第3話 リルファス
「や、やっと落ち着いた…………」
村人(?)が歓声を上げてから実に数十秒後、先ほどとは打って変わって周辺は静寂に包まれていた。全員がこちらに向き直り、期待で輝く瞳をこちらに向けている。
すると突然、1人の老人がスッと立ち上がり、こちらに向かってくる。そして目の前で止まり、片膝を突いてゆっくりと口を開く。
「ようこそお越しくださいました、守護者様。私は、この精霊族の里『リルファス』の長、ハーリゴフド・トフレンと申します。民からはハー爺と呼ばれておりますゆえ、そのようにお呼びいただければ幸いです」
ハーリゴフドことハー爺はそこそこの身長ではあれど、その肉体は筋肉で引き締められて、まるで歴戦の兵士の様な雰囲気を漂わせている。灰色の瞳をした、彫りの深い顔立ち。白い髭は胸元まであり、髪の毛はフッサフサで柔らかそうな印象を与えるそれは、色合いからも、もはやハリー○ッターに出てくる○ンブルドアそのものだった。見た目通りの物腰柔らかい雰囲気で話かけてくる彼は、まさしく好々爺という言葉が適切なほどである。
しかし、それよりも大きな特徴として目につくのは、耳の形の先端が尖っている。ということだった。
「エ、エルフ……なのか? ファンタジーの王道にして象徴たるあのエルフ……なのか?」
なんか、上がってきた。俺の異世界ライフは碌なものじゃないんだ、とどこかで諦めていた。しかし、現状今目の前にいるのはエルフ。希望に満ち溢れているとしか言いようがないじゃないか。やはり、俺の異世界ライフは間違っていない。いないんだ。
「おお!! 守護者様が輝かれておられる!!」
おお!! と広場全体にどよめきが。中には平伏している人もいる。
カガヤイテイル……? 輝いている……? 輝いてるぅぅ!?
というか今気づいたのだが、先ほど目を輝かせていた村人(?)らしき人々の目も、物理的に輝いていた。現在、彼等は絶賛祭りらしきものの開催準備中である。
「ねぇ!? ハー爺…だっけ? なんで俺、光ってんの!?」
「? 喜ばれているということではないのでしょうか?」
「いや、嬉しいは嬉しいけど、嬉しいだけで光らなくない?」
「光りますぞ」
「光るの?」
「ええ」
「なにゆえ?」
「
光魔法……何だよ、ファンタジーかよ。何で魔法使えてるんだよ。喜ぶと使える魔法って何だよ。ファンタジーかよ。ファンタジーだった。
「魔法、使った覚えがないんだけど……」
「そうよ、ハー爺。守護者様は魔法のない異界からお呼びしたんだから、魔法について知らないのも当然じゃない」
「む? ……あぁ、そうじゃったそうじゃった。では魔法について説明させていただきますぞ。まず、我々の体内には『魔力』が流れております。そして、その魔力を魔法に変換するのですが、その時に必要となるものが『心』なのです。」
ハー爺は思案顔で続ける。
「うーむ……何と言ったらいいか…… 体内にある魔力を外に出すためには、外と内とを繋げる管の様なものが必要になりまして、それを形作るのが『心』。つまり『嬉しい』、『悲しい』、『恐ろしい』などなどの『感情』のことですな。そして、様々な『心』の管を魔力が通り抜けるときに、魔力に『心の色』が付くのです。その色によって魔法の属性が決定するのです。…………と、いう感じで…お分かりいただけたでしょうか?」
「質問いいですか?」
「何なりと」
「魔法って勝手に出るもので、狙って使うことはできないんです?」
「いえいえ、勝手に出てしまう魔法は、ある特定の感情の高ぶりを発散するために起こる自己管理機能の様なものです。もし狙って使うのならば、自分が元来備えている『心』を削ることで発動が可能です。」
『心』削るんだ……某長男ならやりかねないが、俺はきっと長男じゃない気がする。だから絶対にやらない。耐えられない。
「まあ削ると言っても眠れば回復する程度なのですが」
なんだ、安心。
ハー爺は、何かに気がついた様にハッとする。
「ここでは何かと煩わしかったりするでしょう。ぜひに私の家にお越しください」
どうやら俺が準備を着々と進めていく村人の様子を眺めていたのに気がつき、煩わしいのではないかと勘違いをしたようだ。
いや、もっと先に気がつくことがあるでしょうが。
「あのさ、ハー爺」
「? はい、何でしょうか?」
「服、くれないかな?」
ハー爺とネルトは、ポカンと口を開くという絵に描いた様なアホ面を晒していた。
アホ面してんじゃないよ。服よこせ、服。
◆
服を受け取って、サンダルの様なものを履き、歩き始めた俺が初めに気がついたのは、寝ていた場所が祭壇の様な場所であったということだった。石畳でできている広場『リドウォート広場』の最奥部、つまり『世界樹』に最も近い場所。そこには三段の石段があり、ステージの様になっているその中心には、俺が寝ていた苔の生えた直方体の石がある。さらにその後ろには、何かの模様が描かれた半円状の巨大なオブジェが聳え立っていた。
リドウォート広場から伸びる石畳の道を進んでいった先には多くの木と石でできた家が建ち並んでいた。そのそれぞれが看板を立てていたり、果物や野菜、アクセサリー類、本などさまざまな物が置いてある。要するにここは商店街のような立ち位置なのだろう。先ほどからここは慌ただしく、人の通りもかなり少ない。時折轟音を立てて馬車が通り過ぎるぐらいのものだ。
馬車―――ん? 馬車? 何あれ、馬じゃない。犬だ。高さ2メートルぐらいあるけど、犬だ。頭にツノっぽいもの生えてるけど、犬だ。多分。
道の端で休んでいる一匹を指差して、横をフヨフヨと飛んでいるネルトに聞いてみる。
「ねえ、ネルト。あの馬鹿でかい犬、あれ何?」
「イヌ…………? イヌっていうのは知らないけど、ウルのこと?」
『え、コイツそんなことも知らないの?』みたいな顔して聞いてきやがった。許さん。さっき『知らなくてもしょうがないでしょ』みたいな感じでハー爺に言っていたから理解はあると思ってたのに……。
裏切られた気分。何これ悲しい。
「うわっ……水出てる………」
掌から水がこぼれていた。なるほど、悲しくなると水魔法が出るのか。なんか安直だなぁ。
話を戻そう。あのでっかい犬は『ウル』という名前らしい。
何食ったらあんなにデカくなるんだろう。ネルトとか?
