知らんのか?!」

「えっと……何者って……」


 そこで冒険者らは思い出す。


「大魔導師、とか言ってたな」

「確かに、持ってる杖は魔術師が使う杖……かなりの上物って感じはしたが……」


 あの老人の口癖を思い出す。

 が、そんな肩書、職種のどこが重要なのか、と納得のいかない顔をする。


「……最近の冒険者らは、そこまで質が落ちたのか?」

「……こいつら……雁首揃って、何をどう見てたんだか……」


 男らが次々に口にする言葉は、まぎれもなく彼ら、冒険者らを蔑む言葉。

 殺気を纏わせているとは言え、そこまで言われる筋合いはないとばかりに冒険者らはいきり立つ。


「……あんたら、好きかって言ってるけどな、あんなよぼよぼのジジイなんざ、誰も気にしちゃいねぇよ!」

「大層な事を言ってるが、あんたら、あのジジイの何を知ってるってんだ? 真昼間……いや、朝っぱらから酔っぱらってるようなよぼよぼのジジイのよ!」


 言い返す冒険者らは、言いたいことを言いきったすぐその後、彼らに対してひるむ。

 彼らは改めて冒険者らの正面を向いて接近する。

 男らは全員、腰に刀を下げてはいるが、手ぶらなその手でそのまま全員の首を切り落とす。

 それくらいの迫力が彼らにあった。


「あの男は……」


 酔っぱらいの魔術士と思しき老人の正体を、彼らは知っているようだった。

 だが他の仲間から制され、口を噤んだ。


 その瞬間、町中に響き渡る音と振動が起きた。

 長くはない時間だったが、それでも普通に立ち続けるには難しく、誰もが支えを求める。


「な、何だ?!」

「地震か?!」


 冒険者らは慌てふためくが、男らは違った。


「方向は?!」

「地中から、か?!」

「すぐに本部へ!」


 音と振動が止むとすぐに、彼らは食堂から出て行った。


「……何だったんだ? あいつら……」

「さ……さぁ……」

「この店も……怪しい店になってきたなぁ」


 気ままなことを口にする冒険者ら。

 しかしそれを聞いて怒る者がいた。


「お前ら! 余計なことを外で言いふらすんじゃねぇ! 繁盛しなくなったらお前らのせいにすっからな!」


 厨房のカウンターから怒鳴ったのは、食堂の主であった。


 ※※※※※ ※※※※※


「す……すげぇ……」

「や……山が一つ……なくなっちゃったよ……」

「それよりもさ……」

「あの食堂の前から……一瞬でここに来ちゃってさ……」

「あ、あたしのせいじゃないよねっ。ねぇっ」


 自称魔導師のハーディの後を付いて行った子供らは狼狽えている。

 子供らの言う通り、山が一つほぼ更地になってしまったのだ。

 もちろんハーディの仕業である。


「ほほっ。だから言うたじゃろ。さて……」


 と老人はゆっくりと子供らを正面に見据える。


「たくさんの金が欲しい、言うたな?」


 錯乱気味の心の中は収まらず、それでもその老人の質問に頷く子供達。

 その反応を見て、ハーディは穏やかな笑みを浮かべながら話を続けた。


「金を渡すつもりはない。が、金になりそうなものは作ってやった。そしてそれを手にするまでの安全な道もこさえてある。何もせずとも金を得られると思うな。せめて、その物体を手にするための努力くらいはしろ。本来は、そういうことまで自分の手で、自分達の手でやらなきゃならんことじゃぞ?」

「で……でも……」

「その物って……」


 抽象的な事しか言わないハーディに、更に詳しいことを聞こうとするが、彼は首を横に振る。


「それも、自分で知るこっちゃ。ワシは地中に住むドラゴンを、洞窟ごとこの山で押しつぶして対峙してやった。それによってお前さんらが大金を得られることは間違いない。ここまで丁寧に教えてやったんじゃ。あとは自分らで何とかせい。その物を運び出すもんは、あそこですでに渡してやったじゃろ?」


 どんな物でも入る、見た目ぼろそうな袋のことだ。

 それは子供らも分かってはいた。

 分かってはいたのだが、今はとにかく、目の前にそびえ立つ高い山が、一瞬で更地になったことに驚きを越えて怯えていた。


「何もせずに大金を手に入れる、なんてことは有り得んよ。それぞれ仕事をせんと、それなりの報酬はもらえん」

「あ……あの……」

「何じゃ?」


 ハーディは子供らをじろりと睨む。

 まだ何かやってほしいことがあるのか、と。

 だがもう頼まれても何もしない。

 そんな決意を持つ目で。


「あ、あの……お……お爺さんへの……手当は……」


 一瞬で遠い場所に移動し、そして一瞬で山があった場所を更地にする魔法使いからそんな目で睨まれたら、台の大人でも怯むだろう。

 それが大人ではなく、今まで老人をジジイと蔑んでいた子供らならば尚更だ。

 何か一言言おうとするだけで、何をされるか分からない。

 そんな恐ろしい思いをしながら恐る恐る口にする子供らに、ハーディはやや顔をほころばせた。


「……ほほっ。気にするな。……あぁ、そうじゃ。お前さんらがどれくらいの大金を手にしたか、教えてくれい。それがワシへの手当とさせてもらおうかの」


 ハーディの表情は、今まで見せなかった他者への気遣いから出た言葉遣いの変化に、まるで孫の成長を見てうれしそうな祖父の顔、といったところだろうか。

 そう言い終わってすぐにハーディはそこから去るように歩き出す。

 その背中に向かって子供らは叫ぶ。


「お、お爺さんは……何者なの?」


 ハーディは止まって顔だけ子供らに向けた。

 にっこりと笑い、こう言い放った。


「元王宮魔導師団団長で、今はあの食堂でのんびりと酒を楽しむ大魔導師、ハーディ・ローマン、じゃよ」


 そう言い終わると、子供らの反応を確かめもせず、再び食堂に向かって歩き出した。

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その大魔導師、浮浪者なり 網野 ホウ @HOU_AMINO

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