「えっ……何!? なんでアタシとウル交互に見てんの? 怖い! 目が怖い!」
「いや、捕まえて餌にしようとか考えてないよ? ほんとだよ?」
「絶対考えてるじゃない!! アタシ、おいしくないよ!! だからやめて!! びみょーに濡れた手で掴もうとするのはやめて!!」
あ、離れちゃった。冷静に考えるとアプローチが短絡的すぎるかな? 今度はちゃんと餌聞いてから行こう。うん、ウルかわいい。
そうこうしているうちに、ハー爺の家の前に到着したらしい。
「手狭なところで申し訳ありませんが、どうぞお上がりください」
そう言って案内された家は、通りで見た物件と同じように木と石でできており、そこまで広くはないもののデザインの差異や装飾品の多さで明らかに一般民とは差別化がなされていた。
「お邪魔しまーす」
サンダルっぽいこれは…………脱がないでいい、と。
内装を見て正直驚いた。外の景観と比べて、内装は質素極まりなかった。
ハー爺が指を天井からぶら下がっているガラスの球に近づけると、ポッと灯りが灯った。
「これも魔法?」
「ん?……ああ、これですかな?」
そう言ってガラス玉を指差す。
「それは魔法具っていうのよ」
餌……もといネルトが何だか先ほどとは異なる親切そうな表情で教えてくれる。
「『マホウグ』……? 魔法とは違うの?」
「魔法具っていうのは魔力に反応して特定の働きをするものなの。魔法と大きく異なる点は『心』を消費する必要がないってことね」
「そりゃ便利だな」
感心していると、ハー爺から声がかかる。
「守護者様、こちらへお掛けください」
「…………あー、その、『守護者様』っての何とかならない?」
「「『何とか』?」」
「いや、だからさ、俺にも固有名詞があってもいいじゃないですか……」
ハー爺は未だ意図が掴めていない様だったが、ネルトはハッと顔を上げる。
「そうだったわ!! ハー爺、守護者様、記憶がないんだって!!」
「それは本当か、ネルト!? なぜ真っ先に言わんかった!!」
「だってだって!! ハー爺、アタシの話聞こうとしなかったじゃない!!」
「む…………それは、すまんのぅ… それで守護者様の名前、じゃったか…… 私らリルファスの民は貴方様のことを古来より『レイガ』様と申しておりました」
ドクンと鼓動が鳴った気がした。
レイガ…………?どこかで聞き覚えがあるような……ないような……まあ、いっか。
「じゃあこれからはレイガと呼んでくれ。ハー爺、ネルト」
「ええ」
「いいわよ」
ハー爺からみて向かって正面にある背もたれがつき、装飾が施された木製の椅子に腰をかける。ネルトは俺とハー爺との間に置かれた木製の四角いテーブルの上、俺の左手の前あたりに着地し、中央に置かれた木の皿から茶菓子のようなものを取り出し、一心不乱に貪り始めた。
ハー爺は、どこからか取り出したお茶(?)を啜り、真剣な顔つきで話し始める。
「さて…………レイガ様、あなたに世界の救済をお願いしたいのです」
「了解」
「いきなりで申し訳ないとは思っておりますが、どうか我らのため!! お力をお貸し頂きたいのです!!」
「いや、だからやるって」
「この通り!! この通りでございます!! 私は、ここに生きる全ての民を救いたいのです!!」
「いいよって言ってんじゃん。話聞かないタイプか?」
あーあ、土下座までしちゃってさ…………。
「ネルト、助けて」
「ええ〜、めんほくひゃい〜」
こいつ、呑気にお菓子食ってやがる。村長、土下座してんのに。
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、やるよって言ってんの!!」
「ま、真ですか……?」
「うん、だって結局『悪魔』倒さないと俺も帰れないんでしょ」
「それをどこで…………!?」
「ネルトから」
横でお菓子貪ってる小型生物を指差す。
「ほぇ?」
「そうでしたか……」
と言いながら椅子に座り直る。そして
「それではまず、この様なことになった経緯をお話ししましょう」
俺は知っている。今なお生きている地球の知識を総動員して未来を演算する。再びIQ130の灰色の脳細胞が動き出す。そして、一つの結論へ到達した。
『偉い人は、話が長い』と。
ならば対策は一つ。聞き流そう。
昏れ征く世界の守護者 @nogeshi
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